ボタンも4つくらい外してセクシーながらもシックなコンセプトで画報を撮影しました。少年美が溢れていた以前とはまた違う魅力を見せてくれましたね。

実は僕こうゆうコンセプトがすごく好きなんです。露出が好きなんじゃなくてインパクトがあって強い感じが好きです。強くてセクシーな感じの顔が良いというか。ハハ。だから今日の撮影にとても満足しています。メイクも濃くしたのですごい自信もできました。

映画 ‘Beat’ 中のチョンウソンの感じを要求した時、戸惑った表情が可愛かったです。1999年生のキムヨハンにとって ‘Beat’ は少し難しかったでしょう?

チョンウソン先輩はもちろん知っていますが、映画 ‘Beat’ はよく分からないです。本当に正直に告白すると ‘Beat’ は洗剤しか知りません(笑)

10star購読者たちがキムヨハンを ‘青春スター’ に選んでくださりました。

本当ですか?今まで僕が清涼で柔らかいイメージの画報をたくさん撮ったので選んでくださったようです。前回の画報ではメイクもほぼせずに、純粋な姿をたくさんお見せしたじゃないですか。


最近コロナ19拡散防止のために1000万ウォンを寄付して話題になりました。

お金を無駄に使ったりはしませんが、使うべき時は使う方です。友達とご飯を食べる時も割り勘するのは好きじゃないです。特に今は世間の状況が大変じゃないですか。僕ができる最大限の金額を寄付しました。金額は別として他の人にもっと大事に使って欲しいと思い、寄付しました。

普通のアイドルは幼い頃から体系的なトレーニングを受けますが、キムヨハンの経歴はすごく独特です。テコンドー選手生活をしていて、練習生になってすぐデビューすることになりました。幼少期の話をしてみましょうか?

父がテコンドーのコーチなので幼い頃から自然とテコンドーに触れていました。小学1年生から選手生活を始めたんですけど、今考えるとそれが当然の過程だったと思います。テコンドーをしながら国家代表を夢見て、周囲の期待もたくさん受けていたので、成長しながら当然テコンドー選手をしなきゃと考えていました。

キムヨハンはどんな子供でしたか?

活発というよりも少し静かな子でした。ただ運動ばかり黙々と一生懸命取り組んでいた子でしたね。

テコンドーで大学進学までした状態から練習生になりました。どうして歌手としての夢を見るようになりましたか?

夢見てたんじゃなくて、ただ憧れの的でした。テレビで歌手たちを見ると ‘わ、かっこいい’ この程度の関心です。アイドルはかっこいいけど、僕がアイドルになることはないから、地球の裏側に立っているような感じ?高校2年生の時からいろんな事務所からキャスティングオファーが来たんですが、全部断っていました。周囲からは ‘お前が芸能人なんて。運動でもしてろ’ と言われ、僕も奨学生として大学に行かなきゃいけなかったので、テコンドーにだけ集中しました。そうして思わず今の会社に出会い、ミーティングの次の日すぐ会社に来てと言われ行きました。本当に何も分からないまま練習生になったんです。

ある意味、運命的にアイドルの道に入り込んだんでしょうかね?

僕が運が良かったんでしょうね。世の中甘くないです(笑)

テコンドー有望者だったため、10年以上してきた運動をやめて、アイドルになると言った時周囲の人に止められたと思います。自分に対する確信と自信があっても否定的な反応は負担と不安になったはずです。

たぶんその時の僕を見た人たちは頭のネジが飛んだと思ったかもしれません。でも僕は何でもやればできると思っていました。周囲の反応は全部否定的だったけど、僕は成功する道があると思っていて、他の人たちはできないと言うので無駄な負けん気ができて歯を食いしばりました。

PRODUCE X 101を経てX1の活動まで、これからは立場が変わりました。キムヨハンがアイドルを夢見る子たちにとって憧れの的になります。

放送が終わって、あるファンの方が羨ましい、ありがとうと言ってくださいました。なんでありがたいのかと言ったら、やらなくてはいけないこととやりたいことがあるのに、本人はやりたいことをできずに、やらなくてはいけないことを選んだそうです。だけどキムヨハンはやりたいことをやり遂げたから、僕を見て希望をもらったとおっしゃりました。やりたいことをやる勇気ができたという言葉を聞いて、頭がガンガンしました。すごい人ではないので心配にもなったし、負担にもなったけど、僕を見て勇気をもらったことに感謝しました。

自身も世の中甘くないと言いましたが、運動だけをしていて、急に歌とダンスを学ぼうとすると大変だったでしょう? 

はじめは本当にとても大変でした。スポーツと芸能界は世界観が違うほどのレベルです。適応するまでとても大変で完全に孤立している感じもしました。だけど今は大丈夫です。完璧にできなくても慣れていきました。

Mnet ‘PRODUCE X 101’ は初登場からインパクトがありました。ローラーシューズを履いてsevenの ‘와줘’ をそのまま再現しましたね。

自信を持ってできることがなくてローラーシューズに乗りました。歌、ダンス、ラップ、全部できない僕のために最善の戦略でした。ローラーシューズに乗る練習と歌の練習だけたくさんしました。

どんな気持ちでサバイバルに臨みましたか?

母に番組に出ると言ったら ‘落ちてもいい。習ってないんだからそれが当然よ。99位でも100位でも大丈夫。少しでも上がれば経験になるよ。’ とおっしゃりました。僕も母の言葉に同意しました。何も分からない状態だったので絶対に経験しよう、学んで戻ってこようという気持ちでした。

そうして突然1位になりました。

気分が本当に良かったです。かっこいい姿を両親にお見せすることができて幸せでした。テコンドー選手時代、両親がいつも試合会場に来られるんですが、生放送の時も相変わらずいらっしゃいました。試合会場ではいつも対決する姿、勝敗から離れて怪我する姿ばかりお見せしていたんですよ。ファンの方々の歓声を受けながらかっこよく公演する息子の姿は初めてお見せしたから、気分が少し不思議でした(笑)


X1のセンターになって ‘お前が芸能人なんて’ と言っていた人たちにもぎゃふんと言わせました。痛快だったでしょう?

もちろんです。運動をやめたとき ‘できんのか?無茶だよ。’ と言った人たちに堂々と ‘できたぞ’ という姿を見せてあげたじゃないですか。生放送後に母が ‘あなたが幸せなのになんで早くやらせてあげなかったんだろう’ と言いながら泣いたんです。前にやっていたら愛を受けられなかったかもしれないのに、時期は正しかったよと慰めではない慰めをしました。

‘王冠をかぶろうとする者、その重さに耐えろ’ という言葉がありますよね。結果は光栄だが、その場所まで上がっていく過程はとても大変だったようです。話題の参加者でもあったし、放送の特性上、過程が平坦ではなかったじゃないですか。

今は僕の名前を検索しないですけど ‘プデュX’ をしている時はよく検索しました。ありもしないことで悪口を言われ、噂を立てられたのに、違うと言えなかったので辛かったです。悪質な書き込みと噂についてのコメントのせいでストレスを受けてパニックにもなりました。人を見れば顔を避けるようになりました。やめようかと本当にたくさん悩みました。母もやめるなら早くやめなさいとおっしゃるほどでした。できるまでやろうという気持ちで耐えました。

困難を乗り越えた自分に感心したことでしょう。

うーん、終わって ‘お疲れ様ヨハナ。長い道のりだった。’ と自分で褒めてあげました。はは

昨年X1のセンターとして活躍しました。短くて太い活動でしたが、振り返ってみてどうでしたか?歌手として魅力を十分に見せられましたか?

アイドルは聞く耳も見る目も楽しまなきゃいけないと思っています。そうゆう部分ではファンの方々を満足させてあげられなかったと思います。X1の活動の途中で負傷のため座って公演をしたのですが、実はそれが少し悔しいです。

‘プデュX’ からX1として活動していた全ての瞬間がキムヨハンにとってどんな意味があるか気になります。

ありがたい番組でした。‘プデュX’ がなかったらたくさんの愛を受けることもなかったし、X1として活動した夢みたいなことも起きていなかったでしょう。X1としてデビューして夢みたいな状況も経験しました。コチョクドームを完売させて、外国に行って公演もして、音楽番組1位に音源チャート1位まで夢みたいな時間でした。二度と感じられない胸に詰まる感情です。活動期間が短く、残念ですがいつも感謝しています。

1年という短い時間の間に歌、芸能の全てをお見せする機会がありました。もう少し欲が出るものはありますか?

歌手としてステージの上に立つ姿をたくさんお見せしたいです。ファンの方々ともっと近くで会いたいとも思います。ペンミーティングの計画もあったんですけど、コロナ19のために白紙となりました。残念ですが、ファンの皆さんの安全と健康が最優先ですから。

デビュー後、一番体感した変化があるとしたら?

たくさんの人の関心を受けていると感じるようになりました。僕のSNSに写真を載せるとハートとコメントが殺到します。いまだに不思議です。だけど友達は僕を芸能人だと思ってもいません。僕はやっぱり友達が芸能人のように接するのが嫌いです。キムヨハンのまま接してくれると嬉しいです。

ストレスはどうやってなくしますか?

悩みがあったり、眠れない時は一人でビールを一缶飲みます。実は時間が薬なのかもしれません。悪質な書き込みと噂で苦しんだ時もただじっとしていました。時間が経つとなんともなくなりました。

2020年新しい始まりを控えて心構えが特別だと思います。

‘ダメならできるまでやろう。できると思えばできないことはない。’ この気持ちで ‘プデュX’ に取り組みました。途中諦めようかとも思いましたが、気持ちを全部入れ替えました。音楽、演技をはじめ様々なものをファンの方々にお見せしようと思いました。芯に火をつけたみたいです。

ヨハンがヨハンに言ってあげたい言葉があるとしたら?

いつも謙虚に生きろ。それでいい。

キムヨハンの最終的な夢はなんですか?

両親に別荘を建ててあげることです。お金をたくさん稼いで両親に家もあげて、別荘も建ててあげたいです。

ファンの皆さんに一言どうぞ。

先に言いましたが、長かった空白を終えて、芯に火をつけ始めました。これからヨハンがすることと進む道の足跡にファンの皆さんがなってくださると嬉しいです。愛しています。健康でいてください。