先週の木曜日、東京FMの某番組に、角幡唯介さんがゲストで出演した。

いつもなら仕事で聴けない時間帯の番組なんだけど、その日は、たまたま某企業(バリバリの営業系、わたしは浮く)の朝礼に参加して、ちょっと宣伝告知させていただくという仕事で、ぶーたれながらいつもより早く仕事に向かった日。

朝礼は朝の9時に終わり、わたしの始業時間の10時まで1時間ほど時間ができた。

朝ごはん食べていなかったので、大学時代よく行った懐かしの喫茶店(カフェではない)でモーニングを食べながら、ゆるゆる電車で移動しながら、ずっとラジオを聴くことができた。

 

こんなたまたまがあっていいのか。神様、角幡様。

「漂流」という新刊が出た。すぐ買ったけど、まだ読んでいない。もったいぶってる自分。

角幡さんのブログで本当に長い間取材をして書いた力作だと知っていたし、軽い気持ちで読めないので。はぁー、そうしている間に続いてエッセイが発売されるのだけれども。

 

そもそも角幡唯介さんを知ったのは、4年前、なんと同番組だった。

この日はたまたま有給かなにかだった気がする。

でた、たまたま! 神様、角幡様。

ラジオのインタビューを聴いて、何かが撃ち抜かれて、いてもたってもいられずすぐに書店に行った。

どの本だったかに、角幡さんは、町田康さんの本が、悔しくて読めないと書いていた。文章が上手すぎて、悔しくなると。

わたしは、角幡さんの文章が上手すぎて、何かが撃ち抜かれた。それが何なのかは不明だけど。

ライターの端くれの端っこ、映画館でいうところの一番後ろの一番右の席あたり、で仕事をしているわたしでも、日々、思っている「こんな文章が書きたい」というのの権化が、角幡さんの文章だった。

それから、わたしの角幡唯介コレクションもここまで。

 

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トークショーやサイン会も何度か参戦。県くらいはまたぐ。

文章が卓越しているけど、ご本人も素敵。遠慮がちに話すんだけど、ちょっとだけ笑いをとるところも好感度ヒマラヤ登る。

角幡さんに出会って、文章を書くことの楽しさとか苦痛とか、でもやっぱり面白さを改めて考えたりすることができている。神様、角幡様。

 

探検家40歳のエッセイ。すぐに買いたいのだけど、再来週のサイン会は、その書店で本を買うことが条件でサインということなので、我慢しといてる。

じゃあ漂流をまず読めばいいじゃないか? うん。万全を期した状態じゃないと向き合ってはいけない気がして、気楽な小説を読んでごまかしておる。

 

もうすぐ恒例の北極探検に出かけて、また半年は帰ってこないようなので、日本にいる間に立て続けに上梓したようで。

 

こんなに素晴らしい探検家でノンフィクション作家と同じ時代に生まれてとても嬉しく思っている、NGOワーカーでライターの黒川豆でした。名刺に肩書きが2つ入ってもいいのだ。