さて、顕正会の体験発表では良き臨終の事がまことに多いですね。
本当に、私は聞く度に『有難いなあ』と思うんですね。
我等三毒深き凡夫がわずかの信心で成仏させて頂ける事、ただ大聖人様の大慈大悲によるのであります。
ゆえに『上野殿御返事』には
「御臨終のきざみ、生死の中間に、日蓮必ず迎えにまいり候べし」
と仰せ下され、次いで、次の行で
「かつへて食をねがい、渇して水を慕うがごとく、恋いて人を見たきがごとく、病に薬を頼むがごとく、乃至、法華経には信心をいたさせ給へ、さなくしては後悔あるべし」
とこうお教え下されております。
これ「恋慕渇仰して南無妙法蓮華経と唱えなさい。さもなければ後悔するであろう」という大慈悲のお言葉ですね。
さらに、臨終について仰せ下された『弥源太殿御返事』を拝します。
この弥源太殿は北条弥源太という方で、大聖人様に迫害を加えた権力者の北条一門の中でただ一人大聖人様に帰依した人であります。
『立正安国論』奏進の頃から日蓮大聖人に心を寄せ、度々大聖人の御許に通われていたという人であります。
この弥源太殿が重き病にかかった時、佐渡にまします大聖人様に三条小鍛治宗近の名刀を献上しているんですね。
これは大聖人様が佐渡にまします最後の時に、間もなく鎌倉にお帰りになるその直前に弥源太殿が病にかかって大聖人様に名刀を御供養申し上げたんです。
この三条小鍛治宗近は平安時代の刀匠で、まさにこの刀は国宝級の名刀であります。
『弥源太入道殿御返事』にはこの刀についてこう仰せですね。
「御祈禱の為に御太刀、同じく刀、合わせて二つ送りたびて候。
此の太刀は然るべき鍛冶作り候かとをぼへ候。
あまくに或いは鬼切或いはやつるぎ、異朝にはかむしやう・ばくやが剣に争でか異なるべきや」
と大聖人様はこの名刀を見て御覧あそばしたわけであります。
「此れを法華経にまいらせ給う。
殿の御持ちの時は悪の刀、今仏前にまいりぬれば善の刀なるべし。譬へば鬼の道心を起こしたらんが如し。あら不思議やあら不思議や。
後生には此の刀を杖と頼み給うべし。
法華経は三世の諸仏、発心の杖にて候ぞかし。」
とこう仰せられた後、臨終の大事について次のごとく御教示下されているのであります。
「但日蓮を杖・柱とも頼み給うべし。
険しき山、悪しき道、杖をつきぬればたをれず。殊に手を引かれぬればまろぶ事なし。
南無妙法蓮華経は死出の山にては杖・柱となり給い、釈迦仏・多宝仏・上行等の四菩薩は手を取り給うべし。
日蓮先に立ち候わば御迎えにまいり候事もあらんずらん。
又先に行かせ給はば日蓮必ず閻魔法王にも委しく申すべく候。此の事少しも空事あるべからず」
「日蓮大聖人を人生の杖・柱と頼むべきである。
険しき山であっても、悪い道であっても、杖をついていれば倒れない。
ことに、手を引かれるならば転ぶ事は絶対にないのである。
南無妙法蓮華経は険しき死出の山を乗り越える杖・柱となり、釈迦仏・多宝仏・上行等の四菩薩は手を取って下さるのである。
もし自分が先立つ事があったならば、必ず弥源太殿の臨終の時に迎えにまいるであろう」
という事を仰せになって「此の事少しも空事あるべからず」とおっしゃっておられる。
いいですか『上野殿御返事』には「御臨終のきざみ、生死の中間に、日蓮必ず迎えにまいり候べし」と仰せられ、只今の『弥源太殿御返事』には「此の事少しも空事あるべからず」とこう仰せられている。
仏様のお言葉に絶対に嘘はない。
だから、自我偈には「仏語実不虚(仏語は実にして虚しからず)」と仰せられているごとく、仏様は少しも嘘をおつきにならない。
ゆえに、大聖人様は必ず臨終の時にお迎えに来て下さるのであります。何と有難い事か。
だから、三毒強盛の我ら凡夫が臨終に成仏の相を現ずる事が叶うのであります。
仰せのままの信心をすれば、必ず仰せのままの御守護が頂けるのであります。
令和4年 3月25日 3月度 総幹部会 浅井先生指導