作詞作曲へのアクセス
Amebaブログの配信メール
中韓での反日契約とかなんか可笑しい集まりみたいなので少しブログ休みます…
中国も韓国も可笑しいしネガティブな行動行為ってもう破綻してるも同然である…
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知らない人、知らない海、知らない街とか行ったり、見たり、味わったりしなければ分からないことだらけである…
毎日通ってる道も陰に隠れてれば見えないのである…
昨日、ジブリのいろんな紹介してたけど、窓枠を書かず景色を背景に描き、その上から窓枠を書いたり、細かい換気口みたいな部分や、キッチンのものの入れるところまで使うべきイメージから調理器具など描いてた…
このように環境の根底となる根本的なことイメージして根源となるものを見つけ出して行く…
一見無駄なようでも、こういったことの表現によって生活やその登場人物の人柄や気持ちのモチベーションなどの匂い的なものを書き出して行くのである…
そこに微妙な表情とか動きを作ってアフレコでは、その声さえ誰にするかと言うことはイメージ出来るのである…
そこに相応しい人物と声質と効果音、音楽など入れて行くのである……
そして深み、色気、場面の展開とかひとつひとつの場面に明暗、勢い、穏やかさ、激しさのように喜怒哀楽的なものを絡めて行くのである…
あくまでも「テーマ」があって、どこの目線から始まるのか部分部分の展開という山場だったり、見せ場だったり示す何かを目指しながら、先をイメージして行くのである…
そこで何度も何度も繰り返し流れを確認して行くのである…
この環境作りという始まりから終点までの飽きさせない展開と言うのが何かの出来事、出逢いと言うものを作って行くのが環境作りの根源となる展開要素なのである…
ここに展開という微妙に左右されるものものがアニメにとっては動き、声質、タイミングとイントネーション、背景の登場人物やもの、色使いだったりする…
このこと、環境作りの方向性の導き出し方って、どんなジャンルでも大事な役割を果たすのである…

いろんな目線視点からドラマ化しネタにしてみよう。
上手い下手は別としてトライしてみよう…
詩や文章作り、もの作り、物事の方向性を

オリジナル曲随時公開、視聴できます。
歌や曲を掲載していますが、容量が大きいので光回線とか以外で見れない場合があるかもしれませんのでご容赦願います。
突然、私用で休むこともあるかもしれませんがご容赦います。
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知らない山が目の前にあったら、そんなに高くなかったら「取りあえず頂上まで登ってみよう」とか…
その山はどんな山なのか知らなければ危険が伴う…
誰か歩いた跡や勾配が大したことがなければということであれば登ることもあるだろう…
自分自身の体力と時間的な問題がなければ頂上まで登って頂上からの景色を見ることも爽快さを感じるのである…
それにもやっぱり廻りの環境もあることだし、天気や天候にもよるのである…
これが登るに相応しい必要条件が揃っての話しである…
この登るときのイメージ、期待や願望を引っさげて登って行くのである…
登るのに岩だけで危険が伴えば登るのも諦めることもあるし、木や茂みだらけでまるで道を塞ぐなら止めておこうなんても思うのである…
でも、それでも登りたい人に取っては、登る為の木を伐採したり、歩く道を作ったりして頂上への道を作って行くことで頂上へ辿り着くのである…
このように何でも辿り着く為の何かしらの環境を整えて行くことで夢や希望に辿り着いたり、目標や目的を達成しようとするのが課せられた人生の道であることは確かである…
のどが乾けばのどを潤し、おなかが空けばお腹を満たす、疲れれば休息を取り体力を回復させるのである…
そのとき何も持ってなければ自然の恵みを頂くとか、何もなければ途中で休みながら諦めて帰るしかないのである…
起伏のある道、分れ道が次々とある道とか体力が奪われるとか方向が分からなくなってしまう可能性だってある…
だから、その山に登るってことは根底となる根本的なことと根源となる環境を知ることが大事である…
決して、低い山だからと軽々しく考えるのは止めた方がいいのである…
「大丈夫!大丈夫!」と安易な考えはやめることである…
この低い山を繰り返し繰り返し登って体力や経験と言うものの隙間的存在を埋めながら高い山へと挑んで行くのである…

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上手い下手は別としてトライしてみよう…
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いつも偉そうなこと言ってますけど、環境作りって大事な根本的なことです…
”伝える為のメッセージ”ということが基本的なスタンスです…
それをどんな形で表現し自分らしい表現で伝えることが出来るかということが永遠のテーマです…
自身の好きなこと、今やってること、過去にあったこと、興味があること、貢献的なこととか何れか環境に入っていると思うのです…
折角入った環境を取りあえず慣れ、そして根底となるものがいっぱいあるはずです…
このチャンスで根底となるものから根源と言うものが自分なりの評価として正常化なるものは何か、ネガティブな部分はということで知っておくことで対処出来るわけです…
このネガティブ部分を知りつつ正常化や健全性を保つ根源を見つけ出し必要部分と考え遂行して行くことで自分や物事の進め方として行けば何が良いか悪いかは判断しやすくなる…
その積み重ねや応用的なものでいろんなことやいろんなものの隙間的存在を埋めて行けば強度的なものや自信へと自身を高めることが出来るようになる…
1+1=2も、この数字の1が蝕んだり、病気が着いたり、不健康であれば答えが2とは認められないことの方が多い…
このグレーゾーン的なものに入る、関わるってことは非常に危険な行為である…
成長過程でのヒント的な役割、補強的な行為をやっても自身が立ち直る、あるいは立ち上がる意欲や気力がなければ正常化や健全性を保つことは出来ないのである…
人間が転べば起きあがったり、傷つけば自分自身で修正するし、足りない部分があれば勉強したり、練習をしたり鍛えて行く…
これが自然の成り行きなのである…
これを知らないと言うより、みんな気付いていないだけなのである…
頭がいいとか悪いとかの問題ではないのである…
自分がこの根本的なことの根源について予習、復習することがその時点で必要あるものか、いいのか悪いのかの判断材料になっていくのである…
このことの方向性は、すべてに置いて中立性や健全性から判断されることなのである…
だからと言って、これがすべてでは無いってことも知っておくべきである…

いろんな目線視点からドラマ化しネタにしてみよう。
上手い下手は別としてトライしてみよう…
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環境には”生死”という期限がある…
一瞬で散るようなものでも、永遠と続くようなものでも必ず”生死”はやってくるのである…
間違ったことをいつまでも突き進めてもなんの意味もないのである…
間違ったら、すぐに修正し、正すことでその先が開けてくのである…
過去にあったものなど引きずるより、未来を見つめ歩むことが大切なのである…
現状で自分達がやってることに対して本当に意味のあることなのか?
自分達のためだけに走ってないか?
自分達がいいことをやってるつもりになってるのではないか?
そのことで結局はグレーゾーンに入って泥濘に入ってるのではないのか?
そのことで足を引っ張ったり、疎外感を感じたり身動きが取れなくなってるのでは…
このことは方向性にしろ、資質にしろ考え治す点ではないのかと言うことである…
そこに気付く、音程、リズムテンポ、音域的なものが全体としてズレてる…
言い方にしろ、聞き方にしろ、やり方、仕組み的にも、その環境の根底と言うものの根本的なものを浅く捉えて発信してるのではないのか?
だから、反論や説得、やることの恐れ的なものが表じ何も言えなくなってしまう…
だからと言って完璧な人、完璧なものなど問おうと言ってるのではない…
それなりのもの実証というような証し的なものが納得させると言うことにつながるのである…
話しで解説的なことが出来なくとも行動や行為によって証し的なものが出来る…
いろんな形ややり方的なものでいいので、味や役割、効率いっぱいある中のひとつである…
それが極めて行くという前向きな姿勢なのである…
それが人の出来ない物の発見や隙間を埋める為の必須条件である…

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ときは生きているから物事やものも生きてくるのである…
ルールを作った人がルールを一方的に破り、廻りを無視して圧力をかけ変えて行く…
これが権力である!御都合主義である…
そうでは無く、成長する為には育て、生きてく為の力と言うものを身につける為のヒントや感覚と言うものが大事である…
自分の意見を聞き入れてもらえないとか、聞いた上で無視されたり、納得という糸口さえ与えてもらえない…
ただこれをやっていればいい、魅せることも、知ることも出来ず右往左往するだけというのが本音だろう…
でも、この意識を変えさせるには行動行為でしかないのである…
教えて貰ってる人を目指すより、もっと達人的な域の人を乗り越える新しい世界を作って行くくらいのモチベーションでいるべきである…
そうでないと自分の進化なんて望めないのである…
自分の好きな分野、今やってること、今までやってきたこと、何か貢献したいこととか自分の生かして行きたい部分の環境を整えて行くのが大事なのである…
それが蓄えだったり、知識や知恵という根源となるものを自分なりの見解で探り、いざその場面のときの為に行かせばいいのである…
途中で何かに目覚めたとしても、そのとき切り替わって行ってもいい…
学校で習ってることでも自身が生きてく為の仕事の選択の場であると考えれば無駄ではないはずである…
そこで何を見つけ出すのか?
自分の欠点を補う為のものだったりもするのである…

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物事や生物は波動、鼓動、振動など一定のリズムで波を打っている…
このリズムが何らかの瞬間、乱れ揺れ、小さい揺れから大きい波動となり、小さなものへと元の波へと戻る…
この波の大きさは繰り返し異常を起こしたりする…
例えば地震であれば震源地から遠ければ地鳴りが打ち寄せてくる様子が肌や感覚で気付く…
それが人間であれば動悸だったり、頭痛などの痛み、音であれば音波、振動であれば揺れと言うことになる…
成長と言うことであれば細胞が増える、生まれるという瞬間瞬間、波、勢いなどの同じような方向性が見えてくる…
音符で言えば四分音符だったり、いろんな音符を打つし、一定のリズムとしては音符単位の構成の動きと拍子と言ったリズムテンポでもある…
工場の生産も、人が歩いたり、走ったりするのも、植物が生長するのも考えてみれば波をうってるように思うのである…
このように同じ方向性を持つことは確かなことである…
どれもこれも何かの障害、影響でリズムはその時点で変わるのである…
それがその瞬間だけかもしれないし、少しの間だけかもしれないし、そのまま変わった波、リズムかもしれないのである…
この根底となる根源と言うものはどの環境でも同じことが起るのである…
ただ、言い方、やり方という方法や方向性と言ったもの仕組みであることに気付くことである…
ここに、そのもの、そのことによって音域というようなものを持っているのである…
このことからその環境に置いて必要性、使える範囲というものから健全なものを選択肢として判断されて行くのである…
これがこの世に置いて解読や対処法として安全性や安定感を持って進め得る根本的な解決策なのである…
安全が有っての安心感、そして安定感を示せるのである…

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言葉の言い方、使い方ってタイミング的にも歌にしたらきっても可笑しくないときと悪いときがある…
例えば、”言いました”と”居ました”を歌ってみると居ましたの”居”を伸ばせば”いいました”と聞き違えるのがお分かり頂けると思う…
「いい」と「いー」の違いである…
このとき休符を使って「(休符)居ました」とメロディ、音符にすれば意味がハッキリ伝わるのである…
このようなことは私も指摘されたことがある…
このことで流れに辻褄が合わなくなったり、全然意味として勘違いされてしまうことが多々ある…
言葉の流れって伸ばしたり、きったり旋律との兼ね合いが難しい…
また、伴奏があって流れや歌になるのも結構あるのである…
歌には雰囲気というより”イキフン”と言った方がしっくり来るが流れに持ち込める…
このイキフンが音符白玉だったり、スキャット、表情だったり、伴奏だったり、余韻的な要素だったりする…
小節の終わりは音符の白玉でも十六分音符でも何でもいいのである…
その流れに対して伴奏としては単音であろうが和音であろうがその音階で流れが可笑しくなければいいのである…
この流れは白玉的なものがいいか、細かいリズムで取った方がいいのか、アドリブを入れた方がいいとか選択して行くのである…
いろんな組み合わせがあって作曲やアレンジされて行くのである…
言葉を生かす為の本来は伴奏なのである…
だから、メッセージと言うのは伝えきれる、聞き取れるということで相手に訴えたいものなのである…
歌って難しくというより”楽しむ”、”心地良い”という事が大事である…
効果音とはまた別なものである…

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機能の続き
「またまた」というのは台風のように自分だけでは方向性を導き出せないのである…
台風のように高気圧の外側を廻っていくか、偏西風に載って行くしかないのである…
やがて熱帯低気圧になって消滅してしまう…
この「またまた」というのも落ち込むようなときの響き、いい方向性を持っったことが再び訪れたときにも使うのである…
この「またまた」というのはより強さ示す印象的な要素を持つ…
日本語には、こういった連続で使うことによって強さを印象づける言葉がいっぱいある…
ものでも例えば、一本の糸より二本、三本と縒って行くとより強さを持つのである…
ただ、そのものの環境によって「縒う」、「束ねる」、「まとめる」、「セット」「仲間」など言い方ややり方が変わってくるのである…
同じものをゴムなどで止める、束ねるとか、同じものをまとめるとか、ボルトとネジのセットとか、友達的要素だったりする…
この方向付けって案外役に立つのである…
どうしたら組み合わせが出来るか、どうしたら共感出来るか、どうしたら慣れるかとか更に方向性となる選択の導きまでしてくれる…
自分や誰かに風が吹いていたずらされるような試練的なものが進むたびに何かが起きてくる…
それを乗り越えて行くのが成長であり、付加価値であり、利便性だったりするのである…
それが物事だったり、もの作りだったり、自然や人口的なもの出逢い、阿多割に対する対処法なのである…
口下手だったらセールストーク的なものを磨くように、その環境その環境に応じて対処策が変わるだけなのである…
それがその環境を育てて行くという「生きる」ってことなのである…
このことを自分なりの対処法を見つけ、将来の子供達に継承することによって大人の信用が取り戻せるのである…

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昨日から土砂降りが続いてる…
雷がなって「ゴー」「パラパラ」「ドカーン」なんて音がする…
雷は空、雲の発達から来る現象である…
何かの切っ掛けでそう言う状況下になるのである…
何かと何かが出逢い、そのものを表現する…
どんなことでもどんなものでも少なくともふたつの出逢い、過程でその光景を描いてくのである…
その出逢いが何であるかと言うことと、その光景を導く要素と言うものがその時点のタイミングが大きさを示したりする…
この持ち分と言うのは同じ仕組みなのである…
気温が高ければ水分は蒸発し、上昇して冷やされ重くなり次々と上昇してきたものと結合し耐えきれなくなって地上に雨を降らせるのである…
この上昇してきたときに雲という層を作り太陽を遮るのである…
水蒸気が溜まれば溜まる程、雲の色は黒ずんで行き雨を降らせる環境が整えられて行くのである…
これが上昇気流や風の影響などもあって降る場所も変わってくる…
この性質からも応用的なものがいっぱい予想出来る…
予想や予測と言うものはだラマの推理と同じ方向性を持つ…
その出来事がどんな運命となって表れるのかということにつながって検証されて行くのである…
運命の糸的なものは計り知れないぐらいのドラマを引き起こすのである…
極端に干ばつで空からの土地には”恵みの雨”になるし、湿った土地なら洪水や土砂崩れなども引き起こすのである…
自然と言うものは容赦なく我々に多々の影響を与えてくるのである…
なすがまま諦めてしまうのと、すぐ切り替えて何かを生み出すと言うのでは全然、未来に対しての証し的なものが違ってくる…
「また、また」と続けば立ち直れなくなるが「それでもそれでも」という立ち向かう前向きさで先人も乗り越えてきたのである…
生きてくって、こういうことで成長させて行くのである…

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