その頃の生活の実態


その当時は1日2食で朝はホカ弁、夕方はマックみたいな生活をしてました。

ずっと野宿というのはやったことがある人は分かると思いますが(いないか笑)、想像以上に体力を消耗します。

 

そんな私の救いとなった施設があります。

スーパー銭湯みたいな施設に、リラックスチェアーで寝れる休憩室みたいなのがあったんですね。

そこに、追加でいくらか払えば次の朝まで滞在出来るというシステムがありました。

そこにもう、飲食代を削ってでも寝泊まりしたかったんです。

 

 

夏の夜なんで、蚊がいっぱい出るんですよ。

私、蚊を1匹ずつ叩いてたら全滅するんじゃないかと公園のベンチに座ってましたが、自然を甘く見過ぎてましたね(笑)

何百っていう蚊が、人間のにおいを嗅ぎつけ襲って来るんですよ。

次から次に。

10匹や20匹倒したくらいでは全然らちが明かない。

何十匹倒そうが多勢に無勢で、朝まで平和は訪れないんですよ(苦笑)

加えて、熊本は日本脳炎が多いと以前聞いてました。

蚊が媒介する日本脳炎。

やばいんじゃないか、このまま蚊に刺されて死ぬんじゃないか、とも思いました。

実際日本脳炎の死亡率は40%を超えることもあるみたいです。

そんなこともあって、ホントに野宿はきつかったですね。

 

二度目の預金残高メッセージ


何日かして郵便貯金の残高を確認したら「50406円」入金されてました。

 

こっちの方が分かりやすかったです。

 

50406



ゴーホーム



家に帰れってことですね。

 

 

ところが私にとってはそんなメッセージ、ホントにどうでも良かった。

 

6桁入ってる!

 

超うれしい!

 

もう、当時の私の関心はそれだけでした。

飢えた人間にとっては当面の生活費は生命の保障につながります。

これでまたしばらく生きながらえることが出来る。

イヤな蚊を避けて、ぬくぬくした温泉のリラックスソファーで寝泊まりが出来る。

もう、そのことだけでした。

 

生きるということだけを考えた、本能的な思考回路でした。

 

金がない



衰弱





 

その後、多少の貯えをしておこうという考え方もその時の経験から生まれたのだと思います。

 

今でも預金残高が少なくなると、すごく不安になり、ある一定の金額以上はどうしても持ちたくなる衝動に駆られます。

 

 

 

長期戦へ


 

ちなみに、その後も親は何回か送金してくれました。

親としても痛しかゆしだったみたいです。

送金をすれば息子はなかなか出てこないだろうし。

かと言って金を与えず追い込むと、何をしでかすか分からない。

追い詰められて事件でも起こしたら取り返しがつかない、という気持ちでやむを得ず送金してたようです。

 

そんな失踪生活。

私はなんとそれから約1か月も続けました。

正確にはある出来事が起きなければもっと続いていたでしょう。

ある出来事とはこれから書くことなんですが。

 

季節は8月から9月になり、朝晩も少し涼しくなってきました。

大学では夏休みを終えて、4年生たちが続々と研究室に戻ってきました。

大学院生失踪の連絡を受けて学生たちもきっと動揺したことと思います。

 

そんな中、相変わらず私は公園で寝泊まりしたり、たまにスーパー銭湯のリラックスチェアーで寝たりしていました。

そしてそんなある日、ついに転機が訪れます。