『Neo 阪神間モダニズムの会』の活動からポーランド、ウクライナという私にとって今まで身近ではなかった国が近づいて来ました。

特にウクライナとは凄く近しい存在となり、親しい方々と『ウクライナ・タウン・神戸』というコミュニティー組織まで立ち上げました。

皆さんは日本とウクライナ、さらにその中でも神戸とウクライナとの関係は100年以上の繋がりがあルことを知っていただきたい。

ロシア革命で多くの方々がロシアから脱出し、敦賀から神戸に来られました。

ロシア人と思っていたら、ほとんどの方がウクライナの方だったと昨年知りました。

その中に素晴らしい音楽家の方もいました。

この紹介するウクライナ人音楽家の方お二人についても知っていただきたいと思っております。

このエマニュエル・メッテルさんは神戸に住み、多くの著名な日本人作曲家を育てました。今は無くなった彼が住んでいた『深江文化村』と言われる場所に住む外国人の方のお宅に私は何度も招かれたこともありました。もしかしたらその方のお父さんかお母さんもウクライナから来られたの方だったのかもしれませんね。

もうお一方のレオ・シロタさんは国際的なピアニストで多くの日本人ピアニストを育てた方で戦争中ですら日本に住んでおられた方で、晩年はニューヨークでも多くのピアニストを育てられました。

そしてもうお一人の女性はレオ・シロタさんの娘さんのベアタ・シロタ・ゴードンさんで、ハイセンした日本が新たに作る日本国憲法の女性の権利の草案を書かれた方です。

 

私はレオ・シロタさんに学ばれたというピアニストと何人かお会いしたこともあります。

これほど神戸と日本はウクライナとの関係も深く、100年以上前にはコミュニティーがあったのです。

それを皆様と再現し、これからもお互いの人間関係を作り上げていきたいと願っています。

【ChatGptに問うてみた、リベラルアーツとは】

 

リベラルアーツ(Liberal Arts)は、教育の分野における一つのアプローチや教育のスタイルを指す言葉です。リベラルアーツ教育は、幅広い学問分野を包括的に学ぶことを強調し、学生に広範で多様な知識とスキルを提供することを目的としています。以下は、リベラルアーツ教育の特徴的な要点です

多様な学問分野:
リベラルアーツ教育では、自然科学、社会科学、人文科学、芸術、言語、数学など、さまざまな学問分野を包括的に学びます。この多様性は、学生が幅広い知識を獲得し、問題解決や批判的思考能力を養うのに役立ちます。

総合教養:
リベラルアーツのカリキュラムは、総合教養を重視します。つまり、学生は特定の専門分野だけでなく、一般的な教養を養う機会を持ちます。これにより、卒業生は広範で多様な分野での仕事や社会的な貢献に備えられます。

批判的思考と問題解決能力:
リベラルアーツ教育は、批判的思考、分析能力、コミュニケーションスキル、問題解決能力などの重要なスキルを育むことを目指しています。これらのスキルは、さまざまな職業やライフスタイルにおいて価値があるとされています。

学際的なアプローチ:
リベラルアーツ教育は、異なる学問分野や視点を統合し、学際的なアプローチを奨励します。これにより、複雑な問題に対処するための包括的な理解が促進されます。

倫理と市民的責任:
リベラルアーツ教育は、倫理的な問題や市民的責任についても考える機会を提供します。学生は社会的な課題や価値観について深く考え、積極的に社会に貢献することを奨励されます。

リベラルアーツ教育は、大学やカレッジで一般的に提供されており、学生に幅広い教養とスキルを提供することを目指しています。このアプローチは、将来のキャリアや個人の成長において非常に価値があると広く認識されています。

【ChatGptに問うてみた、なぜ日本人の国際感覚は低下したのでしょうか?】

日本人の国際感覚が低下したと感じる理由は多岐にわたり、一つの単純な説明では済まされません。ただし、いくつかの要因がこの現象に影響を与えている可能性があります。

以下に、その要因の一部を挙げてみましょう。

閉鎖性の文化と言語障壁:

日本は長い間、比較的閉鎖的な社会とされてきました。日本の文化や言語は、他の国と比べて独自性が高く、外国との交流が限定的であることがあります。また、英語の教育が不十分であると感じる人も多く、国際的なコミュニケーションにおいて言語障壁が存在します。

教育制度の焦点:

日本の教育制度は、試験に合格することを重要視し、その結果として暗記や試験対策に時間を割く傾向があります。そのため、国際感覚や異文化理解を深めるための教育が不足しているとの批判もあります。

 

日本の地理的な孤立:

日本は海に囲まれた島国であり、地理的な孤立感が国際感覚の低下に影響している可能性があります。地理的な距離やコストの問題から、海外への旅行や留学が難しいと感じる人もいます。

社会の一体性と集団主義:

日本の社会は一体性と集団主義が重要視される傾向があり、個人主義や異質性があまり受け入れられない場合もあります。これが異文化への理解を妨げる要因となることがあります。

メディアの影響:

メディアは国際感覚に影響を与える重要な要因です。一部のメディアは国際問題や異文化に対する適切な情報を提供しないことがあり、偏見やステレオタイプを広めることもあります。

要するに、日本人の国際感覚の低下は複合的な要因によるものであり、教育制度や社会文化、メディアなど多くの側面が関与しています。

国際感覚を高めるためには、教育改革や異文化への関心を育む取り組み、国際交流の促進などが必要かもしれません。

まさに海外の方も来られるサロンが多く開かれて行くのが国際化への近道かもしれないですね。

 

数十年前になりますが、超有名な国際コンクールでも優勝されている素晴らしいピアニストのコンサートを企画した時、前回企画した時に大変感動されて私にご挨拶された方をお誘いした時『前回のコンサートを聞いているので、違うピアニストの時にお誘いください』と言われ愕然としたことがありました。

 

その言葉はその後何度もいろいろな方々からも聴きました!

本当の音楽ファンは絶対に言わない言葉です。

むしろ、今年はどのように進化しているのか?を楽しみにコンサートに行くのが本当の音楽ファンです・

それから40年近く時代を経ても日本の音楽を含む芸術は同様ですね。

 

視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚の五感は本来自分自身で感じて判断するのですが、味覚すら食べログのような評価でお店を選ぶ人が多い!

 

私がシェアーしてアップする音楽のYouTubeも10人「いいね」がつくと多い方!

感性を失った日本の未来を憂いつつ、しつこくYouTubeからシェアーして参ります。

私が大阪経済大学の監督をしていた時代の時の選手の一人が東京からの出張で会いたいと連絡があり会う約束を。彼は1学年上で初めて教えた時のキャプテンを務めた人物も誘っており彼も奈良から参加!

こんなことを言うと笑われますが、まだ私が22歳当時にコーチになり翌年に監督、キャプテンだった彼は早生まれの私の1学年下ですが同じ歳。

今思うとよくそんなことを引き受けていたと思います。

社会人でプレーし大学の監督など今ではありえない。

二人と16時に待ち合わせ場所にしていたにしむら珈琲へ行くと今日はお休み第4月曜が休みに本日からなっていた。昨日社長も『Neo 阪神間モダニズムの会』に来てくれていたので聞いておくべきでした。(笑)

急遽、サン地下の『モロゾフ』へ行った。

もっぱら話題は私に殴られた話でしたが、助かったのは殴られても納得出来たと言ってくれたのが救い。

未熟だったのでそれしか出来なかった不甲斐なき監督!

それでも二人から感謝され複雑な思いもありますが嬉しかった。

ただ腹立ち紛れではなく殴るのは殴った側もめちゃくちゃ手が痛かった!と話したら二人とも自分達も後輩を殴った時がそうだったようだ。

東京からの教え子(?)は18時に三宮から新大阪へ行き東京に戻る予定と聞いており、そのあともう一人と食事に行こうと言っていたのですが、17時に彼を誘って食事に行くことになった。街中華か神戸では僅かになった洋食の老舗にするか?と相談したら、洋食に決定し『神戸キチン』に電話し三人で予約。

二人とも味の素晴らしさにすごく感激していた

それぞれ必ず次回も出張時に来るから!家内と一緒に来るので!とご主人と奥さんに言っていた!

東京へ帰る男は大急ぎで食べた後、店を出て三宮駅に向かった。歩いて5分ほどの距離!

5時からは私たちだけだったので、ご主人と奥さんとゆっくりとお話をし、昔懐かしいお店の話にも花が咲きました。そして次のお客が来るまでお話をしていた。

それほど年齢差が無いのに二人は私をものすごく立ててくれ、終始目上への尊敬語で話す姿は、運動部の良さですね!

東京からに人物はハーバードのMBAを持ちコンサルタント業。

もう一人は奈良県の大和高田市商工会議所の副会頭。

何と立派な人物を殴っていたとは!

本日は思い出話も懐かしく楽しいひと時でした!

50年程前、音楽家の方から「日本では海外の音楽家のコンサートは満席になるけれど、日本人音楽家のコンサートには人が来ない。テレビに出てくる人は別にして、実力の高い人ほど空席だらけなのですよ!」と語った。

 

今と違い海外の音楽情報は 少なく、もちろんネットなど存在していない時代。

私が中学時代読売テレビ系で『ペリー・コモ・ショー』が始まった。

感激しながらLPで聴く人たちがテレビ画像で歌ったり演奏したりしている。感激でした。

高校時代に『アンディー・ウイリアムス・ショー』大学時代に『ディーン・マーティン・ショー 』が始まりうれしく観ていた。

 

 

日本でも1980年代までは各テレビ局がクラシックの音楽番組を制作していました。

ジャズやポピュラーの番組は1970年代でほとんど消えていった。

従って、その時代はエセ音楽ファンも文化人的に見られたいからテレビに頻繁に出てくる音楽家は追いかけていた

 

今のテレビの音楽番組は幼稚で見る気もしない!

歌の下手な歌手、ただただ叫ぶか ニャンニャンという声で40数人出て歌う学芸会!

コマーシャルを見て購入するのはある程度年齢のいく人だと思うので、スポンサー離れは当然でしょう!

 

それ以上に50年前からごく一部の文化を愛する人以外は音楽や芸術には関心がないのは変わっていません。

 

文化に関しては世界最低の国になると、学術分野も産業分野も後進国になろうとしている

少なくとも衣食住の文化をもう一度レベルアップすれば変わる気がする!

1ヶ月前兵庫県国際交流協会からのご案内で『NPO法人 日本モルドバ友好協会』理事長の沓澤正明氏のモルドバについての講演会があり、そこで親しくお話をさせていただきました。

昨日沓澤氏より連絡が入り急遽本日の午後お会いする事になりました。

30年にわたりモルドバを支援されて来た沓澤氏から本日も先日お聞き出来なかったお話を多くいただき、これからの事なども含め3時間もご一緒しました。

私が現在関わってお手伝いしているウクライナの隣国モルドバは人口がわずか260万人でこの地域では最も貧しい国。しかも東部はロシア支配の地域もあり、美味しいワインの産地として知られています。

私どもの団体もこのワインの販売の協力に昨年より関わっており、全く見知らぬ国ではありません。

モルドバ愛いっぱいの沓澤氏が熱く語るモルドバ!

ポーランドからウクライナ、モルドバへは戦争が終われば訪れてみたい。

そして、沓澤氏よりこんな素敵なモルドバの写真集をいただいた。

ごく一部の画像を掲載しました。モルドバ料理の画像もアップしましたが、春巻きとしか思えないものがあります。

チェリーとブラックベリーも素晴らしいと聞きました。

 

それと、私どもが協力しているモルドバワインの画像も!

 

今月も27日日曜日に『Neo 阪神間モダニズムの会』を開催いたします!

この会は単に音楽を聴き、食事をするだけのイヴェントと思われている方々も多くいらっしゃると思います。

 

本来の趣旨はサロン文化の活性化で目的は2つあります!

1つは皆様にある意味埋もれている才能ある音楽家を知っていただき、その音楽家達を応援していただき、全国に知らしめたいという目的です。

 

もう一つはお越しの皆様同士の人間関係と信頼関係の構築からビジネスは勿論、お互いの情報と知識の交換から交友関係の縁を広げていく事です。

ある意味、来られる回数に比例して世界が広がっていく経験を毎回致しております。

 

今月はバリトンの伊藤友祐さんとピアノの丸尾晃久という素晴らしい才能あふれるお二人でお届けいたします。

今年に入ってからの音楽家の画像も並べますが、みなさん素晴らしい演奏をしてくださいました。

皆様と一緒に阪神間が音楽と文化・芸術あふれる地域にしたいですね!

人生初のウクライナ映画観賞。

場所はシネリーブル神戸。タイトルは『キャロル・オブ・ザ・ベル』原題は分かりません!キリル文字が読めなかったので。

映画の内容は勿論、演出、脚本、俳優陣も素晴らしく内容は大変重たく心にズシンと響きました。

この1年ほどウクライナの歴史を色々と読んだり聞いたりしてきましたが、まさにウクライナという国の人々が受けてきた不条理な出来事を如実に観せられました。

 

ソヴィエトとナチスドイツに翻弄されて来た悲惨な歴史の一つを垣間見、誘ってくれたオクサナさんの故郷の地域が舞台、挿入されている歌もウクライナではよく知られる曲とも彼女から聞きました。

ラストシーンでは涙が止まりませんでした!

皆様も機会があれば是非観ていただきたい映画です!

 

この20日間、愛用の11年選手のiMacのディスクがクラッシュ。

復旧不可能となり、長年闘病中の弟が亡くなり葬儀の手伝いなどもありその後疲れで発熱しました。

やっと新たなMacbookAirを購入し、目下苦戦中です。

勝手に語り部】

私が亡き両親の間に生まれたのは1948年3月、1949年8月に弟も生まれて家族で過ごし、結婚で別世帯を持ったのが1975年。

その間の日本の平均的な家庭には居間にテレビがあり、そこは畳の日本間で冬には炬燵があり、宿題や試験の時に自分の部屋にいたがそれ以外はこの今に家族が集まっての団欒がありました。

携帯やパソコンもなく、電話は1台だけ。

家族のそれぞれの交友関係もわかる昭和の時代。

そこは自然と両親や弟との会話が常にあった!

学校の授業や教科書に無いことを父や母から聞くこともでき、年齢が進むにつれ父からは成人男子として話してくれた!

この時代に『反抗期』という言葉を耳にする事もなかったし、友人と話ししても「反抗なんかしてみい、親父から殴られかねないくらい怖かった」と言う。

私たち世代の父親はほとんどが戦争に行っていたので怒ると迫力があったし、何よりも私たちを愛してくれていた。

父も母も神戸に生まれ神戸に育っていたので昔の時代の神戸の話、歴史の話、映画・音楽・文学も多かった。

幼い頃から映画を観に行き、その時に外で食事できるのも楽しみだった。多くの名画をおかげで観れた!

家には蓄音機でSP盤からビング・クロスビー他、クラシックも聴けた。

結婚後も父と出掛けるのに全く抵抗もなく、むしろ楽しかった。

ただ58歳で他界したので結婚後、2年強で亡くなった。

しかし何より家族の団欒のお陰でコミュニケーション能力が身についた気がする。

知らぬうちに神戸の歴史や古き時代の阪神間を教えてもらえた。

まだ幼かった娘達と楽しく囲んだ食卓風景も懐かしく感じますが、中学高校へ進学すると娘から父は遠ざけられた!

それが少し残念です。

案外親父やお袋から学べる事も多くあります。

コミュニケーション能力を高めるためには家族が揃って夕食を食べ、なんとなく語り合える家族団欒をもう一度考える必要がありますね!