かつて、永田晟が講談社ブルーバックスにおいて著した『呼吸の奥義(2000年(平成12年)発刊)』『呼吸の極意(2012年(平成24年)発刊)』を読んだが、スポーツ生理学や医学の専門家ではない自分が読んでもおかしな記述があったことについて述べたことがある。主に、スポーツ・格闘技・武道に関する部分である。
武術・武道・格闘技の技を出す瞬間は、息を止めているのか?息を吐いているのか? | 武術とレトロゲーム (ameblo.jp)
そしてその後、2022年8月10日発行の『Tarzan特別編集 呼吸と姿勢を整える』を読了し、『呼吸の奥義』『呼吸の極意』で自分がおかしい、変だと思っていた箇所があながち的外れではないと感じた。
Tarzan特別編集『呼吸と姿勢を整える』武術・武道・格闘技の技を出す瞬間は息を止めているのか? | 武術とレトロゲーム (ameblo.jp)
その後、講談社ブルーバックスから『呼吸の奥義』『呼吸の極意』の内容を刷新するかのように『呼吸の科学(石田浩司・著/2021年10月20日発行)』が発売された。このたび『呼吸の科学』を読了したので、その中からスポーツ・格闘技・武道等に関する部分を抜粋してみよう。『呼吸の奥義』『呼吸の極意』よりも『呼吸の科学』の方が、自分にとってしっくりくる部分が多い。
「さて、これらの短距離走中の呼吸法ですが、冒頭にふれたようにこれらは『無酸素系』という言葉で呼ばれることがあります。そのため短距離走では呼吸を止めて走ると思っている人がいるようですが、これは間違いです。100m走では酸素が口から入ってこなくても走れますが、呼吸を調節する神経系のメカニズム(後述します)によって、走りながら自然に呼吸しているはずです。ただ、意識的に大きく呼吸をして過換気になるのはよくありません。」
「基本的には、運動が楽になる呼吸法はありません。右に挙げたことも、これを守らないと苦しくなりますよ、というものです。運動が楽になる基本は、持久力を向上させることで、そのためには、なるべく高い強度で持久力トレーニングを積むことです。楽して楽にはなりません。」
「ネットに挙げられているヨガの宣伝文句で、腹式呼吸は副交感神経、胸式呼吸は交感神経が働く、と書かれていることがありますが、腹式・胸式は自律神経とは直接関係はなく、これは生理学的には正しいとはいえません。ただし、腹式呼吸はゆっくり大きく呼吸するので、気持ちが落ち着き、副交感神経が優位になると考えられます。」
「例えば、ランプが光るのを見てジャンプするという全身反応にかかる時間は、吸気後に息を止めた状態を基準とすると、呼気中で3%、吸気中は5~8%有意に遅くなることが知られています。さらに、吸気後の止息により呼気後の止息の方が反応が5%ほど遅れるなど、素早い動作には吸気から息を止める方が有利であることが報告されています。また、吸気から止息した場合、吸気時や呼気時に比べ、5~8%大きな筋力を発揮できたり、20~30%も素早く一気に力を出したりすることが可能であるという報告もあります。これらは、息を吸った後、腹筋を収縮させて息を吐こうをしながら止める、つまり『いきむ』(怒責ともいいます)ことにより、腹腔内の内圧が高まり、体幹を強く固定するからです。土台が弱いと強い力は出ません。また、おもしろいことに、最大筋力を発揮する時に、大脳が興奮していると、力がより大きく出ることがわかっています。」
「大きな掛け声をかけると、最大筋力が4~8%有意に上がるとともに、個人差はありますが、素早く一気に力を出すことができると報告されています。掛け声は『いきむ』ことにもなり体幹が固定されます。テニスで打つ時に声を出しているプロ選手もいますし、剣道でも気合の入った声を出して打っていますが、これらは大きな力を発揮する方法だと考えることができます。」
「一方、重りを何回も上下させるウェイトトレーニングでは、呼吸を止めないよう拳上時に吐き、降ろすときに吸うように教わります。また、関節角度が変わらず、静的に力を発する場合は、換気増大の神経性要因が働かないため、呼吸は止まりがちです。このように力の発揮と呼吸は密接にかかわっています。」
「日本の伝統的スポーツである柔道や剣道に関しては、攻撃する時にいちばんいい呼吸のタイミングはいつか?相手のスキのある呼吸相はいつか?といった研究が、1950年代から行われています。まず、自分が技をかけるタイミングですが、柔道では、技をかける直前で呼吸を浅くし、技をかける準備である『崩し』で吸気に入るのがいいという研究があります。さらに、吸気の中期から終期、またが呼気の前半で、技をかける直前の『作り』を行い、呼吸を止めて技をかけ、投げ終わるまで止息のままでいる形が、熟練者では多いようです。技をかけるときに、力がいちばん大きく速く発揮されることが必要です。そのため、吸気から『いきむ』局面がベターとなります。」
「相手の反応がいちばん鈍いタイミングは、相手の吸気時だといえます。また、相會が技をかけてこないタイミングである。呼気の半ばもいいかもしれません。相手が技をかけようとする直前に先手を打つわけです。肩を使った胸式呼吸では、呼吸相が相手にわかってしまうため、なるべく腹式呼吸をすること、そして息が上がらないよう、トレーニングで持久力を高めておく必要があります。」
「柔道と同様に、準備期に息を吸いながら動作(振りかぶり)を開始し、いきんで呼気相の最初に打ち終えるようにするのが熟練者の打ち方です。また、打突の時、『メーン』などと打突部位の掛け声(呼気)を出す必要もあります。逆に、相手の呼吸のどのタイミングで打つかは、剣道の指導書などでは、『吐くは実の息、吸うは嘘の息』と表現され、息を吸っている時には隙ができやすいことが、経験的にわかっています。柔道と同じように相手の反応が遅い吸気中が一つのねらい目です。そのため、剣道では試合中、相手に狙われやすい吸気時間を短くし、呼気を長くすること、肩で息をする胸式呼吸では相手に呼吸を悟られるので、腹式呼吸や丹田呼吸を意識することも指導されます。」
「丹田呼吸は、ヨガや剣道、空手でもよく聞く言葉です。ただし、西洋医学の学術用語として用いられることは少なく、解剖学的に、丹田というところはありません。」
「丹田呼吸や腹式呼吸の効果として、酸素をたくさん取り込めるなどと書かれていることがありますが、これまで何度も述べてきたようように、大きな呼吸をしても酸素は使った分以上は取り込めません。」
「腹式呼吸の研究は少なく、一部、CCPDの患者などには腹式呼吸の効果は認めらますが、方法論的に問題がある研究が多く、明確なエビデンスにはなっていないことが、ナラティブレビューで報告されています。また、腹式呼吸でストレスが軽減されますが、例数が少なくエビデンスにはなっていないことも、システマティックレビューで報告されています。」
専門家ではない自分としては、よく男性=腹式呼吸、女性=胸式呼吸と二分されることが多いのに、男性の平均寿命が女性を上回ることがない程度の効果しかないんだな、とか思ってしまう。