『Neo 阪神間モダニズムの会』の活動からポーランド、ウクライナという私にとって今まで身近ではなかった国が近づいて来ました。
特にウクライナとは凄く近しい存在となり、親しい方々と『ウクライナ・タウン・神戸』というコミュニティー組織まで立ち上げました。
皆さんは日本とウクライナ、さらにその中でも神戸とウクライナとの関係は100年以上の繋がりがあルことを知っていただきたい。
ロシア革命で多くの方々がロシアから脱出し、敦賀から神戸に来られました。
ロシア人と思っていたら、ほとんどの方がウクライナの方だったと昨年知りました。
その中に素晴らしい音楽家の方もいました。
この紹介するウクライナ人音楽家の方お二人についても知っていただきたいと思っております。
このエマニュエル・メッテルさんは神戸に住み、多くの著名な日本人作曲家を育てました。今は無くなった彼が住んでいた『深江文化村』と言われる場所に住む外国人の方のお宅に私は何度も招かれたこともありました。もしかしたらその方のお父さんかお母さんもウクライナから来られたの方だったのかもしれませんね。
もうお一方のレオ・シロタさんは国際的なピアニストで多くの日本人ピアニストを育てた方で戦争中ですら日本に住んでおられた方で、晩年はニューヨークでも多くのピアニストを育てられました。
そしてもうお一人の女性はレオ・シロタさんの娘さんのベアタ・シロタ・ゴードンさんで、ハイセンした日本が新たに作る日本国憲法の女性の権利の草案を書かれた方です。
私はレオ・シロタさんに学ばれたというピアニストと何人かお会いしたこともあります。
これほど神戸と日本はウクライナとの関係も深く、100年以上前にはコミュニティーがあったのです。
それを皆様と再現し、これからもお互いの人間関係を作り上げていきたいと願っています。




























































