■日本製鉄の転生 巨艦はいかに甦ったか
著:上阪 欣史 (日経ビジネス 副編集長)
日本で1年に出版される本は年間7万タイトル以上。
個人的には年間100冊読書をライフワーク目標として定めていますが、古今東西の名著に加え、国内の新刊だけでもこれだけ膨大な数の選択肢の中から「何を、何のために、どう読むか?」は迷いの尽きない問題ではあります(^-^;
丁度良い機会なので読書目的を思いつくままに、ざっと次の5つのカテゴリーに分類してみました。
1)〇〇に役立ちそうだから読む (特定目的型 〇〇の中には仕事、趣味、健康、資産形成などが入る)
2)すぐに役立つ事はないが、長期的な修養のために読む (教養・人格基盤強化型)
3)読書時間それ自体を楽しむために読む (気分転換・娯楽型)
4)所属コミュニティでの話題提供や有利なポジション形成のために読む (コミュニケーション あるいは マウント型w)
5)何となく気になった or 人に勧められたから、とりあえず読む (偶発・セレンディピティ型)
今回私が本書を読んだ理由は 5)の偶発・セレンディピティ型に該当します。
昨年Facebookを見ていたら、知人が興味深い日経ビジネスの記事をシェアしていて、その記者名に上阪欣史(うえさか よしふみ)と見覚えの名前がありました。実は高校時代の剣道部の同期の名前で、本名は欣史(よしふみ)ですが、仲間内では漢字を音読み?した「キンジ」の愛称で親しまれていました。
高校卒業後、私は新潟大学農学部、彼は京都の立命館大学産業社会学部と、地理的にも分野的にもまったく違う道に進みましたが、社会人になったばかりの頃に東京で一度だけ飲み、その時に日経新聞に就職したと聞きました。
「志望の道に進めて良かったね!」と祝いの乾杯をしたものの、日々の忙しさもあって以来あまり連絡を取ることもなく時は過ぎ・・・昨年20数年ぶりに彼の名前を再びFBで見かけ、懐かしさから再び連絡をとり(FBやXは自然消滅したつながりを復活させるには良いツール!)、彼の行きつけの阿佐ヶ谷の居酒屋で二度目の再会となりました。
そこでキンジから人生初の著書を日経BPから近々出すことになったから良かったら読んで!と言われて、「おう、絶対読むわ!」と約束したのが本書『日本製鉄の転生』を読む事になった経緯です。
とは言え、正直な話、自分の目的や興味のアンテナだけに従っていたらまず手に取ることがないだろうジャンルです(^-^;
私の収入構成は7割が音楽系(講師業・演奏業・eラーニング教材販売)、3割が物流会社の役員報酬(非常勤での人材開発や営業コンサル的な関与)というフリーランス特有の多様性のある働き方をしてはいますが、前者の音楽系の観点から本書を手にとる理由はほぼゼロであり、後者の物流会社の観点からも「製鉄」業界の知見が自身の仕事に直接役立つイメージはあまりありません。
要するに高校の剣道部の同期が執筆した本という「ご縁」のみで読んだ本と言っても過言ではなく、前述の読書目的の5類型の中で言えば、目的意識がもっとも薄い偶発的な理由による読書です。
ところがどっこい!
これが想定外に面白く、馴染みのないジャンルの話にも関わらず素人にも読みやすく、「へえ!」とか「ほう!」とか唸りながら、わりと一気に読み終えてしまいました。
製鉄業界にまったく馴染みのないピアニストが読んで一体何がそんなに面白かったのか?
これについて語らせてもらうことが私なりに本書の魅力を伝える最も有効な手段になりそうですが、具体的なポイントは次の3点です。
①どん底からの逆転劇を人間を中心にリアルに描いたノンフィクションであること
②価格交渉、収益改善、組織改革といったジャンルレスなビジネス課題に役立つ生きた教科書になり得ること
③地球課題である「脱炭素」について技術的な知見から理解が深まること
本書は社員11万人、総資産10兆円の「日本製鉄」というグループの、まあとにかくスケールがデカくて、個人的には馴染みもない業界の話ではありますが、規模や領域は違えどビジネスを行う主体がいつだって人間である以上、そこで働く人間達のドラマをいかに上手く描けるかが読者にとって重要なポイントになります。
そこで働く人間の「目的」や「志」(あるいは野心、欲望)、人間同士や組織間の葛藤・対立・相克に読者が如何に共感できるか? そのドラマからカタルシスを感じるだけでなく自分の仕事のヒントになる学びが得られるか?
私がこの手のビジネス書に期待するのはこうしたポイントですが、我らがキンジは実に見事な仕事をやってくれました!
なにせ門外漢のフリーランスのピアニストが読んでこれだけ面白いんです。一般的な会社組織、ビジネス領域の近いビジネスパーソンが読めば、より一層楽しめるのは道理というものでしょう!
また「高炉」、「粗鋼」、「コークス」など言葉は聞いた事があるものの、素人はよくイメージが湧かない単語も本書を読み進めるのに必要なレベルで過不足なく説明してくれている所も有難いです。日本製鉄が世界に誇る「超ハイテン(高張力鋼)」や、日本製鉄のライバルにあたるアルミを使った「ギガキャスト」の技術、これからの脱炭素に向けた取り組みである「水素還元製鉄」などの概念もわかりやすく学べるのも本書の魅力の一つでしょう。
(高校時代、必ずしも理系が得意なイメージはなかった文系のキンジが、いいオッサンになった今こんな分かりやすい文書を書いている事にも感動! 剣道部出身だけに「返す刀」「押っ取り刀」みたいな表現が所々に出てくる所も個人的にもツボです。( ̄ー ̄)ニヤリ)
私は日経新聞の読者ではありますが、今まで日本製鉄絡みの記事は眺めるだけで素通りしていました。最近はこの辺の記事もしっかり読むようになったのも本書あってこそ! USスチール買収の行方、「もしトラ」が実現したらどうなるのか? 先々の展開が気になる所ではありますが、こんな風に関心の幅が広がったのもキンジのおかげです!
必ずしも、自身の目的や興味の対象でない本であっても、「ご縁」や「オススメ」を機に読んでみることで広がるセレンディピティの素晴らしさを体感できました。
このブログを読んで本書に興味を持ってくださった方、ぜひキンジの力作を読んでみてください!
発売早々に4刷が決まり、大手書店のビジネス書コーナーの目立つ所に平積みされまくっている状況なので、簡単に見つける事ができるでしょう!!
ST.SAWAIオリオンズ(銀座7丁目) ピアニスト
岩倉 康浩