ついでに言っておきまするが、宗門では今だに「国立戒壇は御書にはない」などという悪僧どもがまだおります。
だから、その事を法華講員がまねをしております。
「国立戒壇は御書にないから間違いだ」とこんな事を言う坊主がまだいる。ここで改めて破折をしておきます。
いいですか、この幼稚なたばかりは誰が言い始めたかというと池田大作なんです。池田大作が昭和40年に言い出したものであります。
曰く「戸田先生も我々も一時『国立戒壇』と言ってきました。
しかし、どこを探しても御書には『国立戒壇建立』という言葉はないのです。大聖人様はちゃんと未来を考えていらっしゃるのです」という事を昭和40年の9月22日に申しております。
池田大作は公明党の衆議院進出に伴って国立戒壇が評論家・マスコミ等の非難を受けた事から「国立戒壇は選挙に不利をもたらす」と考えて国立戒壇を捨ててしまったんですね。
それなのに彼は今の言葉の中で「大聖人様はちゃんと未来を考えていらっしゃった」とぬけぬけという。何がちゃんとなのか。
これを受けて、阿部日顕も『国立戒壇論の誤りについて』という悪書の中でこう書いている。
「戒壇について言及された御文は御書四百余編中『三大秘法抄』と『一期弘法付嘱書』の中にあるが、それらの御文にも『国立戒壇』の言葉はない」と述べております。これらはまことに許し難いたばかりですね。
令和元年 11月25日 11月度 総幹部会 浅井先生指導