『呵責謗法滅罪抄』に宣給わく
何なる世の乱れにも、各々をば法華経・十羅刹助け給へと、湿れる木より火を出だし、乾ける土より水を設けんがごとく、強盛に申すなり。
さる10月12日、大型で非常に強い非常に強い台風19号が静岡県に上陸し、東日本を縦断いたしましたが、徐々にわかってきたその被害の深刻さには身震いを禁じ得ぬものであります。
今わかっているだけでも実に71河川、128ヶ所の堤防が決壊し、住宅地などを呑み込む大規模な洪水被害が各地で発生、加えて、土砂災害も相次ぎ、日が経つにつれて死者数が増えていく現状には息を呑むものであります。
この災害の中に、各地で顕正会員が地涌の菩薩の使命に奮い立ち、果敢に戦いを起こしている姿は泣けてくるものであり、また、多くの顕正会員が御守護を頂いたと耳にしては、大聖人様の大慈大悲にむせび泣いたものであります。
そして、かつて先生が3月11日の東日本大震災の直後の日曜勤行において、冒頭に拝読した『呵責謗法滅罪抄』及び『新尼御前御返事』の
「何なる世の乱れにも、各々をば法華経・十羅刹助け給へと、湿れる木より火を出だし、乾ける土より水を設けんがごとく、強盛に申すなり」
「此の五字の大曼荼羅を身に帯し心に存せば、諸王は国を扶け、万民は難を脱れん」
との一節を引かれてお励まし下さった事が胸に去来し、大聖人様「湿れる木より火を出だし」との不可能を可能にする強き御一念で諸天に対し「健気な信心の者達を助けよ」と強く強く申しつけ給うておられるのであれば、先生御統率の顕正会員は何があっても大丈夫ではないかと肚の底から確信が込み上げてまいりました。
また、台風を機にこれまで音信不通であった未活動者から連絡が来たり、未活動者が信心を起こして立ち上がる姿もあり、これら諸天の励みによって多くの者が開目していく様には、今後ますます諸天が活発に励む時、三百万・五百万に向けて不思議の加速度がついていく事を大確信するものであります。
先生は、本年の御大会式を旧暦の10月13日である11月9日に挙行する事を御決断下さいました。
「令和という年代は広布前夜の国家危急存亡の時代になる」と先生は仰せでありますが、広宣流布に向けてあらゆる災厄が集中して起こる2020年代に、三災七難をしなやかに乗り越えて戦う姿を先生より示して頂いた思いとなりました。
毎年の御大会式において先生は宗門と日本国の現状を大聖人様に御報告なされますが、ことに本年は広宣流布の決戦場たる2020年代を明年に控えた御大会式であり、また、符節を合わせるがごとく、阿部日顕の命終によって宗門が新たな段階に入らんとしている時であれば、本年の御大会式に臨まれる先生の御決意はいかばかりかと身を正すものであります。
そこに、第六天の魔王と先生の戦いもいよいよ最終章と確信しては、先生の諌暁の背景となる大前進を決意せずにはおれません。
思えば、第六天の魔王は御在世には大聖人様の御命を奪わんと松葉ヶ谷の草庵襲撃に始まり、小松原の剣難、そして、竜の口においては絶対絶命の死刑罪まで引き起こしたのでありました。
また、大聖人様が出世の御本懐を成就された弘安年中に至って、願主出現を妨害せんとするがごとく門下一同に迫害を加え、その中、熱原の法華講衆は頸を刎ねられたのであります。
しかし、大聖人様の絶大威徳によって竜の口の死罪はかえって御本仏成道の重大儀式へと変わり、また、熱原の法難はかえって戒壇の大御本尊の願主たる不惜身命の集団を出現せしめたのでありました。
このように、御在世において大聖人様の絶大威徳を前に敗退した第六天の魔王が、昭和32年に先生が顕正会を発足し、広宣流布に向けて前進を開始されるや、戒壇建立を妨げんと宗門最大の権力者池田大作の身に入り、正本堂の誑惑を成したのであります。
そして、この正本堂の誑惑が全宗門を覆う中に、敢然と諌暁に立たれた先生は、池田大作が細井日達にはめた国立戒壇永久放棄宣言と正本堂訓諭という2つの箍をも外して、昭和47年の正本堂落成時での広宣流布達成宣言を阻止されたのでありました。
さらに先生は、本門寺改称の陰謀実現に向かって一体となっていた池田大作と阿部日顕に対して平成2年の諌暁書を送付され、加えて、二万人の大総会にて決死護法の大師子吼をされましたが、この先生の諫めによって阿部日顕は『このまま池田大作に諂っていたら自分の将来が持たなくなる』と思い詰めたのでありました。
かくて、諸天の厳然たる働きにより、阿部日顕は池田大作を裏切り、本門寺改称の陰謀は粉砕され、この阿部日顕の裏切りを引き金として学会・宗門に大抗争が勃発し、後の池田大作の宗門追放と正本堂崩壊へとつながっていった事を拝しては、全ては、先生の徹底せる呵責あればこそ諸天も動き、大陣は破られたのだと畏敬の念でいっぱいとなるものであります。
しかしながら、正本堂崩壊後も阿部日顕に改悔はなく「国立戒壇が間違いだと言った事は正しかった」と嘯き、ここに先生は、事を一気に決せんと、百万顕正会の命運を賭して公開討論を申し入れ、この対決からも逃げを打った阿部日顕に対し『最後に申すべき事』でとどめを刺され、その70日後、阿部日顕は大扉開かずの大現証によってその翌月に自ら猊座を退いたのでありました。
しかるに阿部日顕はその後も院政を企て、早瀬日如管長を監視するごときであったと伺っては憤激抑え難く、何より本年2月、平成16年の講義録を宗門が発刊し、国立戒壇を重ねて否定してきた事には怒髪天を突く憤りが込み上げ、ここに先生は、本年3月より御遺命守護特集号を連連と発刊し、7月度総幹部会にて早瀬日如管長に対し阿部日顕と大草一男の宗門追放と国立戒壇の正義宣揚を直諫されたのであります。
そして、それより58日後に阿部日顕は命終いたしました。
先生の「大聖人様が宗門追放して下さった」との仰せを拝しては、厳たる御仏意に身が震えてまいりました。
さらに先生は「寄生虫たる大草一男などは宿主を失えば自然と消滅する」と仰せられ、ここに、広布の決戦場を前にして第六天の魔王とその眷属たる五悪人が亡び、宗門が新たな段階に入らんとしている事、これひとえに半世紀近くにわたり先生が悪を責め抜かれたゆえに起きた誑惑不久の大現証なのだと伏して拝するものであります。
そして、この御遺命守護の激闘の中に、顕正会に国立戒壇建立の唯願説之へとつながる御在世の信行、恋慕渇仰の遥拝勤行が蘇り、今二百万の仏弟子の大集団となった不思議に「全ては、大聖人様の絶大威徳と先生の大忠誠によるもの」とひれ伏すの他はありません。
されば、2020年代の決戦場の前夜となる今法戦、大事の御大会式を見つめて機を画する大前進を成し、三百万を明日のごとく願われる先生に全員でお応えしてまいろうではありませんか。