昨年の暮れ、岩手県の沿岸部の久慈・宮古・大船渡・陸前高田などに訪れました。
 

当方と岩手県沿岸部との縁とこれまでのボランティア活動については、下記リンクに記しています。
室井昌也 =できることをこれからもずっと= 時間がある時は、縁ある岩手県へ災害ボランティアに行っています
 

以下、韓国球界に有益な情報はありません。
 

震災直後のような短期的なボランティアのニーズが少なくなる中、昨年もこれまでのように現地で活動する手はずを行いましたが、残念ながら実現には至らず、今回の岩手県の沿岸部への訪問は2014年の年末以来、1年ぶりとなりました。
 

今回は三陸沿岸を旅しながら、各所の様子を見ることにしました。
 

今回の訪問で最も驚いたのは陸前高田の市中心部に設置されていた、高台造成用の土砂を運ぶベルトコンベヤーが解体撤去されていたことでした。

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 一部分のみが残っていました。

以下は2014年末の様子です。 →震災から4度目の年越し。陸前高田、大船渡へ(2015年1月5日のブログ)

「トラックなら9年かかる」という、東京ドーム4杯分の土砂運搬作業が、昨年9月、1年半で終了したとのこと。 →陸前高田のベルトコンベヤー、解体開始 復興事業の象徴(朝日新聞デジタル 2015年10月14日)
 

大きな出来事ではありますが、県外にいるとこういった情報はあまり入ってこないのだと、現地に出向いて改めて感じました。
 

各地では防潮堤の建設工事が進められていました。

 

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巨大工事が進む一方で、かつて住宅があった場所には更地のままのところも多く、5年近い月日を経ても進めることの難しさ、事態の大きさを改めて感じました。
 

今回、宮古のホテルに宿泊したのですが、そこでは従業員の方が「語り部」となってお話下さる機会がありました。何事もそうですが、「聴く側」と「話す側」では「聴きたい時」と「話したい時」が一致するとは限りません。ということでこのような会の催しは当方にとってありがたいものでした。

 

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三陸と言えば、2013年にドラマ「あまちゃん」で注目された三陸鉄道が2014年4月に全線復旧。今回、北リアス線の久慈-宮古間を往復してきました。
 

三陸沿岸には沿岸北部の久慈から宮古を結ぶ北リアス線と、南部の釜石-盛(さかり)間を結ぶ南リアス線があり、宮古と釜石の間はJR山田線の路線ですがこの区間、現在も運休が続いています。その区間ですがJRから三陸鉄道への移管が決まり復旧作業が進められています。
 

JR山田線被災区間、三陸鉄道に移管 岩手県と地元市町村合意 (日本経済新聞2014年12月24日)
 

普代(ふだい)駅がある普代村は楽天の銀次選手の故郷。駅には銀次選手のグッズコーナーもあります。人口わずか約2,900人の村が輩出したプロ野球選手。活躍を続ける姿に胸が躍ります。

 

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三陸鉄道は野球との縁もあり、地域密着型の草野球チーム「三鉄キットDreams」を2014年秋に結成しました。岩隈久志投手(マリナーズ)がGMを務め、ラッピング車両も走っています。

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 →キット、ずっとプロジェクト|夢に向かってまっしぐら。「三鉄キットDreams」
 

当方個人的には昨年、以前からお会いしたかった大船渡市出身の元プロ野球選手、志田宗大スコアラー(ヤクルト)が侍ジャパンのスコアラーを担当。ご一緒する機会があったことが嬉しい出来事でした。

侍ジャパンのスコアラーに、大船渡出身の志田さん(web東海新報 2015年11月5日)
 

今年、2016年ですが岩手県で国体が開催されます。沿岸部では軟式野球などが行われる予定です。

希望郷いわて国体・希望郷いわて大会
 

2015年初めにも記しましたが、当方のようにたまに同地を訪れる者は、震災という過去と現在との比較でこの地を見てしまいます。しかし、そこに暮らす人にとっては、現状を受け入れての日々の生活、そしてこの先を見つめての暮らしとなり、その立場の違いは簡単に相容れるものではなく、その差は年々広がっていると感じます。
 

しかし、それぞれの立場でできることをするしかないのも現実なので、当方としては、毎度記していることですが、「忘れない」ということと、多少なりとも発信することを生業としている者として、わずかな形でも伝えることを続けていきたいと思います。