「自己の心を捕らえんと欲する人々に、人間の心を捕ら得たるこの作物を奨む」
ひとのなつかしみに応じない先生は、ひとを軽蔑するまえに、まず自分を軽蔑していたものとみえる。
人間を愛しうる人、愛せずにはいられない人、それでいて自分の懐にはいろうとするものを、手を広げて抱き締めることのできない人、ーこれが先生であった。
「かつてはその人の膝の前にひざまずいたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を載せさせようとするのです。私は未来の侮辱を受けないために、今の尊敬をしりぞけたいと思うのです。私は今よりいっそう寂しい未来の私を我慢する代わりに、寂しい今の私を我慢したいのです。自由と独立と己とにみちた現代に生まれた我々は、その犠牲としてみんなこの寂しみを味わわなくてはならないでしょう」
つまり私はきわめて高尚な愛の理論家だったのです。同時にもっとも迂遠な愛の実際家だったのです。
その時の私は恐ろしさのかたまりといいましょうか、または苦しさのかたまりといいましょうか、なにしろ一つのかたまりでした。
私はしかたがないから、死んだ気で生きていこうと決心しました。
私は妻のために、命を引きずって世の中をあるいていたようなものです。
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