「リヴァイアサン」ーポール・オースターが描いた許容されるテロのありかた。 | あずき年代記

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好きだった米国の作家、ポール・オースターが亡くなった。


77歳。

ベビーブーマーである。


新潮文庫の売れ筋作家で日本の愛読者が少なくない。

村上春樹と似ているが、似て非なる作家だった。


当方のように村上春樹に飽きたりなくなった文藝好きを相当引き抜いたとおもう。


「リヴァイアサン」をよんだのはついさいきんのことだ。


元過激派の桐島聡が自らの正体を明かす直前のことだ。


桐島聡のポスターは全国に張り出され、たとえば彦根駅前の交番にもほかの凶悪犯と並んで写り、わたしは漫然、漠然と「この男、いまどこで何をしているのだろう?そもそもまだ生きているのだろうか?」


と思い描いたものだった。


三菱重工爆破事件が起きたのは1974年、わたしが高校2年のときだ。


日本の大企業がエコノミックアニマルと化して東南アジア諸国から収奪しているという意見にはわたしも与するものがあった。


が、だからといって、ビルのガラス窓が爆破で飛散し、制服すがたが血に塗れた女性会社員が丸の内の路上を泣き喚きながら走っているニュース映像を目にしたときは、このやりかたはやはりちがうと判断した。


いかに高潔な理念を掲げたところで組織は必ず暴走、腐敗すると確信した。そうして一趣味人として生きていこうと夢想した。


わたしだけでなくいまの60代後半ー70代前半のひとたちには同類項が多いだろう。


だが、新自由主義が台頭してくる80年代から政治に眼を背けないわけにはいかなくなった。


ロナルド・レーガン、マーガレット・サッチャー、中曽根康弘たちが仕切る世界は歓迎できない。


ポール・オースターは「リヴァイアサン」で、もともと作家だった男がどうして合法的な、ということは、被害者を出さない爆弾テロリストに変貌していったかを丹念に追った。


その過程には偶然と必然と登場人物同士の激しい葛藤が、ときにユーモラス、ときに悲傷をもってたっぷりと描かれている。つまり小説らしい小説ということだ。


私見によればオースターは、バンクシーのような存在を望んでいたのだとおもう。


落書きにしてアートにしてテロというバンクシーは、実在するオースターの登場人物といった感をわたしに抱かせる。


ブルックリン出身のオースターは、ブルックリンをホームにしていたころのドジャースを記憶しており、ニューヨーク・メッツが出来てからはメッツのファンになった。


アポロ11号が月に行き、弱虫と揶揄されたメッツが優勝した1969年は、まだ22歳だったオースターにとって格別な年だったようである。


米国のポストモダン派作家はハードボイルド探偵小説の探偵のようにタフである。


彼らは、いつも巨悪である軍産複合体の米国政府への糾弾の手を止めようとはしなかったのであるから…。


この精神は、オースターの後輩、コロンビア大学の学生たちにも継承されている。