東田直樹さんをご存じですか?
東田さんは、自閉症の作家・絵本作家です。
会話のできない重度の自閉症でありながら、パソコンや文字盤をつかってコミュニケーションをとることができます。
著作も多数。絵本も出版されています。
オフィシャルサイトも開設されています。
私は、息子の発達が気になりいろいろな本を読み漁っていた頃、つまり今から5年以上前から東田さんの存在を知っていました。
ですが、本を読まずにきました。
なぜだか読めなかったのです。
当時は発達障害を「治す」とか「改善する」とかいう本ばかりを次から次へと読み(今も割とそうですけど)
読んでは取り入れ、また読んでは取り入れてみて…
勢いをつけてやっていかなきゃ!
とにかく前を向かなきゃ!
そんなモードでした。
これも、今も割とそうかな。
東田さんの本は、そんな私には、なんとなく手が伸びない本でした。
うまく言えないのですが、私の心の中の、とても弱いところを刺激して来るというか…
先日、図書館の本棚を眺めていたら、東田さんの本が並んでいました。
なぜだろう。
今回、初めて、読んでみようと思いました。

驚きました。
会話のできない東田さんの内面に、こんなにも豊かな言葉が、表現が、満ち溢れているだなんて。
自分自身を客観視する冷静さもあり、周りを受け止める穏やかさもあり、そして自閉症として生きている東田さんの切なる願いもあり。
この本を読んで、息子が言葉で表現しきれない部分を、東田さんが私に教えてくれるようでもありました。
例えば、こんなページがあります。
どうして質問された言葉を繰り返すのですか?
…僕らはよくオウム返しをします。質問されたことに対して答えるのではなく、質問と同じ言葉を繰り返すのです。
(中略)
僕らは質問を繰り返すことによって、相手の言っていることを場面として思い起こそうとするのです。言われたことは意味としては理解しているのですが、場面として頭に浮かばないと答えられません。
その作業はとても大変で、まず、今まで自分が経験したことのある全ての事柄から、最も似ている場面を探してみます。それが合っていると判断すると、次に、その時自分はどういうことを言ったか思い出そうとします。思い出してもその場面に成功体験があればいいのですが、無ければつらい気持ちを思い出して話せなくなります。
(中略)
いつも慣れている会話なら、割とスムーズに言葉のやり取りができます。
でも、パターンとして覚えているだけなので、自分の気持ちを話すこととは違います。気持ちと反対のことを、パターンに当てはめて言ってしまうこともあるのです。
会話はすごく大変です。
気持ちを分かってもらうために、僕は、知らない外国語をつかって会話しなくてはいけないような毎日なのです。
この様子は、なんとなく、息子に当てはまるなあと思うことがあります。
質問をすると、まずその質問を自分で一度繰り返してから答えてくることが、息子は割に多いんですね。
例えば私が
「今日は何食べたい?」
と聞くと、
「今日何が食べたいかと言うと、、、ハンバーグかな」
みたいな感じ。
東田さんが書かれているように、息子は頭の中でいろいろなことを思い出しながら会話しているのかもしれないなあと思いました。
また「パターンとして覚えている」というのも、なんとなく当てはまります。特にABAで言葉を教えていた頃は、その要素が大きかったような。
こう言われたらこう返すんだよな、みたいにしながら彼は言葉を覚えていった(こちらも教えていった)んですよね。
まさに会話をパターンとして一つずつ増やしていったのです。
その方法が悪いとも言い切れないと思うのですが…
今も息子と話していて、
「言葉と彼の実態とがピッタリ一致してないな」
と感じることが時々あるんです。
言葉だけが上滑りしているというか。
それは彼が本当に感じたり考えたりしたことを言っているのではなく、なんとなく「今こう言うのが正解だよね」という内容=パターンとして覚えた ことを言っている時なのかもしれないなあと感じました。
とにかく、この本には思い当たることがたくさん。
こんな記述もありました。
自由時間は楽しいですか?
…僕たちにとって自由というのは、とても不自由な時間なのです。
「好きなことをしていいよ」
と言われたとします。けれども、好きなことと言われても、何をしたらいいかを探すのが大変です。そこに、いつも使っているおもちゃや本などがあればそれで遊びます。でも、それは自分の好きなことではなくて、できることなので す。いつものおもちゃや本で遊んでいると、やることが分かっているからとても安心です。それを見て、みんなは(これがしたいんだ)と思うのです。
けれど、僕の本当にしたいことは、難しい本を読むことだったり、ひとつの問題について議論したりすることなのです。
僕たちは誤解されています。
その誤解が苦しくて悲しいのです。
(以下略)
息子も
「僕、今から何すればいい?」
と聞いてくることがよくあるんですね。
「好きなことしていいよ」
と言っても、何をしていいのかわからないような場面を時々みかけます。
それで私が提案するんです。
「本を読んでみたら?」
「テレビを見てもいいんだよ」
「おもちゃのヘリコプターを飛ばしてみれば?」
みたいな感じで。
そうしてやっと彼は遊び始めたりすることがあります。
息子が本当に好きなことってなんなんだろう。
彼がいつもやっていることは、本当に好きなことなのかな…
目の前にあるもので間に合わせているだけなのかもしれないなと、この本を読んで思いました。
こんなページもありました。
お散歩が好きなのはなぜですか?
散歩が好きな自閉症の人は多いと思います。
それはなぜだと思いますか?
気持ちが良いから。
外が楽しいから。
もちろん、それもあります。
だけど、一番の理由は、緑が好きだからだと思うのです。
何だそんなこと、と思われるかも知れません。
けれども、この緑が好きという感じは、みんなの感覚とはずれています。
みんなが緑を見て思うことは、緑色の木や草花を見て、その美しさに感動するということだと思います。しかし、僕たちの緑は、自分の命と同じくらい大切なものなのです。
なぜなら、緑を見ていると障害者の自分も、この地球に生きていて良いのだという気にさせてくれます。緑と一緒にいるだけで、体中から元気がわいて来るのです。
人にどれだけ否定されても、緑はぎゅっと僕たちの心を抱きしめてくれます。
目で見る緑は、草や木の命です。命の色が緑なのです。
だから僕らは、緑の見える散歩が大好きなのです。
息子も散歩が大好きです。
長く歩くことも嫌がりません。
もしかしたら、東田さんが感じているように、息子も緑が好きなのかもしれません。他の人以上に。
あまりそのことを意識しては来なかったけれど。
もっと息子と、自然豊かな場所にでかけていきたいなあ…とこの本を読んで痛切に思いました。
他にも様々なことが書かれています。
今回初めて読んで、なるほどそういうことだったのか…腑に落ちることがたくさん。
だからこうしよう!というのがすぐに出るわけではないのですが、
ひとつ思ったのは
「待とう」
ということ。
私、せっかちなんですよ。
息子に質問してすぐに答えが出ないときなんかに
「で?答えは?」
なんてすぐに言っちゃうんです

でも、もっと待とうと思いました。
お散歩も、せかせかと急いで歩くのではなくて、ゆっくり景色を楽しみながらのんびり歩こう、とか。
二人でボーっとする時間もいいなあ、とか。
たくさんの気づきを与えてくれる、ものすごく素晴らしい本でした。
読んでいて、泣けてくるようなところもありました。
息子に申し訳ないことをしてきたなという反省もありました。
それとやっぱり、身体からのアプローチだとか栄養面だとかで、息子をもっと楽にさせてあげたいなということも強く思いました。
これからも繰り返し読んでいこうと思います。
愛読書になりそうです。