でこの元意から只今ただいまもんの全体を拝読はいどくしますと、その意はこういうことになるんですね。

 「ほん一同いちどう一切いっさい邪法じゃほうを捨てて、戒壇かいだんの大本尊ほんぞんしんじて国立こくりつ戒壇かいだんこんりゅうすれば、にっぽん仏国ぶっこくとなる。
 この仏国ぶっこくは、三災さんさい七難しちなんにも犯されず、金剛こんごう不壊ふえである(壊れないということですね)。よって、人々の安全あんぜんにして、こころ平穏へいおんとなる。このことを深くしんじ、深くあがめるべきである」

とこうおおせであります。
 ここに

くにすいくんば、安全あんぜんにしてこころぜんじょうならん」

というおおせは、先々週の日曜勤行において「界叛かいほんぎゃくこく侵逼しんぴつ」のだいしょうにんさま御予ごよげんもんがありました。
 あのなかにおいて

しかるにほうぞくきたりてくに侵逼しんぴつし、界叛かいほんぎゃくして掠領りゃくりょうせば、あにおどろかざらんや、あにさわがざらんや。
 くにうしないえめっせば、いずれのところにかのがれん」

「もしほんごくが他国からしんりゃくされる。あるいは、国内の内戦が起きて、そして、こくしんりゃくされるようなことがあったならば、どうしておどろかないことがあろうか。どうしてさわがないことがあろうか。
 こっが潰れて自分の住む家がなくなったならば、いずれの所に自分が生活するしょがあろうか」

おおせあそばした。
 そのことの対比として

くにすいくんば、安全あんぜんにしてこころぜんじょうならん」

(「ぜんじょう」というのは、こころが落ち着いている様ですね)
「このように、こっ安泰あんたいとなる。したがって、その中のこくみんはみんな安全あんぜんにしてこころ平穏へいおんになる。そういう姿すがたになるのである」

ということおおせになっておられます。
 まさしく、りっしょうあんこくこそこっ信仰しんこう革命かくめいであり、こっそのものが仏国ぶっこくになるんですね。
 こっけんりょくそのものがごく餓鬼がきちくしょうのそういうはたらきではなくて、仏界ぶっかい慈悲じひはたらきとなってくる。
 これがすなわちこっ信仰しんこう革命かくめいりっしょうあんこく」ということであります。


平成23年 7月24日 浅井先生指導