ジーザスが開幕しましたが、ぼくが見に行くのは、もう少し先です。

大人気でチケットが思うように取れなかったので仕方ないです。


来る観劇の日の予習のつもりで、今までの観劇の復習をしてみます。

(これから観劇する人の役に立てばいいのですが)


ジーザスは、80年代後半から見ていますが、どれも1〜2ヶ月程度の短い公演で、各回、1〜3回程度見ています。

まれに、5回くらい見たことがあります。

(見ていない時期もありました)

よって、大して観劇回数は多くありません。

(たぶん、30〜40回)


最初の頃は、話はよくわかりませんでしたが、曲があまりに印象的で、頭に残りました。

それ以来、見るたびに、頭の中の曲が明確にアップデートされて、より正確に保存されて行きました。

今では、ほぼ自動再生できています。


キャッツやオペラ座などの他の演目はCDを持っていますので、頭の中で忘れても(忘れませんが)、CDを聴けば、再生できます。


しかし、ジーザスのCDは持っていません。

かなり前(1976年)にCDを出したようですが、すでに廃盤ですし、入手は長期困難のようです。


ということで、頭の中が唯一の保存場所です。


前置きが長くなりましたが、ジーザスの公演が近くなると、ジーザスの鼻歌が増えます。

それだけ、楽しみにしているということかもしれませんね。

そこで、まず、お気に入りの曲を数曲ご紹介します。


ヘロデ王の歌

ヘロデ大王の息子のヘロデ王(ヘロデ・アンディバス)、ガリラヤ王のことです。

ユダヤの王様と言われて人気があったジーザスへのやっかみもあり、人気がなくなった時に初見となり、ジーザスを嘲笑うのがこの歌です。

ピラトに「処分はヘロデに任せる」と言われても、何にも決めない、ただ、ジーザスをバカにするのです。

歌詞には、そんなヘロデの皮肉さがいっぱいです。

(人気がなくなったのは、ジーザスが民衆の望む政治的リーダーにならないことがわかり、期待が失望に変わったからです)

それをえらそうに、皮肉っぽく歌うのです。

下村さんのヘロデは最高でしたが、北澤さんのも素晴らしいですね。ナルシスト的な俳優さんに向いているのかも。



今宵安らかに

あの独特の5拍子のバラードは芸術的で、若きロイドウェバーの才能って感じです。


苦しむのはおよしなさい 落ち着くのです

すべて思うようにいくでしょう

今宵は安らかに どうぞおやすみなさい

この世の苦しみはもう忘れて

思うように運でしょう


マリアのジーザスへの愛なのか、死を覚悟しているジーザスへの言葉なのでしょう。

高価な香油を塗るのは死ぬことの準備なのでしょう。

この歌のラストは、ジーザスがシャウトするのですが、


私がいるその間に道を求めよ

さあ行くのだその道さえ見失うぞ 私が去った後は


というところから死を覚悟していることがわかります。


マリアが歌う私はイエスがわからないでは、今宵安らかにのやさしいマリアから、本音を語る熱いマリアに変わるのは素晴らしい構成だと思います。


個人的には、高木美果さんのマリアが好きでした。



ジーザス・クライスト=スーパースターのすごいのは、ジーザスを人として扱っているところだと思います。

これは、キリスト教の方に教えていただいたのですが、ジーザスは神の子なのに、ここでは、人の子になっていて、(教会で)教わってきたことと違うとのことです。

だから、ミュージカルに対して、道徳的な批判があったようです。


これは、若き日のロイドウェバーとティム・ライスだからこそ、作ることができたミュージカルだと確信しました。

若いからこそ(当時は失うものがない)、ジーザスを人の子として描くミュージカルを作れたのだろうと思います。オペラ座で名声を得た後のロイドウェバーには、作れないでしょうね。


話の内容は、ともかく、音楽もロックミュージカルですから、何から何まで斬新な感じで、『若さ』を感じるミュージカルです。


そんなところも、人の心に残るミュージカルなのだと思います。

話は難しいのですが、曲だけでも、十分に楽しめます。


観劇の日が待ち遠しいです。