カレーは飲み物だ。ってうまいこと最初に言ったのは誰ですか。
夏になると、バテてくると、食事のメニューがカレーかそうめんかの二択になる。
インスタを見ると、どうやらわたしだけではないらしいですけどね。

プノンペンでは、これでもか! ってそうめんばかり食べていたけれど、日本の夏は、プノンペンよりバテる。バテ度のメーターが振れたとき、駅前のコンビニで、炭酸水とカレールーを買ってしまう。
辛いカレーを、ビリっビリの炭酸水で流し込む。いや、飲み物なのだから、飲み込むという感じか。



夕食にカレーを食べると、朝ごはんもカレー。実態としては朝の方がうまくなってる。
昼のお弁当も自ずとカレー弁当、で3連続。
カレーが好きだから、死ぬ前最後の食事は? と聞かれたら、カレーと即答する準備はいつでもできていた。
最近はここにラーメンという強敵現れ、ただいま2強が接戦を繰り広げております。

カレーラーメンでいいじゃん。
なんて、野暮なことは言わないでよね。

さて、ただ今昼休み。
3食目のカレー弁当(冷たいけどおいしい不思議)を食べ終えたところで、大満足。
先日の村上レディオをタイムフリーで聴きながらのカレーは盛りに盛り上がりましてん。

でももし、今夜もカレーだったらどうか? これはノーですね。大好きなカレーはわたしの場合3連続までが最高値。

去年、スリランカに1週間出かけ、朝昼晩、朝昼晩、そして朝昼晩カレーを食べた。
3日目くらいまでは、ニッコニコ顔で食べたけど、7日目のわたしは、カレーのカの字もきつくなってきた。
あのとき、プノンペンに戻って、普通の、ホントに普通のナポリタン食べて、おいしくて泣きそうになった。

好きなものは、どっぷりいっちゃダメよ。何事も。

今日もカレーがおいしかった。
気分もいい。
次のカレーのお楽しみは数日後。

暑くて暑くて、暑いよ、暑い

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日本の暑さが、すごいことになっていますね。

ただ、暑いなら、夏なんだからいいんだけど、毎日ニュースで、熱中症で搬送された方々が2000人だとか、10人死亡したとか、そんなのを聞くと、これは異常だと感じてしまいます。

 


さっきラジオで福山雅治さんが、仕事で「世界中の暑い場所」に行くけれど、東京の暑さは人間の生活によくない暑さですね、と言っていました。

御意。

そう、これって太陽の暑さじゃないですね。

今日も洗濯ものを乾すのにベランダに出た瞬間、いや、出る前に窓を開けたら、ぶはっ! と声に出してしまいそうな(もしかしたら出していたかもしれない)熱気。

ぶはっ!

ベランダには、それぞれエアコンの室外機が並んでおりまして、わたしの住んでいる個々狭いアパートメントの場合は、その数も等間隔で多数。だからアパートを取り囲む空気が、相当ぶはっとしているんです(日本全国どのアパートでも同じだけど)。

あと、わたしのビーバー室外機(ビーバーエアコン、懐かしくないですか?)低音でブルースを奏でます。ずっと聴いてると、うるさいです。ロックになった時点で大家さんに言おうと思ってます。

 

わたしは1年中夏の暑さのカンボジアに1年中暮らしたけど、暑かったけど、この東京の暑さとはぜんぜん違います。

太陽の暑さでした。

日の当たらない場所、木陰とか家の庇の中とかに入れば、暑さも和らぎ、風が吹けばエアコンもいらず。ハンモックをぶら下げてゆらゆらお昼寝、あー、気持ちいい。

けど、それをいまの東京でやったら、即熱中症、日陰なめんなよ、状態でしょう。

 

もう、ロマンティックは止められても、エアコンが止められない。

来月の電気代の請求書がまんじゅうより怖い。

あ、それはわたしだけではなく。

 

エアコンを止めた時の、もうろうとした頭で考えてしまうのは、2020年の東京オリンピックが心配、という頼まれもしない余計な心配ごと。

どこかの大学の生命科学者が言っていましたけど、「思い切って時期を変更しないと、死人も出てしまうだろうし、世界中の人が嫌い国になりますよ、ニッポン」。

 

喉元過ぎれば熱さを忘れる日本の政府は、秋になれば、そんな議論は忘れてしまうのだろうけど、7月開催は報道権を一番握っているアメリカの陰謀だそうですね、本当ですか?

金髪ファースト、自国ファーストではなく、地球に住んでいる人間の生命のことを優先しましょうよ。

 

もう暑くて、なんのこと書いているブログかわからなくなってきたいというね。

 

この夏のドラマで一番好きなのは「極道めし」以上!

 

 

 

 

今年中にやりたいことリスト。

なるものが、心の中にある。ちゃんとリスト化しろよってね。

叶えるのがちょろいものから、叶えるためにはかなりの財力と体力が必要なものもある。

今日は、ちょろいものを、とりあえず、達成。

 

ひとりでカラオケに行く。

 

カラオケは、嫌いじゃない、いや、むしろ大好きだ。

酒は飲めるかと聞かれて「普通に」と答える人が大酒飲みに近いのと似ている。

嫌いじゃないと答えるほとんどは、大好きだということだ。

 

今や、ひとり専用カラオケもあると聞く。いつ行くんですか? 今でしょう。

ひとりでカラオケに行ったら、恥も外聞もなく、旅でもないけど恥をかき捨ててしまうことができるであろう、と思っていたけど、実践できずにかれこれ数十年(大げさ)。

平成最後の海の日、ついに、ひとりカラオケに行きましたーーーーーー!

 

立ち食いそばでもカレースタンドでも、女子客いなくても堂々と入っていけるこのわたしが、

カラオケ館のエントランスで、躊躇w

気を取り直して、入った! 記名した! 年齢は書かなかった! 時間聞かれてつい「1時間で」と遠慮がちに言ってしまった。

 

若い人たちに「何ごとも経験することだよ、やりなはれ」などといつもの老婆心を自分に使う。

 

実際歌うとね。

いやいやいやいやー、これは、忙しい! 曲探す時間なし!

ひとりだから沈黙の時間、多し!

ドアの前を人が通り過ぎると、羞恥心が生まれ、声のトーン落ちるし、心弱し!

 

でも実際歌い出すと、調子に乗って、ひどい音程でも大声出して気持ち良くなっちゃってるんだけどね。

 



最後に、清算後、歌った曲リストをカラオケの鉄人のように渡されなくて本当によかった。

あ。りれきリスト消して帰るんだったな。

 

ともあれ、わたしは何かを突破しました。

何かの壁を乗り越えました、2018年夏。

 

これ、ハマりますね。また行こう。

 

 

というのは、わたしが敬愛する松浦弥太郎さんの「100の基本」のうちの38番目に書かれているもの。

この本は今やわたしのバイブル的地位にいるものなので、職場の机に置いて、空いた時間にちょいちょい読んでいる。

朝、出勤したら、まず、開く。それもランダムに。

今朝開いたら、この一説だった。

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本当だと思う。

 

カンボジアに行くとき、本はたくさん持っていけないから、厳選して、好きな本だけ持って行った。

読み終わると、繰り返して、同じ本を何度も読んだ。

その1年で読んだ本からは学びも多く、なんとなく、わたしの身になっている気がする(太ったとかではない)。

 

図書館や友だちから借りたり、書店で買ったりして、いくらでも本が手に入る環境だったときは、年に70冊も80冊も読んだけど、

残ったのは、「●●冊読みました」って記録に過ぎなかったのかもしれない(全部がそうではないけれどね)。

以前、馬鹿みたいに映画ばかり見た年があったけど、わたしはさして映画に詳しいわけではなく、ファンということでもなく、数字競争のように見ただけだった気がする。

現に、あの1年で見た映画、ほとんど印象にない。

 

友だちも、100人と付き合うのではなく、1人の人と100回会ったほうがいいというのは、ごもっともかもしれない。

 

という、気持ちで、いたいと思った。

という、ブログでした。

ということで。

 

旅する力

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とってもよい読書をした。

沢木耕太郎「旅する力」。深夜特急ノートという副題がついているもの。

あの、旅人の、特にバックパッカーのバイブル「深夜特急」の最終便的位置付けのエッセイだ。

 

お恥ずかしいですが、わたしは、「深夜特急」をちゃんと読んでいない。

旅に出ることが好きで、20代の時から毎年のように、一人旅をしていたのだけど、旅先の安宿には、日本人が置いていったと思われるこの本があるのを、何度か目にしたことがある。

 

沢木さんが旅に出たのは、26歳のとき。その紀行「深夜特急」が書かれたのが、10年も後だったなんて。

10年間、忘れてしまって書けなかったのではなく、あたためて、10年必要だった、ということがこの本には書いてある。

旅には適齢期がある、という内容も非常に興味深かった。

その年代にあった旅があるのだと。

 

旅ではないが、うーん、ある意味旅と言えるのかもしれないが、わたしが、日本をどうしても出たい、いや、出なくては! と、外国語も話せないくせに頑なに思って、実際に飛び出したのが26歳のときだったな、そういえば。

9ヶ月間、日本を離れて、もちろんその間日本には一度も帰らず、その土地にいたり、でっかいリュックを背負ってバスを乗り継いでその国をぐるぐるしたこと、あれは、26歳の、沢木さんに言わせれば、未熟でありある程度成熟もされている年代だからこその、心に残って、煮詰めすぎた鍋のそこみたいにしつこくこびりつく記憶となったのだと、改めて思った。

 

好きだった会社を辞めて、島国を出て、別の島国で暮らして帰ってきた後、わたしの人生は、くるくると動くものになった。

 

大学を卒業して大企業に入って結婚して子どもを育てて管理職になった友人たちからは、かわいそうな人に見えるかもしれない。

けれど、何を基軸にするか、と考えると、わたしのくるくるしたものは、わたしの人生に欠かせないものだと気づく。

 

くるくるしながら40代になったわたしにとっても、どうしても成してみたい旅がある。

けど、いろんなしがらみがあるから、どうしようかな、なんてへっぴり腰気味に躊躇していたときに、出会わせてもらったこの本。

 

”旅に教科書はない。教科書を作るのはあなたなのだ”

 

単純なわたしは、次の読書は「深夜特急」になるよ。

 

 

 

ただいま、と、故意の忘れ物

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黒川豆、恥ずかしながら、帰ってきてしまいました、ジャッパーン!

 

6月10日を出国日に選んだ理由のひとつは、日曜日だから。

平日だと、オフィスでみんなと会ってから別れるの、愛しさとせつなさとがあって、心強さがわたしにはないので。

土曜は律儀に帰国前日まで、NGOの会議があったもので、で、日曜日。

この日は、日本人会主催の、プノンペン在住日本人のど自慢大会という、むしゃくしゃも飛んで行ってしまいそうな、あ、特にむしゃくしゃなんてしていませんが、お気楽モードなイベントがありまして、うちの上司が、昨年優勝したにもかかわらず、空気読まず今年も出場してしまうというね、なんとも、そんなおっかしなイベントの後に、そのモードで帰ろうという次第でした(ここまで息継ぎなし)。

 

予想以上に面白おかしくのど自慢大会を終え、もはや日本人会を退会した身でありながら、ここで一気に別れの挨拶もできよう、と、日本人会の懇親会なるものにも顔を突っ込んでから、プノンペンを後にしたのでした。

 

個人的ではなく、転勤としての帰国なので、団体が車を出してくれて、うちのドライバーさんが休日出勤よろしく、夜8時、空港まで送ってくれました。

プノンペン空港に到着し、カンボジアで最後にお別れするのが、このドライバーかぁ、ありがとよ、と感慨にふけっていたところ、荷物が重すぎて(しかも3つもあって)自力で運べず、ドライバーさんがエントランスまで引きずってくれました。

そして、中に入ろうとしたところで。

 

で?

 

はい、いたー! スタッフども。スタッフどもの、ドッキリめ!

日曜日の夜にもかかわらず、明日仕事にもかかわらず、街から遠い空港まで、バイクぶっ飛ばして来てくれた、スタッフどもめ!

泣けるじゃないかー! (がんばって、かっこつけて、泣かなかったけど)

最後の最後まで、楽しく送りだしてくれて、感謝と感激しかないです。

 

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そこでいただいた、寄せ書き。その場では、クールに受け取ったけど、保安検査場すぎて、ベンチに座って読んで、号泣したことは、ここで告白しましょう。周りの人々から見たら、不気味な日本人だったことはいうまでもありません。

 

 

ところで、先日、コンポンチュナン焼きの村に潜入した話を書きましたけど。

あの時、いただいた豚の貯金箱。日本に持って帰って貯金するだのなんだのって言ってしまいましたが。

 

えー、置いてきました、オフィスに。故意に。

 

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また遊びにくるよって言ったって、どうせ日本人はみんなそう言って帰って、もう来ないんだ、ふーんだ、っていじけてくれないよう、「わたしの大事なものを置いていくので、取りに来ますね」と言ってきたわけです。

 

そんな気持ちで、帰ってきたのでした。

大事なものが、豚の貯金箱でいいのかどうかは、、、とりあえず、置いておきましてですね。

 

 

 

 

年上の人

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わたしは割と年上の人が好きだ。
恋愛ではなく。

恋愛は年上の人は苦手だ、深い意味はなく、うまくいったためしもないしトラウマもある。
恋愛は同級生か年下がいいと分析している、わたしの場合は。おそらく自分が年齢より良くできていないオトナだからかもしれない。

恋愛の話をしたいのではなく。

わたしは日々、みんなにとっての年上の人になっていることが多い。
長女だし、姉御肌ではないけどお姉さん気質だし、仕事も若いメンバーたちと組んでいるから、みんなのお姉さん、いや、もはやお母さん的ポジションだから。

そんなわたしが困ったとき、わたしを導いてくれるのは年上の人。
昨日、少し年上の女性と、焼肉をしながら、その後店を変えサイダーを飲みながら、じっくりじっくり話をした。ビールではない、珍しく。
話したかった、というよりも、人の話をじっくり聞いてみたかった。
正直、その人に実際に会う前は、先入観と偏見を持っていた。
自分で会って話をしたわけではないのに、他人の評価を丸呑みしていた感があった。

全然違った。
他人の考えるその人感とわたしが知ったその人は、全然違った。
コレは、こわいぞ、と思った。

その人の経験や考えから学ぶことがいっぱいあった。
会えたことに感謝をしている。

先週、シンガポールの空港の書店で目についた本に影響されたのかもしれないけど、人については、無精をしないで、ちゃんと自分の頭で考えようと思った。

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「カンボジアの汽車に乗ってみたい」という願いは、冷房爆裂による風邪というお土産とともに2週間前に叶えられましたが、この週末、またひとつ、願いが叶えられました。

「コンポンチュナン焼きを作っているところに行きたい」という。今回の旅のお土産は貯金箱。風邪はもう癒えました。

 

 

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コンポンチュナン州は、カンボジアの州のひとつで、鍋やら七輪やら壺的なものやら、食器やら、土から作る陶器=焼き物で有名なところ。

カンボジアには「コンポンほにゃらら」という地名が多いですが(コンポントム、コンポンソム、コンポンチャム、コンポンスプーとか)、”コンポン”はクメール語で「港」という意味で、”チュナン”は「鍋」。鍋を作って港から輸送していたんだろうなぁということがわかります(こういうのはクメール語の面白いところ)。

ちなみにカンボジアでいう港というのは、主に川、メコン川。

 

さて、今回の、わたしの願望心の声を聞きつけて叶えてくれたのも、いつも一緒に働くカンボジア人の仲間たち。

スタッフ各位も行ったことがないらしく、ここはひとつ、行ってみよう! ということに。

 

手配をしてくれたのが、コンポンチュナンの隣のコンポンチャム州出身のスタッフなので、地元の友だちのコネクションなどを駆使して、”陶器作りをしている村”に連れて行ってくれました。

朝7:00アパート発トゥクトゥクでソリヤバス停→ソリヤバスで約3時間コンポンチュナン州→トゥクトゥクで15分ほどで村に到着。

 

 

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前日の雨でぬかるんだ道(未舗装)をがたごとと、時々、泥にはまったり、対向車を避けきれずみんなで押したりして、辿り着いた村は、どこもかしこも陶器の工房。

これは、日本でいうところの、益子や小鹿田や小石原、沖縄のやちむんの村々みたいな、そんな感じのところでした。

 

わたしたちが見学させていただいたのが、壺的なものを作っている工房。

おばちゃん2人が、くるくる回りながら、壺的なものを竹のヘラでパンパン叩いて、成形しています。

くるくるパンパン、くるくるパンパン。

くるくる???

 

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そう、わたしが想像していた村のいたるところでろくろが回っていて、土をこねたりしゅるしゅるしたりしていると思っていたものではなく。

ろくろではなく、人間の方が回っているんです。

おばちゃんたちは、静かな踊りのように回りながら、なめらかに土を整え、自由自在にふわっと丸い壺的なものを作っています。

 

すごいカルチャーショックでした。ろくろなんてなくて、作れるんだ、自分が回れば。

 

そもそもコンポンチュナンを知ったのは、日本人向けのガイドブックやフリーペーパーで、「陶芸体験」ができるという記事を見ていたからで、軽い気持ちで、「ちょっと大変させてくださーい」って感じで出かけてきたのですが。

そんなそんな。

このプロフェッショナル、仕事の流儀、壺的なもの作りの匠、なんということでしょう、おばちゃんたちに、「触らせてください」なんて、とてもとても言えませんでした。

でも、わたしたちが、よほど物欲しそうな、物珍しそうな、顔をしていたのでしょう。「やってみる?」なんて言われてしまって。

 

いつも「何事も経験です、チャレンジです」とスタッフたちにうそぶいているわたしとしては、Noと言えない日本人代表。

やってみましたけど。

これが、全然、へっぴり腰で、力は入らないは、いや力を入れたら壺的なものを壊してしまいそうだわ、くるくる回って目がまわってくるはで、どうにもこうにも、うまくいかず。

5人みんなちょっとずつやらせてもらったけど、みんな匠のおばちゃんたちを前にして全員完敗。

 

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おばちゃんは、1日に100個も作るんだそうです。いったい1日にどれくらいくるくる回っているのでしょうか。羽生結弦以上に回っているでしょうか。

 

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ここは、ガイドブックには一切載っていない、”観光地ではない村”。

だからわたしたちの体験は楽しむためのアクティブティではなく、村人の生業をお邪魔した、ということでしかない。

けど、おばちゃんたちも、案内してくれたお姉さんも、覗き見にくる子どもたちも、そこらへんのおっさんも、みんなニコニコと、面白がって見てくれて、ものめずらしい珍客をあたたかく迎えてくれました(体感温度は灼熱でありましたが)。

カンボジアローカルの、村のあたたかさに触れてしまった。

 

コンポンチュナン州中心部の市場から村まで案内してくれたお姉さんの工房では、貯金箱を作っていたのですが、帰りにわたしたちにひとつずつ、貯金箱をお土産にくださいました。

 

 

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豚、うさぎ、象の貯金箱。尚、カンボジアにはコインはなく紙幣のみなので、貯金箱文化は中国から来たものと思われますが、どのように使うのかと、念のため聞いてみたところ、札を折りたたんで入れるのだと。

なるほど。無事、割らずに、日本まで持って帰れたら、500円玉貯金をしてみよう。ただし、お金を取り出すには、割らなければならないという、根性のいる貯金箱ですよ。

 

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コンポンチュナンローカルを堪能し、一路コンポンチャムのスタッフ宅へ移動。

今回のお宿は、スタッフの実家です。じつは、わたしはここに泊まるのが2度目で、前回は大晦日から元旦まで、年越しを過ごさせていただいた、あのホスピタリティーの高いお家。

 

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到着したら、田んぼをのんびり散歩して、スコール寸前に帰宅して、みんなでトランプ”ブタのしっぽ(七五三、一休さんなども)”で絶叫白熱戦で、右手を真っ赤にし、途中で参戦してきたスタッフの母の下手さに大笑いし、そして停電。

ろうそくを2本立てて、ババ抜きからの七並べ。トランプ(アメリカファーストではない方の)を何時間もやるなんて、何年ぶりだろうか。

プノンペンではジェネレーターがすぐに回って復旧してしまうので、こんなに長く続く停電という興奮も相まって、トランプが劇的にエキサイティングしたのだと思います。

 

興奮した我々に、ご飯を用意してくれたトランプの下手なお母さん、本当にありがとうございました。

 

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カンボジアの伝統的な木造の高床式のお家で、車座になってご飯を食べて、蚊帳の中で眠る。そんな体験が、思い出にならないわけがない。

カンボジアは5連休。ここぞとばかりに海外に出る人も多いけれど、のんびりリゾートに高級スパもきもちいいけれど、わたしは断然こっち派ですね。

 

元旦に食べたやさしい市場のボーボー(おかゆ)を今度はみんなで食べて、今回の旅は、終了。

 

 

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ボーボーはやさしいけれど、みんなでわいわい入れたおいしい調味料、いわゆる「カンボジアの納豆」は、よく見たら、ウジ虫が入っておりました......、しぇー! しょうじき、ここでみんな一瞬、くちへ運ぶスプーンが止まりましたけど、「まぁ大丈夫よ」で済ませる、そんな仲間たちがわたしは好きです。

 

カンボジアには仕事をしに来たし、仕事はしっかりしておりますが、それ以外のことにもわたしをひっぱり出してくれる人々に、感謝しています。

「遊ぶために仕事をするのではなく、仕事をするために遊ぶ」。ちょっとうるさくて、率先的にふざけているわたしが折に触れ話していたことです。大好きなみんなには、そんな風に仕事を続けてほしいな、と思います。

 

 

6月10日に、カンボジアを後にすることになりました。

また戻ってきたいので、コンポンチュナン焼きの貯金箱にて、貯金をしようと思います。

 

 

 

もうずーっと悩まされている、肩こりに首こり、こりこりのオンパレード。
こりのデパートとは、わたしのことよ。

ここの整体がいいらしい、とか、あそこの鍼が効くらしいとか、なんちゃら体操とか、いろいろやるけど、ストーカーよりしつこい、わたしの、こり。

もしかしてと、思ってはいたけれど、原因は単純なものでした。まったくもって。

貧血。

先日、うっかりプノンペンのレストランでぶっ倒れたので、日本に一時帰国した際、もう一回血液検査して、
はいはい、どうも、立派な貧血。

それで先生が、試しに飲めと、鉄剤を出してくれました。
一昨年、1週間ばかし鉄剤飲んだ経験あって、その時妙に体調よかったんだけど、あれはたまたまだということにして、その後、いつも通りの肩こり首こりこりこりライフを満喫していました。ときにはこりに唸りながら。

話しは今に戻りまして。
で、その鉄剤をですね、毎晩ひと粒飲み始めたところ。

こりのデパートが閉店ガラガラしました。

確かにね、わたしの場合、ヘモグロビンが足りておらずで、ヘモグロビンっつう奴は、酸素を身体の隅々まで運んでくれるはたらきものなわけで。
血流わろしの肩やら首やらが、こっておったということでございます。

単純で簡単なことだったという。

こりのデパートの経営者的には、こりがノーマル状態だったので、医者に、「鉄剤飲みますか? 」と聞かれたときは、「何も困っていないので」と即答してしまったのですが、「その生活続けていると心臓に負担かかりますよ」という鋭い切り返しに、胸を撃ち抜かれ、心臓をおさえながら、「ぜ、ぜひ、お願いします」と言ってしまった次第です。

鉄不足のみなさん、もしや、肩とかこってませんかね?

プノンペンぶっ倒れ事件が奏功したという話しでした。
人生何が幸いするか、わからんですね。

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陰口言われてました。
わたしのカンボジアでの活動を、日本の本部で良く言われてなかった。
わたしも本部に7年もいたから、ひじょうに悲しい。現場って一筋縄でいかないんだけどなぁ......。

ところで、
陰口は陰に置いておくものなんだけど、それをわざわざ表に持ってきてくれるお人好しがいます。
陰口は陰に置いておきましょう。くれぐれも表に引っ張りださぬように。

ちょっと落ち込んで帰宅したら、今日の日めくり弥太郎が、コレ。
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味方が欲しければ敵をつくれ。

「本当の自分の味方が欲しければ、きちんと自分の意見を述べるべきです。それに対して「支持できる」と思ってくれる人、「そんなの全然違う」と思う人が出てきます。全員に支持されるなど、あり得ないのですから。そこで支持してくれた人との関係を深めていくのが、コミュニケーションの本来の姿ではないでしょうか。意見を曖昧にしてふらふらしている人は、敵をつくらないかわりに味方もいない、八方美人になってしまいます。」

だって。

偶然だけど、救われました。
弥太郎さん、ありがとうございます。