氷床はどこまで安定か
温暖化の進行に伴い、氷床がどの程度溶けるかは、特に海面上昇の幅を予測する上で非常に重要です。気温が上昇すれば融解量が増える傾向にあることは疑う余地がなさそうです。実際、その傾向が見られることを以前紹介しました 。
では、一体、どの程度溶けるのでしょうか?
・まずはIPCCを参照してみましょう。IPCC(2007年)は、グリーンランド・南極の周辺部の氷河では流速が上昇しており、これが内陸の氷床を吸い出している、としています。
1993年~2003年の間に、グリーンランドでは50Gt~100Gt/年の氷が失われたとされます。一方、南極の氷の量はグリーンランドに比べるとはっきりせず、-50Gt~200Gt/年とされます。氷の量はおそらく減少しているが、増加している可能性もいくらかある、という感じでしょう。
単純に合計すると、グリーンランドおよび南極の氷の損失は、±0Gt/年~300Gt/年ということになります。ただし、細かく見ると、特にグリーンランドで顕著ですが明らかに氷の損失は加速傾向にあります。
図1:グリーンランドの氷の増減量推定(a)および南極の氷の増減量推定(b)。横軸は西暦年、縦軸は氷の損失量。南極は情報が少なくさらなる情報が必要だが、グリーンランドは明らかに融解加速傾向にあると言える。IPCC AR4 WG1 chap.4より。
・IPCC予測以降の報告では、融解速度はIPCC予測を上回るのではないか?というものが多いように感じます。これは、IPCC予測の段階では、温暖化に伴う氷河の流速変化の効果が考慮されていない(2007年の段階でははっきり分かっていなかった)ためです。
この効果を考慮に入れると、海面上昇はIPCC予測を大きく上回るとされ、これも氷の損失が加速していることを裏付けることでしょう(流速に関する研究が先にあり、そこから海面上昇幅の予測が導かれているわけで、循環論法ではあります)。
図2:今世紀中におきる海面上昇の予測幅。IPCC予測(左端)に比べ、近年の報告は上昇幅がかなり大きくなっている。Nature climate change
(doi:10.1038/climate.2010.29)より。
(18:55追記 これも気候変動覚え書きさんのHPですでに紹介 されていましたね・・・。)
・一方で、「融解水が増えることは必ずしも流速上昇に繋がらないのでは?」という報告も最近なされました。
http://www.nature.com/nature/journal/v469/n7331/full/nature09740.html
氷が融解して氷河の下に水がたまると、これが氷の「すべり」をよくするためさらに氷河の流速が加速する、という有力な予測があるのですが、案外そうとも言えないのか?というものです。
この記事は、気候変動覚え書き
さんのページでも紹介されていますね。そちらの解説をぜひごらんください。これが正しいなら、氷河は意外に安定だ(ある程度の負のフィードバックが働くとも言える)ということになるかもしれません。
・さらに一方で、東北地方太平洋沖地震の影響で南極氷河の流速が速まった可能性がある、との報告がありました。
http://www.newscientist.com/article/dn20245-japan-quake-shifts-antarctic-glacier.html
西南極にあるウィランズ氷河 が、地震波到達直後に0.5mほどスリップしたのだそうです。もちろんこれは一時的なものですし、これをもって「氷河は思ったより不安定だ」などと言えるようなものでもないでしょう。しかし、ちょっとした変化が氷河に影響を与えうることを示すのかもしれません。
・・・まあ、結局は、今後の氷床の動向については「まだよく分からない」ということになるのでしょう。ただ、いずれの報告も、温暖化が進行すると氷河の融解は加速し、海面上昇に繋がるという、ある意味「当たり前」の結論を揺るがすものではありません。
「極地の氷が今後どの程度解けるか定量的に論じるのは現段階では困難だ、ただし減少傾向にある上にその速度が加速しつつあるのはほぼ疑いがない」という感じにまとめられるでしょうか。