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録音史概観
録音スタイルの変遷はジャケット写真にも反映しているよ、という例をば。
◆一発録音時代
マイク1本ですべてを捉えていた時代。その場で行われたことを正確に記録し、なおかつそれが生演奏であることが保証されていた。この写真で見られるように細部は曖昧で漠然とした全体の雰囲気だけが伝わってくるというような限界があったが、ステレオに進化した一発録音は現在でも究極の手法として生きつづけている。
~この写真は加工してあるけど、この楽団がそこにいて演奏したのだという臨場感は生々しく伝わってくる。たとえそれがモノラル録音であっても。
◆MTR時代
マイクとトラックが複数になって細部描写力が深化したが、録音の一回性が失われて重層的な作業に変化していった時期。その初期には写真のような複数奏者の鮮明なアップの単純再構成が主流だったが、トラック数が増えるにつれて録音過程は素材収集的な作業になり、ミキシングエンジニアによる事後作業が主要な意味を持つようになっていった。録音が写真からコラージュのようなものに移行していった時代とも言えるだろう。
~これが4枚の再構成でなくて1枚の写真だったらと考えてみると面白い。メンバーの一体感は増しただろうが、それぞれの表情はこんなにはっきり伝わらなかっただろう。しかしゲスト参加のKB奏者の写真上での不在は少し寂しい。
◆DAW時代
録音機がアナログレコーダからデジタルレコーダを経てコンピュータに移行したことにより、あらゆる編集作業が迅速安価かつ容易にできるようになった。その結果、素材の加工や演奏者が存在しない架空音源の使用も一般的となり、他の多くの分野と同様に音楽の制作もパソコン作業中心となった。しかしそれによる新しい表現が探求される例はきわめて稀で、旧来の表現様式を精巧かつ安易に模すことだけを目指したような作品はきわめて多い。多すぎるんじゃないかと思う。
~古い写真を模しているけど、超細部まで調整加工されたデジタル写真が現代の録音手法に並行しているかのようだ。もちろん彼女は生身でも完璧で、コンピュータ化された身体という興味深い別の問題を孕んではいるが。ともあれ、写真も絵画もひっくるめてすべてCGになってしまった時代、なのかな。。
五分で七句
心細いずれ倒れる廃屋よ
雨が鳴るしなる庭木に風唸る
明日晴れてまた餓鬼騒ぐ春休
片付けも中断されて早七日
手紙攻め返事を書いたらもう夜中
夜中には音楽聴きますようやっと


