かつて、『広義での脱力 その11』で、「歯を食いしばる力の入れ方」と、「歯を食いしばることのない力の出し方」があるのではないかと推察したことがある。

 

広義での脱力⑪ | 武術とレトロゲーム (ameblo.jp)

 

 その上で、永田晟が講談社ブルーバックスとして執筆した『呼吸の奥義』と『呼吸の極意』を読んでみた。その中で、最も気になるが自分には不可解だったところは、スポーツ・格闘技・武道・武術に関する部分である。まず、『呼吸の奥義』の方の内容を、自分なりに要約してみよう。

 

 スポーツには、大別して持久力型スポーツと瞬発力型スポーツがある。これを三分する場合には、射撃や弓道などの集中力型スポーツがあり、呼吸の乱れと精神の乱れが微細な振動を生じ、命中率を下げる。

 瞬発力型スポーツは短距離走やウェイトリフティングが該当し、無酸素運動である。瞬発力型スポーツでは、パワー発揮の瞬間に息を止める。短距離走の場合、構えに入ったら、いったん息を十分に吸い込み、コールの直前までゆっくりと吐いていく。コールとともに息を止めてピストル音で一気にダッシュする。いったん息を止めたら、ゴールまで決して呼吸しない。ウェイトリフティングでは、クラウチング姿勢が、息を整える準備態勢で、少し息を吐きだし、止めると同時に一気にバーベルを持ち上げる。

 相撲の立ち合いは、相手の呼吸を見て、呼息から吸息への変わり目が両者で一致すると、立ち合いが成立する。横綱ともなると、腰を割って、手を正しくついて、息を止めた状態で相手がいつ立っても応じられるような待機姿勢を取る。剣道は、礼と構えのあと、竹刀が接触したとき、少し息を吐き、止める。打つ、突く等の技を仕掛けたときには、息を止めている。残身のときに、再び息を吐き、吐き切る。柔道は、呼息中心で、少しずつ吐いていき、技を仕掛ける瞬間に息を止める。技を仕掛けた後は止息をやめ、技の動作中は思い切り息を吸い込んでいく。

 

 

※関連リンク先

Tarzan特別編集『呼吸と姿勢を整える』武術・武道・格闘技の技を出す瞬間は息を止めているのか? | 武術とレトロゲーム (ameblo.jp)

 

『呼吸の科学(講談社ブルーバックス)』を読み終える。 | 武術とレトロゲーム (ameblo.jp)

 本当なのか?

 

 『呼吸の極意』では、以下のようにある。

 徒競走のスタート時や相撲の仕切り、武道(剣道や柔道など)で技をかけようとするときなどには、全て呼息のあとに息を止めています。

 

 本当なのか?

 

 かと思えば、別のページに以下のような記載もある。

 丹田に意識を集中させて息を吐き出すことで、全身のパワーを増大させることができます。これが丹田力と呼ばれるもので、相撲のまわし、弓道や合気道の袴や腰帯、昔の男性のふんどしや女性の腰帯などは、気力とともに丹田力を発揮するために伝承されたものといえるでしょう。

 

 剣道や柔道で仕掛けるときは息を止めて、短距離走やウェイトリフティングは瞬発力のために息を止める。だが合気道は、息を吐きだすことで全身のパワーを増大する。ところが前著『呼吸の奥義』には、合気道の技をかけるための力の集中は、止息状態でおこなわれる、とある。また、柔道では技を仕掛けた後は息を吸い込んでいく、とある。訳がわからない。「仕掛ける」とは、「技が決まる直前まで」を指しているのか?

 

 

 まず、自分は剣道で気・剣・体の一致と言うものを習った。気=気合でもないし、気合=掛け声でもないが、技と発声がずれていれば、気・剣・体が一致していないことになり、一本とならない。これは、なぎなたでも同じだった。また、技を繰り出す瞬間ではなく直前は、息を止めているのか?少しずつ吐いているのか?悟られないように吸っているのか?剣道の達人同士の仕合になると、どちらかの技が出るまでに何分間もかかる場合があるが、あれは両者呼吸をしていないのか?また、人間の体の構造上、剣を下から上へ振りかぶるときは、息を吸ってしまうものだし、剣を上から下へ切り下ろすときは息を吐いてしまうものだとも感じる。

 

 次に、空手であるが、これも発声しながら突きを撃ち、蹴りを放つのが普段の基本稽古である。こんな稽古を繰り返して、肝心の本番だけ、インパクトの瞬間に息を止めることなどできる訳がない。また、一度スキーをするときのように、腰を落としてみてほしい、その体勢で口を開けたまま、拳を作り、肘の角度を90度くらいにして、スピードを出して水平に腕を(フックのように)振り抜いてほしい。勝手に息が漏れてしまうのを感じないだろうか?同様に、映画『少林寺』を思い出してほしい。「ハッ!ハッ!」と発声している。一部の中国武術には、「爆発呼吸」と呼ばれる概念があるらしいが、これも否定されることになる。同様に、ボクシングの練習風景で、「シュ!シュ!」と言う声を聴いたことがあると思う。トレーナーはなぜ、瞬発力やインパクトの増大を考えて、あの発声(呼息)をやめろと指導しないのか。呼息で技を相手に悟られるのならば、なおさらである。インパクト軽視のコンビネーション重視で無息(無呼吸)になることは、あるかもしれない。声を出しているということは、歯を食いしばっていないことであり、息を止めてはいない証拠となる。また、発声(呼息)には、腕と脚と体幹と脳を統合させる役目はないのだろうか?体全体を統一して力を出すことの方が、止息による瞬発力の増大よりも大切な場合もあるのではないか?ムエタイのブアカーオのミット打ちとサンドバック打ちをYOUTUBEで確認してみた。明らかにインパクトの瞬間に発声しており、息は吐かれている。試合だけ、息を止めることなどありえない。

 

ムエタイの『生ける伝説』ブアカーオのトレーニング【K-1】 - YouTube

 

 合気道の技についても、呼吸を止めて技を掛けることは「力を込める」「力む」ことの遠因になり、声は出さないものの息を出しながら技を掛けてきたつもりである。「力を込めず」に、「力を出してきた」つもりである。ただ、演武や審査の多人数掛けのときに、息を止めて小手返しや入り身投げを掛けている可能性は否定できない。吸って吐いていると拍子が遅れるかもしれない。しかし、指導者として「より強力な力(インパクト)を出すため、投げるときは呼吸を止めろ。」と指導したことは一度もない。

 

 この辺りの話になったときに、よく話題にあがるのがハンマー投げの室伏広治が、ハンマーを投げるときに大声で叫ぶ話である。絶叫するときは歯を食いしばっていないし、息を止めていない。ところが、ネット上の意見を調べてみると、室伏広治が叫ぶのは、ハンマーから手が離れた後だと言う。素人の自分には判別しにくいところもあるが、YOUTUBEを見る限り、投げる瞬間ではなく、ハンマーから手が離れた後に叫んでいるように見える。

 

Koji Murofushi - his 10 great throws - YouTube

 

 田村亮子(谷亮子)が、稽古のときに「ヤー!」と言う掛け声とともに投げていたのを思い出して、試合中はどうであったのかYOUTUBEを見てみた。全ての技ではないが、掛ける瞬間に「ヤー!」と声を出しており、ときおり技が成功すると確信してから遅れて「ヤー!」と声を出している場合もある。仕掛けるまでは息を止め、仕掛けた後は息を吸うのならば、なぜ指導者はあの「ヤー!」をやめさせないのか?審判への好印象のためだけのパフォーマンスだとでも言うのか?

 

JUDO 1992 All Japan: Ryoko Tani (Tamura) 谷 亮子 (JPN) - Atsuko Nagai (JPN) - YouTube

 

JUDO 1995 World Championships: Hillary Wolf (USA) - Ryoko Tani 谷 亮子 (JPN) - YouTube

 

  この問題を考える上での論点のひとつは、技が決まる瞬間(インパクト)と、技が決まる直前(作り、掛け)を分けて判断する必要がある点である。例えばの話、技が決まる直前までは息を止めているが、技が決まる瞬間は吐いている場合も、ジャンルによってはあるかもしれない。また、意識的に息を止めているつもりでも、実際には微量の息が漏れ続けている場合もあるのではないかと言うのが、二つ目の論点である。また、ほとんどの武術・武道・格闘技は、無酸素呼吸による瞬発力だけでは成り立たず、間合いやタイミング、角度等のテクニカルな要素を総合したものが重要である点も指摘しておこう。

 

 これらのことは、頭の中で思索するべきことではない。最新の科学技術を駆使した器具で、室伏広治がハンマーが離す直前、離した(インパクトの)瞬間、離れた瞬間よりも後に、息を止めているのか、吸っているのか、吐いているのかを測定すれば済む話である。

 同様に、ゴルフのタイガー・ウッズが、スイングする直前、ゴルフボールにクラブが当たった瞬間、クラブが当たったあっと振り抜くまで・・・

 柔道の阿部一二三が、背負い投げを掛ける直前、背負い投げで相手の両足が畳から離れた瞬間、相手の両足が畳を離れてから背が畳に着くまで・・・

 相撲の白鵬が、立ち合いで手を付いてから相手と接触するまで、接触して衝突した瞬間、接触してからまわしに手が届くまで・・・

 剣道の全日本レベルの選手が、技に移行する直前、竹刀が打突部位に当たった瞬間、竹刀が打突部位に当たったのち残心まで・・・

 試斬(試し斬り)の達人が、斬撃に入る直前、刀が対象に触れて端まで切れる瞬間、対象物が完全に切れたが刀の動きが終わるまで・・・

 合気道や大東流合気柔術の達人が、投げを掛ける直前、相手が投げでバランスを崩した瞬間、相手が崩れてから投げられ抑え固められるまで・・・

 フルコンタクト空手や伝統派空手の高段者が、突きが決まる直前、突きが相手の体に接触した瞬間、突きが入ったあとの残心やフォロースルーのとき・・・

 フェンシング(フルーレ)のオリンピック代表選手が、突く直前、フルーレの先が相手に接触した瞬間、フルーレで突き終わったあと・・・

 

※また、著者は剣道や柔道の呼吸を一般化しているが、柔道の寝技のとき、関節技を極める瞬間、剣道のつばぜり合いのとき、日本剣道形(なぎなたならば、全日本なぎなた連盟の形)を演武しているとき、どのような呼吸をしているのか、全く記載がない。同様に、相撲でまわしを取り合って膠着しているところから投げるまで、相撲の土俵入りのときの呼吸についても言及がない。

 

 

 

※『呼吸の奥義』が2000年(平成12年)発刊、『呼吸の極意』が2012年(平成24年)発刊であるが、同じブルーバックスから2021年(令和3年)に『呼吸の科学(石田浩司・著)が発売された。こちらの本の方が、納得のいく記述が多かった。

 

※2022年8月10日発行の『Tarzan特別編集 呼吸と姿勢を整える』の中には以下のような記述があった。東京農工名誉教授の田中幸夫への取材協力による。

「瞬発系の動作でも息は止めないものだ。 バッティングだけでなく、ゴルフのティーショットでも、1拍息を止めて構え、静かに吐きながらスイングするもの。全身への酸素供給が欠かせない長距離走でも一気に吐いたりは決してしないのだ。」

「筋トレの指導を受けたことのある人も、力を発揮するときは心臓に負担をかけてないよう、息を吐きながらすることを知っているはず。だが最大筋力で重量物を上げたいトレーニーは、呼吸を止め、腹圧を高めて上げるが、これは心臓をはじめ、循環器系に重い負担を強いるリスキーな手法(怒責という)。大きな力は出やすいが、筋肉が震えやすく、繊細な動きもしづらくなる。」

「(数値には諸説あるが)出そうと思っても人は最大筋力の40%くらいまでしか力を出せず、心理的な限界に達することで運動を終えてしまうものです。温存しているパワーを少しでも引き出すには、心理的限界という重しを軽くすることです。呼吸を正すことで脱力し、自律神経系を整えられれば、パフォーマンスも上がるでしょう。」