私はザルらしい。いくら与えても、ながれていく。
それは、私が、それをつかみきれないのだ。何をつかんでもそれは形を失って、つかみきれないものになっていく。
その苦しみを知っている人なんだろう。私がザルだって言ってる人は。
内から何かがあふれ出し続けていて、それを形に収めきれないというのもある。
それとの葛藤で、外から来るものも流れていくのだ。
内から外から何をつかんで何を手放すのか。
なにも手に負えない。
全部流れていく。わけがわからない。
収拾がつかない。どうしようどうしようという状態なのだ。
自分の存在に慣れなくて、その存在をどうにか収めようとしている。
愚かだとわかっているのだけど。
どうにか、収まってくれ――。これで正しい?じゃあこう?と、
毎瞬、調整している。存在の調整。
今日、長唄を聞いてね、
ああ、これはどうにも収集なんてつかないんだ、と、感じました。
これは、飲み込むしかない。収集がつかないこの絶望も混乱も込みで、
どんなにあふれかえって途方に暮れるような気持ちでも、
それを胃の中にぐっと、飲み込んで、
息を深く吸って、
何度も吸って、
あふれ出てくるたびに吸って、
じりじり、ひりひり、
焼けるようなその感覚を、
じいぃぃっと、
じいぃぃぃっと見つめて、
息と共に、飲み込む。
ああ、その寂しさ。言葉にしようがない。
その力強さ。
その重い、重い何かを、問答無用で飲み込む強さ。
ぐうの音も出ない孤独。
人間であることの重みを、
存在することの重みを、
全部、飲み込む、
そして、淡々と、淡々と、
生きるという行為を、
求められるがまま、
こなす。
綺麗に、できるだけ美しく、
こなす。
人間の一生じゃ、足りないね。
まだまだだねえ・・・
