1月17日がやってくる度に嫌顔でも思い出さされます。
28年前の1995年の事。
早朝、私どもを襲った大震災、私も多くの知人を亡くしました。
娘たちも大学生と高校生、恐怖の中私の指示に従ってしっかりと動いてくれたのもこの数日間だけした。
ポートアイランドへの大橋がズレて水道管が破壊され、その日の水を確保するのにマンションの給水タンクの水を分け合ったり安全確認を協力しあったりしてその日は終わった。
次女の自転車を借りて翌日は会社と母の安全確認に向かった。
三宮駅前の360度の景色の無残さに涙が溢れた。
家にいる母を歩いて3分の避難所に入るように伝え、会社の各店を見てまわり社員と講師各位の安全確認もするけれど、今のように携帯電話が普及していないので連絡が なかなか取れない。
遺体の安置所まで行った。
何人もの音楽教室の生徒さん、講師のお子さんも亡くなられたと数日後に判明。
地獄絵図のような街、その後の人生を一瞬で変えてしまう惨事、あの時の年齢だから頑張ろうという気になれたのか?
いくらここで書いても実際に体験しなければ理解は難しいかもしれません。
今も世界で起こっている災害や戦争、それと 同じような体験をした。
できればそのような経験をして欲しくない!と願う日です。



































































