DIR EN GREY『ARCHE』 | MUSIC TREE

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邦ロックを中心に批評していく
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ビジュアル系ロック、という道から逸脱しなければ、この作品には辿り着かなかっただろう。それ以降、彼らは独自のレールを歩み出した。今回もバンドとして突き詰めてきた、ヘヴィロックやメタルコアを主体とした楽曲で構成されている。海外のバンドと肩を並べるため、より過激なロックを血と肉に染み込ませてきた結果、現時点ではもうディルなりに解釈されたラウドロックというものが確立したと言える。

しかし、今作で特に注目すべき点は、過去のディルの色彩を感じさせることと、再び京の歌声に主軸が置かれている部分だ。
ここへ至った理由は、まず彼らが、ファースト・アルバム『GAUZE』の曲を主体としたライブを行ったことが関係している。これが過去を取り込む事による、今への再構築をするための契機になったと思う。また、京がsukekiyoの活動で、歌唱という行為の原点的なものに立ち返ったことによる気付きが、今作にも影響している。

そういった傾向を特に感じられるのは、まず、M6『濤声』、M7『輪郭』、ヘヴィロックを基調としながらも、ミドル・テンポで、京の歌唱が圧倒的な熱量を帯びて響く。ソロの時期と前後はするが、その傾向があったと言える。また、この二曲は、彼らの3.11に対しての鎮魂歌としても機能していると思う。
つぎに彼らの歴史を紐解く上で欠かせないV系ロックの怪しさを、今のバンド・サウンドで表現したM10『禍夜想』、名曲『embryo』を彷彿させる『懐春』は、過去を踏襲しながらも、美しさと比例する重厚さが心にのしかかってくる。そしてM14『空谷の跫音』は、最近の彼らとしては珍しいスタンダードなロック・バラードといえる楽曲。PVも作られており、強いメッセージを持って世界に訴えかけようとする曲だ。ラストは激しくも美しく、人類の真実を解き明かそうと叫ぶM16『Revelation of mankind』で幕を閉じる。

それにしても何故今になって、愛を感じさせる(京なりの、だが)詩世界が顕著になってきたのか。今の日本に必要だからか、彼が達観したからか、それは分からない、だが全ての根源に愛があるのは言うまでもないだろう。おそらく、この作品のオルタナティヴな意味は、彼らが辿らなかった、今は荒地となっているあの場所へ向けての、愛の讃歌ともいうべきラブレターなのだ。