くるりの『アンテナ』再現ライブを見てきたので感想とアルバムについて書いてみた | MUSIC TREE

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邦ロックを中心に批評していく
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※一部ネタバレあります

平日の水曜日のライブだった。なかなか参加するのは難しいと思ったが、どうしても見たかった。
考えるより先に、動き出し、チケットを取ってしまった。幸運なことに、開演時間に間に合った。
くるりで一番、好きなアルバムがどんな風に表現されるのか楽しみで仕方なかった。

結成20周年を迎えたくるり、その記念に行っているライブがNOW AND THENという企画である。これまでリリースしてきたアルバムの再現、そして今のくるりを発信するというコンセプトである。
その第三弾、名古屋公演を見に行ってきた。今回は5枚目のアルバム、『アンテナ』を再現したライブ。

ライブ自体は結論から言えば、「過去は絶対に取り戻せない」という残酷な事実を理解できるものになった。再現ライブは再現ライブであり、あの過去の再現ではないのである。
MCだって入るし、客の歓声も入る。楽器の切り替えも大変だから、アルバムみたいにスムーズに曲が切り替わるわけではない。それはもうアルバムの再現ではなく、やっぱりライブなんだと思った。
しかし、今ステージに立つくるりの音はあの頃よりもさらに力強く、多くの人に届くべき新しい魅力を持っていた。それはある意味では、あの頃の『アンテナ』を超える仕上がりであったと思う。本当に情熱的なロックンロールだった。

”グッドモーニング”のイントロは再現されていたし、”Morning Paper”のコロコロ変わるリズムやギターソロもライブの方がかっこよかったし、民族調?の”Race”では盆踊りのように僕は体を揺らした。
続く”ロックンロール”では本当に天国が見えるみたいに開放的なロックンロールが広がっていた。
以降も曲順通りに演奏は続き、名曲”黒い扉”から漂う深い夜のイメージも完全にアルバムを超えていた。”バンドワゴン”では時間を取りながら、アコースティックセットを組み、優しい音を聞かせてくれた。
そのあと岸田は「思わず180%くらいの力で演奏してしまいました・・・最後は5000%くらいでやろうと思います」と話していた。ラスト”HOW TO GO”のギターソロは本当に狂気じみていた。素晴らしかった。
だから見終わった後に非常に満足することができた。

アルバム再現の後に演奏された”ハイウェイ”(ずっとずっと聞きたかった)や”飴色の部屋”、”地下鉄”などの懐かしいナンバーもよかった。アンコールに披露された最近の曲たちもポップで、音楽が喜んでいるのがわかった。最後に披露された新曲も非常にオリエンタルでファンキーでぶっ跳んでいたし、岸田のラップ(!)を聞くことができ、この日、一番踊り狂った。

でも”グッドモーニング”はあんなにピアノが前に出るアレンジではなかったし、”花火”のドラムソロはクリストファーのそれとは違ったし、”HOW TO GO”のイントロに「ヒウィゴーロックンロール!!」の掛け声はなかった。だけど満足した。
過去を超えていく意思を感じることができたから。過去と今はしっかりと繋がった。
まさに、くるりのNOW AND THENを体感できるライブだったと思う。すごいぞ、くるり。

僕たちは昔を思い出し、懐古することで今という時間に立っている。歩いてきた道を振り返ることは愚かだろうか?
きっとそれは今、繰り返すからこそ意味のある行為に僕には思える。思い出のアルバムを広げ、それを見返すことは悪ではない。CDアルバムも同じこと、そこに意味はあったと確信できるライブだった。




どうして僕は『アンテナ』が好きなのか、この間、真剣に考えていた。
くるりというバンドを聞くきっかけになった”HOW TO GO”が収録されているのも大事だし、くるりの中で初めて聞いた作品だから…という思い出補正は勿論ある。でも、どうやらそれだけの理由ではない。

まず、ロックンロールという音楽を的確に表現できている作品であること。決して、テンポの速い曲が並んでいるわけではないし(むしろめっちゃ遅い)、アコースティックや民族楽器のような音のが、どちらかと言えばメインだと言える。痛切に伝えたいことを叫んでいるわけではない。

だけど、なんだろう・・ものすごく自然なんだと思う。ロックには形はないけど、僕が一番好きな形を表現できている。木が伸びるように、どんな夜も明けて朝が来るように。アルバム自体も深夜から朝、昼、長い夜を超えて、歩き出す朝のような構成になっている。とめどなく流れる川のように自然に、すべてを受け入れてくれる。
それは日本的な"わびさび"なのだと僕は考えている。”おもてなし”ではないし、”世界に誇れる日本”とは違う。僕は日本語の美しい響きとロックの親和性が大好きであるし、日本語ほどロックに合う言語はないと思っている。それは自分が日本人であるからだと思うが、僕はそれを誇りに思っている。その意味で、くるりは、非常に日本的なバンドだといえる。

例えばZAZEN BOYSの『すとーりーず』を聞いた時も同じような気持ちになった。
田園風景、田舎のお祭り、あるいは京都の鴨川のような風景・・・何故か聞いていると地元の優しい風景と京都を僕は思い出すことができる。(くるりは京都のバンドであるし、自然なことだが)聞く者の耳から眼へ、音が通り抜け、色んな風景を見せてくれる作品であると僕は考えている。

京都は僕にとって色んな思い出が詰まった場所だ。古着屋を巡った大学時代・・滋賀の学生が遊ぶとしたら、まず京都だった。そういえば、はじめてデートのようなことをしたのも京都だった。まあ余談はいいか。

とにかく田舎者の僕にとっては、大学の時に初めてちゃんと見た京都が都会の代表だった。そう、『アンテナ』はもしかすると、都会と田舎を繋ぐ作品のような気がしてきたのだ。錯覚のようにも思えるが。
アルバム1曲目の歌詞を思い出してほしい。

夜行バスは新宿へ向かう 
眠気とともに明かりは消えていく (”グッドモーニング”)




おそらく地方出身者、田舎者の歌である。もしくは、地方から東京に帰る人の歌かもしれないけが、旅人の為のBGMであることは間違いない。

ゆえに、くるりというバンドを一言で表すと僕は"旅"という言葉を選んでしまう。
安心な僕らは旅に出るし、僕が旅に出る理由はだいたい100個くらいあるバンドである。とにかく、旅のお供に最適なBGMであると僕は考えている。

最初にそれを確信したのはロッキンジャパンフェス06に向かう深夜バスの中で『アンテナ』を聞いた時のことだった。なんだか妙にしっくりきたのだ。おそらくは、グッドモーニングの歌詞のワンフレーズだけが頭にこびりつき、なんとなく「夜行バス乗ったから聞くか」くらいの感覚だったと思う。でも、それがすごく気持ちの良い音楽体験だったのを僕は今でも覚えている。

それから、どこかへ遠出するときにほぼ確実にイヤホンで『アンテナ』を聞くことにした。SNSのオフ会、就活、ロックフェス、声優の為の遠征・・特に関東に行くときは、僕は絶対に深夜バスという交通手段を選択することにした。
安いから、深夜バス自体のワクワクした雰囲気が好きだから・・・いや、もはや狂気的だが、『アンテナ』を最高の環境で聞くために深夜バスに乗っている。自分でも異常だと思った。
でも、それほどまでにあの作品は素晴らしく、都会と田舎、過去と今を結んでくれる架け橋のように、僕には感じられた。

『アンテナ』を聞きながら、僕は色んな所に行ったし、本当にいろんな人に出会い、いろんな人の気持ちに触れた。自慢じゃないけど、大学生や社会人になるまで、ほとんど県内を一人で出たことはなかった。

僕はこの最高のアルバムと一緒に旅に出ることで、時間はかかったけど想像を超える日を獲得することができた。ちゃんと友達ができて、ちゃんと人と話せるようになった。こんな未来を想像した日はなかった。人と話すのが死ぬほどイヤだった1人の少年は、そうして大人になっていった。一味二味どころではない・・人生はこんなに味わい深いものだったのかと心の底から思えるようになった。

『アンテナ』のラストに収録されたシングル”HOW TO GO”にこんな歌詞がある。

昨日の今日からは一味二味違うんだぜ
-スマートに大好きなこの曲と旅に出たいのにな
-いつかは想像を超える日が待っているのだろう




ただの思い込みかもしれない。でも、きっとこのアルバムがなかったら、僕の人生はまた違っていたと思う。僕はこのアルバムがあって本当によかったと思っている。僕はこのアルバムをこれからも何度も何度も聞くだろう。だけど昔を懐かしむだけで、死んでいく気は毛頭ない。ちゃんと過去を抱きしめながら、前を向き、色んな所に旅に出るよ。最高の相棒、これからもよろしく。


参考:くるり、名盤を生み出す…! アルバム『アンテナ』インタヴュー

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