さて、2つ前の記事で、ふと、敦盛ってのが出てきたんだけど。

節回しがなく、長く幻の舞、とされてきた「幸若舞」を、必死に復元されておられる方々がいた。


てのは、敦盛の中で使われてはいるんだけど、
それが、実際にどんなものだったのか、というのは、詳しく伝えられてなかったんだって。

面白いねぇ。これ。
というか、やはり、素晴らしいね。

織田信長は、自分で Hiphopというか、ラップしてたんだな。
カコイイじゃねぇか。

こらこら、そこで、すぐよからぬ事考えて、安易なネタに使おうとするなよな。
どうせ、デジタルビートのあっさいの作って、その上で「人間五十年」とか馬鹿げた事やるんだろ。

それが「ガキの浅知恵」というんだよ。

原始の姿、ってのは、こういうものだったんだろうな。
音楽も、舞も。

大衆性や商業性の中で「派手さ」を手に入れただけで、原始の姿は、もっと素朴なものだ。
派手だからどうだとか、素朴だからみすぼらしいと思うのは、何かが違うんだろうね。

そして、この舞を再現している方々、というのは、
普段は違う御仕事をなさりながら、この再現をやっておられるそうで、本当にご苦労が偲ばれる。

一度、現場で拝見したいものだ。
・・・あ、これ、九州だっけ・・・いい行く口実にはなるか・・・。