徒然なるペンペン草

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2018-06-08 08:11:34

家庭の中では何が行われているか分からない。

テーマ:徒然なるままに
っていう話なんですが。

これを深く考えるきっかけになったのは、
やっぱり、Musu BoreのきっかけになったR.D.レインの著述の数々と
大師匠から聞かされた話、だったと思う。

R.D.レインという人は「全ての狂気は家庭に潜む」という観点のもとに
いろいろな研究著述を行った、英国の精神科医だ。

「結ぼれ」って本は、そんな精神科医の書いた「詩集」だったわけだが。
読んだ時に、この人、ホンマに面白い人だな、というのと、
深く人を見つめた時に、それを学術的な用語の論文みたいな形に書かないで、
普段の人々の言葉や感覚で、精神医学の病理を描くと、
こんな風になるんだろうな、と感心させられたのである。

とかく、難しい言葉で、難しい事を語ろうとすると、
正確な事を言っても、ちんぷんかんぷんな事にしかならないので、
こうした難しいはずの概念を、捻じ曲げることなく、
分かりやすい平易な言葉で人々に警告を促す人ってのは、
いつの世の中にも、必要とされるものなんだろうな、と思うのだ。

で、そういうのが得意だったのが、私の大師匠や師匠だった訳だが。
彼らとは、音楽の理論のことよりも、世間のバカ話をしていただけなのである。
たまに、10回に1回くらいは、音楽の話をする程度w

まー、しかし、それが下手な音楽の理論を聞くよりも、
音楽の作り方のさじ加減やら、歌詞のネタやら、
世の中を見つめる「常識」とやらの
嘘っぱち加減を暴く「頭の訓練」になってたとは、
驚きももの木を通り越して、貴重な時間だったと思ってる。

ごめん、すげぇ汚い話なんだが、
そんな師匠に聞いた面白い話を一つ、紹介させて頂こうと思うのだ。

「立ってウ○コをする人の話」ってやつなんですが。
聞いて頂けますかw

そうか、そんなに聞きたいか!w
では、話してしんぜよう。

師匠が、子供(小学校)の頃の話だから、今から数十年前である。

小学生という奇妙な生物たちが、
人前でウ○コする事を恥とばかりに、こそこそしていた時代の事。

そんな師匠が、ある友達の家に行った時、
ウ○コしたくなってしまったわけです。

学校ですら、臭いだの汚いだのと、
それだけでイジリやいじめの対象にされかねんようなこの折、
よりにもよって、友達んちでしたくなる、ということは、
「あいつ、俺んち来てウ○コしたんだぜ!」と、
次の日に、学校の恰好のネタにされかねんような折・・・

ヤヴァイ・・・ ((((;゚;Д;゚)))カタカタカタカタカタカタカタカタカタ

当時、少年だった師匠は、必死になって、
いやーな汗をかきながら、キリキリいう腹を押さえつつ、
友達の隙を狙ってトイレに駆け込むチャンスを伺っていていたそうな。

そのうち、友人が何も言わずに、どっかへいなくなったので、
師匠、千載一遇のチャンス!

ここぞとばかりにトイレにかけこんで、
勢いよく、トイレのドアをバタンとあけた!

そこでは、友人がウ○コしてた・・・。

幾ら慌てていたからって、ノックくらいしようよ・・・・

それだけなら、まだいいんですけどね。

和式便所の左右のヘリに、仁王立ちで立ったまま。


( д) ゚ ゚

師匠、「ごごごごごご、ごめん!」と慌ててドアを閉めて、
部屋に戻って、友達の帰りを待って、
それから、ご本人もトイレに駆け込んだ。

*:・'。・:*:・゚'☆,。・:*:・゚'☆. (。-_-。)/。・。・゚☆・。・。☆・゚・。・゚
スッキリサワヤカ

爽やかになったチビ師匠、部屋に戻ってから、
その友人に尋ねたそうな。

「そういえば、さっき、お前、立ってウ○コしてたよな。」
「うん。」
「おまえんち、みんなそうなの?」
「うん。」

つまり、この家、全員が立ってウ○コする一族だった・・・

ま、この話聞いた時、うそくせぇなぁ、と思いながら、
でも、あり得ない話ではないよな、と思っていたのは事実である。

いや、考えさせられたんだよ。
だって、私も、男の小便器に、
こんもりとうずたかく盛られたウ○コを見た事があるから。

つまり、その段階で、その話が、ホントだろうがウソだろうが
色々な事を考えさせられたのである。

つまり、親が暴力三昧の家庭の中で育つと、
子供って、それを当たり前に思ってしまうので、
そりゃ、外に出たって、普通に粗暴な子にはなるわな。
まあ、子供がワガママ放題で
親の言う事なんか、サラサラ聞かないってケースもあるんだけど。

そんな話を聞いてから、十数年後。
私は、こんな話をネットで見た。

あー、なるほど。

自分ちで、自動で勝手に流れるトイレにしかしたことがないから
多分、子供は「何で流れないんだろう」くらい不思議に思ってるんだろうな。

これ、下手すりゃ、絶対、親も気づかないわな。
便利に馴らされるってことで、見落とされがちな罠だったりするのだが。

この記事読んで、
ふと、私は、「全ての狂気は家庭に潜む」と言ったR.D.レインの言葉と
師匠がしてくれた「立ちウ○コする家庭の話」と
その時の話のオチだった、この言葉を思い出すのだ。

「家庭の中では何が行われているか分からない。」

2018-01-01 09:47:04

それのどこがロックやねん。

テーマ:徒然なるままに
えー、年始早々から、平常運転宣言w

てのは、別に酒飲む訳でもなく、年始早々、仕事やってる友人も多いので
正月が来たとかいう気分になれるものが、周りに一切ないというね。

なので、普段より、実は、誰にも邪魔されずに音楽に向かえる唯一の時間である。

さて、昔話でもしてみようか。

昔々、私も大学生とやらをやってたことはあって、
僅か半年くらいは、そうした音楽系のサークルに在籍してた事はあるんだけどさ。

そもそも、夏合宿で、どこぞのバンド系のスタジオ常設のリゾートホテルがあって、
そこでロックやってる国なんてのは、日本の一番変な光景なのかもしれないけど。

まあ、そこで、The Cureをやった奴も、私と当時の友人くらいなんだろうが。

そんな私は実は、その頃、ドラマーだったというねw
ええ、こんな曲叩いたりしましたよw


こんなんとかな。これくらいは、普通に叩けます。



どうも、そのバンドの10代目ドラマーだったらしいけどw
その当時は、今以上に「ドラム日照り」でしたから、ドラマーのかけ持ちどころの話じゃねぇ・・・

今?やる気ねぇよ。もう、オッサンなので。

閑話休題。

まあ、皆でグダグダになって朝、目を覚ました訳です。

その当時の私のいたサークルって、割とリベラルなとこあって、
気さくなセンパイ達が多く、高圧的な人とか誰もいなかったので、
えらく、居心地は良かった。

私が、先輩だの後輩だのこだわらないのは、その時の事もあるんだけどね。

ホテルの大食堂の一角で朝飯食ってる所に、
「おはよございまーす」
「うぃーす」
とかって、えらくお互いフレンドリーで気さくな雰囲気のまま、
それでも穏やかで丁寧な人間関係があるような感じ。

そこに突如、学校の違う、どこぞの大学のやや大きな軽音部の連中が飯食いに来たんよね。

最初に、まだ1年生の俺と同じくらいの奴らが二十人ばかり、先に食堂にやってきて、
食堂のドアを開けて、ドアの左右に十人ずつくらい一列に並ぶから、
うちらのサークルの連中、上も下も「なんじゃ?」とあっけに取られた訳ですよ。

そこに、その部の先輩たちが、入ってきた途端。

「おはようございます!」
「おはようございます!」
「おはようございます!」
「おはようございます!」

その一年生部員、先輩方が全員通り過ぎるまで挨拶。

しかもその中を、先輩方が

「おう。」

みたいな感じで、天○皇陛下か、
王様でも通るかのような感じで抜けてって
食事の席につく訳だ。

ウチのサークルの連中、唖然というか
「バカかこいつら」という感じで、その光景を見ている訳ですよ。

本人たちは、えらくそれを真面目にやってるのがまた・・・

ウチのサークルの中で、先輩の誰かがポツリと。
「これだから、いやなんだよなぁ。分かって無い奴は・・・。」

全員、うんうん。

「あいつらみたいのが、日本のロックをダメにする。」

いや、マジ、それを分かってる人達が、あの頃も確かにいたんだよ。
でも、何故か、何も考えずに、あの↑の変な構図を信奉してる人たちってのが、
余りにも、絶対多数過ぎたんだよ。

だから、数の暴力で押し切られてたし、
そもそも、そういう連中が、それをおかしいと一つも思って無かったわけだ。

それで「自由がどうの」「体制がどうの」とかいう英語の曲を、
歌詞の内容もよく知らんと、真似てるだけなんてね。

あんたらの行動が、一番その曲と真逆な事やってないか?ってのを
分かって無いってのは、恐ろしいもんなんだよ。

それのどこが、ロックやねん。

まあ、僕も、そこで疑問には思った訳だ。
そもそも、こんな何もかも揃いまくった場所で、こんな形で音楽やってたって、
それは僕のやりたかった事とは全く違うし、何の意味もないんだろうなぁ、と。

温室栽培の中で、予定調和やってるだけなんだし。

で、僕は、その合宿が終わってから、
そのサークルにも行かなくなったんだけど。
外でメン募をはじめて、っていう、
普通にバンド君がやるような第一歩を踏み出した訳だな。

でも、そこに至るまでが、およそ半年も無い程度の話なんですよね。
だって、僕は10月には、そのサークルさえも辞めてた訳でさ。

義理で、一回だけ、世話になった先輩の追い出しライブに出た時には、
もうそのThe Cureカバーから始まったバンド、オリジナル曲だけでやったからね。

その時の曲は、僕が書いた曲ではなかったから、
今はやる事は無いけど、今でも、僕の奥底深くに重要な形で眠ってる。

でね、何が言いたいかって言うと。

そこまでやってたはずの↑のどこぞの大学の軽音部から、
名のある音楽人がでたなんてのは、ついぞ聞いた事もないし、
どうせ、今頃その連中も、自分がそんな事をやってたなんてのは
ろくに覚えてもいないんだよ、きっと。

けど、おそらく、その大学では、まだ似たような軽音部があって、
その異常な光景を、代々、先輩と後輩の関係やってる時間の間だけ
何も考えないで「それが正しい事」みたいに受け継いでるんだよ、きっと。

俺は、そういう、何も考えなしの行為で、
トンデモ無い音楽上の勘違いを無責任に増やしまくってる事が
多分、一番嫌いなんだと思う。

頭の悪い奴、ってのは、多分、そういうことなんだよ。
忠実な番犬みたいではあっても、本当にそれが何を意味してるかなんて考えもせず
意味も分からないまま、おかしなことを代々繰り返してるだけで、
それを「我が部の伝統」とか言ってるような、おかしな人たちが。
2017-11-19 02:51:33

東京幻想の崩壊と、古き良き東京の街並みの破壊について

テーマ:徒然なるままに
ちょっと、いろいろ考え中なので、いちいち気にしないでくれ。
音楽にも関係あるんだけどさ、
別に色々まとめておかないといけない事もあるんでね。



滅びゆく「幻想の東京」について

1995年のWindows 95の販売以来、急激にインターネットが拡大するにつれ、
日本がそれまで得意としていた、
大企業とメディアによる市場占有と、コマーシャルによる拡散力を利用した
いわゆる「広告代理店的な手法」というものが無効化され、
「ビッグヒット」と呼ばれるモノが生まれにくい構図を作り出されたことで
旧来の手法が一切通用しない状況の中で、「幻想の東京」そのもが崩壊して来た。

「幻想の東京」というものは、メディアによって作り出された
「幻想都市」「仮想空間」としての東京だ。

それらは、東京以外のエリアに住む人によって、
より肥大化の一途を辿っていた時期がある。

秋葉原といえば、電気店街が軒をつらね、
六本木のアマンドの前で待ち合わせをするのが
東京の人達のやり方だとばら撒かれ、
原宿のタレントショップに行けば、
実は東京に普通に住まう人達が行きもしないのに、
そこに派手に着飾った地方の人が訪れては、
東京と言う都市の空気に酔い、金を使っていく場所として
ずうっと機能していたものの総称である。

渋谷で、アメリカのハード・ゲイのファッションと知らずに、
ただ何となくカッコいいというだけで
あの革ジャンに、Tシャツと、ジーンズという
「渋カジ」という奇妙なファッションが流行し、
洋楽と、歌謡曲が奇妙な融合を遂げた音楽が、
J-POPという名で、町に流行した。

そのうち、それらは東京という
素朴なはずだった東京在住の人達がかつて作り上げていた街並を覆うように
もう一つの「別な東京」というものを、徐々に浸食していった。

そのうち、それに飽き足らず、「幻想の東京」は
京都、大阪、札幌、福岡、仙台、名古屋という大都市や、
地方の街並みにまで、徐々に浸食して行った。

TVコマーシャル、雑誌の広告、プロパガンダの力の前に
素朴だったはずの日本は、徐々に浸食を受けて行った。

バブル崩壊後も、その流れは、暫く止まらなかった。
景気低迷の打破もあってか、そのプロパガンダの力をさらに利用し、
本来の日本の素朴さや、純真さを欺き、裏切るような形で、
地方の街並みの多くを「幻想東京化」してしまったのだ。

だが、ネットの力は、それらの「東京幻想」を片端から破壊して行った。

人々が、自分たちの生活の中から、
かつてあったはずの商店街や、収入や、
隣に住んでいた人たちの健やかな生活を見喪った時、
その蜃気楼の様な「幻想の東京」に騙されていた事を知った人達は
メディアに対する強烈な不信感と、「東京」に対する不信感を隠さなくなった。

巨大なスーパーによって、地元企業を壊滅させておきながら
いざ、売り上げが上がらないとなると、あっという間に撤退し、
生活そのものを維持するための便利まで破壊した、
「東京」というものの幻想に対しての怒りは、
いつしか、それを推進した国や政治への根深い不信となって
この国を分断してしまった。

そのことを看破していたのは、石原都知事一人だったという皮肉な構図。
「巨大な法人税を一手に集める東京」が、それを海外に投資として垂れ流す。
企業もその流れに追従し、中国や韓国までも「東京」化を進めていく。

だが、その東京幻想の拡大は、
ついに、東京の素朴で小さな街並みからも、次々に商店を奪い出している。

新宿、池袋、渋谷などのターミナル駅はともかく、
それ以外の街並に、一つは存在していたはずの喫茶店が消え、
個人の商店が次々に力尽きて消えていく時、
東京にあった経済の源も、人々の姿も、活気も、徐々に喪われて行く。

私が青春時代に愛した街角の珈琲屋は、今や殆ど残っていない。
蕎麦屋は息も絶え絶えに営業しながら、申し訳なさそうに値を釣り上げ、
今や、私が住んでいる街並にまで、次々とシャッター街を作り出している。

幻想の東京が断末魔をあげて、ネットにまで浸食し、
ネットに広告の一つも出す力を喪った商店を根こそぎ淘汰していく。

そこから喪われていくものの大きさを知らぬまま、
現実の東京に住んでいる人々の生活からも、文化と活力を奪いつつある。

だからこそ、もう一度、立ち止まって、考えるべきなのだ。
我々は、このままでいいのか、どうか。

幻想の東京の断末魔が、
本当の戦後を支えてきた、素朴な東京の街並みまで破壊してしまった時、
そこに残るのは、1945年を上回る、東京の喪失に等しい。

世界は、今さら、そんな廃墟に見向きもしないだろう。

武士たちの台頭を横目に見ながら、
我が世の過ぎた事を嘆きながら、句を読むしかできず、
「なぜ、こうなったのか分からない」と嘆きながら、
栄華の日々を思い出す程度の人達を置いて、
時代は、残虐に歩を進めていくのだから。

歴史は何度も繰り返している。その所と、時を変えながら。

東京に昔から住んでいる人たちが、東京の土地を売り、
東京を捨てて、新天地に向かいだしている今、
いくら、東京の企業が裕福になった所で、
東京は死にゆく廃墟としての歴史を歩み出しているに過ぎない。

もう一度、東京は、自らの姿がどんなだったかを想い出すべきなのだ。
幻想の東京に頼らない街並を取り戻すための一歩を踏み出すしかない。

そのための一歩を踏み出すための方向性を、
東京に住むアーティストたちの動きから始めなければいけないのだ。

幻想の東京を越えるほどの「超幻想」を描き、
それを街並の活力として注ぎこめるだけの力を持った世界に通用する人達が
一歩先へ踏み出すことから始めなければならない。

それが一つの意思として結集する事で、
死にかけていた現実が動き出すと言う事は歴史に何度か実例がある。

ダ・ビンチの絵が、ルネサンスを象徴するように
ルソーの思想から、フランス革命が始まったように。

今後の日本は、明晰な理性と鮮烈な美観を備えたアートが
時代を動かした戦国時代に倣うべきだと考える。
今度こそ、正しく、西洋を見直し、日本を見直し、東京を見直し、
より美しき形の「和洋折衷」を果たす時間に突入しているのだ。

まだ、日本の起死回生の一撃は残っていると思われる。
廃墟となる前に手を打つための最後の時間帯に入っただろう。

九回裏の最後の攻撃で、
時代を先駆け、地を駆ける疾風たちの足を、先ずは一塁に送り出すべきだ。
そこから、好打を繋ぐことで、本塁を落とす事は十分期待できると思う。

そんな力を持った現代のアーティストの人達の活動を参考に、
全ての人達が、新たなやり方を模索していく事を提案したいと思うのだ。
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