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制作者第1位

天の川先生はともかく、最高のプロデューサーといえばやはり先年亡くなったNorman Whitfieldばかりが思い浮かぶ。性格悪くても全盛期が短くても、こんなに創造的な仕事をされては真似してみたいという気も失せるね、というのが正しい受け取り方だろう。ただこのスーツを着て山手線に乗ってみたいという夢は残るけど。ねこへび

制作者

君が歌を作ればそれを人に歌ってもらいたくなるのは当然で、そこからプロデュースということが始まる。その素敵な歌を歌ってくれる人は必ず見つかるはずだ。あとは時間と努力と情熱の問題に過ぎないだろう。そして今風の仮想空間で完結してしまうよりは、現実の声を響かせる方がより豊かなんじゃないだろうか。どちらの道も厳しいのは確かだけれど、どうせやるなら心に刺さる現実の叫び声を紡ぎ出す方が充たされるんじゃないだろうか。あの天の川一歩先生のように。

録音史概観

音スタイルの変遷はジャケット写真にも反映しているよ、という例をば。


◆一発録音時代


stringed house

マイク1本ですべてを捉えていた時代。その場で行われたことを正確に記録し、なおかつそれが生演奏であることが保証されていた。この写真で見られるように細部は曖昧で漠然とした全体の雰囲気だけが伝わってくるというような限界があったが、ステレオに進化した一発録音は現在でも究極の手法として生きつづけている。


~この写真は加工してあるけど、この楽団がそこにいて演奏したのだという臨場感は生々しく伝わってくる。たとえそれがモノラル録音であっても。



◆MTR時代


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マイクとトラックが複数になって細部描写力が深化したが、録音の一回性が失われて重層的な作業に変化していった時期。その初期には写真のような複数奏者の鮮明なアップの単純再構成が主流だったが、トラック数が増えるにつれて録音過程は素材収集的な作業になり、ミキシングエンジニアによる事後作業が主要な意味を持つようになっていった。録音が写真からコラージュのようなものに移行していった時代とも言えるだろう。


~これが4枚の再構成でなくて1枚の写真だったらと考えてみると面白い。メンバーの一体感は増しただろうが、それぞれの表情はこんなにはっきり伝わらなかっただろう。しかしゲスト参加のKB奏者の写真上での不在は少し寂しい。



◆DAW時代


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録音機がアナログレコーダからデジタルレコーダを経てコンピュータに移行したことにより、あらゆる編集作業が迅速安価かつ容易にできるようになった。その結果、素材の加工や演奏者が存在しない架空音源の使用も一般的となり、他の多くの分野と同様に音楽の制作もパソコン作業中心となった。しかしそれによる新しい表現が探求される例はきわめて稀で、旧来の表現様式を精巧かつ安易に模すことだけを目指したような作品はきわめて多い。多すぎるんじゃないかと思う。


~古い写真を模しているけど、超細部まで調整加工されたデジタル写真が現代の録音手法に並行しているかのようだ。もちろん彼女は生身でも完璧で、コンピュータ化された身体という興味深い別の問題を孕んではいるが。ともあれ、写真も絵画もひっくるめてすべてCGになってしまった時代、なのかな。。

アイドルの頂点

音楽マニアはアイドルに歌やダンスは求めていません。では何を求めるのか? それはもちろん相撲と涙です。よって目下の頂点はこれです。

五分で七句

強風で家が揺れるよ震度2で
心細いずれ倒れる廃屋よ
雨が鳴るしなる庭木に風唸る
明日晴れてまた餓鬼騒ぐ春休
片付けも中断されて早七日
手紙攻め返事を書いたらもう夜中
夜中には音楽聴きますようやっと台風