恐らく、恐らく『ストロベリー・オンザ・ショートケーキ』の再放送を僕と母は見ていた。もしかしたら違うかもしれない。とにかくお昼にあるドラマを見ていた。三、四歳くらいのことだった。ドラマは結構面白いと感じていたと思う。ドラマが終わった。エンディングが流れた。僕はハッとした。母が言った。
「何これ、いい曲」
同意するのはなんだか恥ずかしかったのだが、本当にいい曲だと思ったので同意した。
その次の日だったか週だったか忘れてしまったが、いくらか時間を空けてから母が、あのドラマのエンディングがアバというグループの『エスオーエス』という唄だということを教えてくれた。これがアバとの出会いだった。
それから少し経った。クリスマスになった。僕は『にほんごであそぼ』のかるたと、『アバ・ゴールド』を買ってもらった。そのアルバムで流したのは主に二曲。『SOS』と、『ダンシング・クイーン』だった。
しかし、幼稚園に入ると同世代の人間と遊ぶことが多くなり、そんな人たちが好きなもの(仮面ライダーやスーパー戦隊)が僕も元々好きであったことから、音楽よりもそれらのおもちゃを集めることに熱中するようになり、音楽からは遠退いていった。アバも例外ではなかった。
僕は一二歳になると、昔熱を上げていた音楽を再び流すようになった。しかし、アバには手をつけていなかった。その理由を当時の僕に喋ってもらおう。
「え、えー、俺ぇ?え、アバ嫌いじゃないけどさぁ、ポップだしさ……うーん。エスオーエスとかね。いいけどさ。うーん」
そう、当時の僕はポップ度が強いと思われるアーティストは避けていたのである(例外もあった)。
アバを再び流すようになったのは一四歳の頃だ。きっかけは美術部の後輩のKの一言だった。
「海先輩ってアバ聴かないんですか?」
「あー、アバ、ねー……」
「母親アバも流すことありますよ」Kと僕は少しだけ音楽の好みが似ていたので喋ることがあった。また、彼の母親の音楽の好みも僕と似ていたので、彼は自分の母親の聞いている音楽をこのように教えてくれることがあった。
「何曲か知ってるけどよく知らないな」
「そうなんですか」
アバの話は確かそれで終わった。それ以上Kはアバのことを聞いてこなかったから。アバは嫌いではなかったから、もう少し話を広げてもいいなと思ったのだけど、僕はなぜか彼に対して恐怖心のようなものがあって、上手く喋ることができなかったため、彼が話をしてこない限りはできなかった。
ある朝、休日の朝、起きてみるといつものことだが酷く寒い。エアコンのリモコンがとても遠い。布団から出れない。しかし出る必要は(昼過ぎまで出なかったら母が現れそうだが)ないのである。
手を伸ばせば取れそうな位のところに携帯がある。僕はそれを取った。
そういえばKがアバのことを言っていたなと思った。ふとユーチューブで調べてみる気になり、「abba」と検索した。一番上に出てきた『ダンシング・クイーン』のビデオを見た。
あー、なんだか懐かしいなと思いながら見ていた。ビデオが懐かしいのではない。曲である。ビデオに関しては、『アバ・ゴールド』の冊子で見た人たちが動いているという位の印象しか受けなかった。
その次に、関連動画の一番上に出てきた、『ママ・ミア』のビデオを見た。
これが良かった。結構良いじゃないかアバ。中々やるじゃないかアバとか思いながら、また関連動画の一番上の動画を見た。
なんか知ってるぞ!と、イントロが流れたとき思った。そして、どんどん引き寄せられていった。元々結構好きだったアグネタさん(アグネタ・フォルツコグ)がヘッドバンドが額の辺りに来るようにして着けているのが嬉しかった。
なぜなら、僕もそのように着けていたからだ。そして、僕は映像を見てこの着け方で良いんだ!と思った。僕はヘッドフォンを着けるときは、ヘッドバンドが頭の上に来るように着けなければいけないのではないかと考えており(僕はその着け方をしようとするとイアパッドがずれてしまうのだった)、複雑な気持ちでヘッドフォンを着けていたからだ。
『ママ・ミア』と『ギミー・ギミー・ギミー』のビデオを見てアバに興味を持った僕は、母親のCDが置かれている所に放置されていた(母がたまに流していたかもしれない。『SOS』を流すために)『アバ・ゴールド』を流した。収録時間の長いアルバムなので、集中力が切れてしまって、後半は耳に残らなかったが、前半はどの曲も好印象で楽しめた。久々に流した『SOS』も昔と変わらず好印象を持った。
僕はディスクユニオンにいた。バーゲンがあると聞いたからである。一〇〇円でアバのアルバムを見つけた。二枚見つけた。僕はあ、アバだ。色んなところで安く売ってそうな気がするけど一応買っておこう。と思った。『アライバル』と、『グレイテスト・ヒッツVol.2』だった。

(そのとき買った二枚のレコード。どちらも今でもそこそこよく流す)
帰ってから、流す前に『アライバル』のインサートを取り出して広げると、一曲目の『ウェン・アイ・キッスト・ザ・ティーチャー』の訳詞が目に入った。こんな具合だった。
「私が先生にキスしたら
みんながキャーキャーキャー叫んだわ
私が先生にキスした時
みんなは夢を見ているのだと思ったに違いないわ (山本沙由理訳)」
僕はインサートをそっと閉じた。
驚いたね。アバってこんなこと歌ってんの?って。当時の僕にはこの歌詞は厳しすぎた。やっぱりアバはちょっとなぁと思った。『ママ・ミア』や『ギミー・ギミー・ギミー』で開いた心が再び少し閉じた。
その後、『アライバル』を流した。一曲目は先ほど書いたように、『ウェン・アイ・キッスト・ザ・ティーチャー』である。再生の寸前、僕は、あぁあの歌詞の曲だよなと考えていた。音楽が流れた。
「あれ?あれ?」僕は戸惑った。そして、
「良いじゃないか!」僕はこのとき歌詞なんて関係ないんだなぁと感じた。
その次に流した『グレイテスト・ヒッツVol. 2』は、一曲目が『ギミー・ギミー・ギミー』だったことや、グレイテスト・ヒッツ・アルバムだったことから耳に残りやすい曲が沢山あって楽しめた。しかし、『ロック・ミー』という曲は不快だった。これのどこがロックだと思った。当時の僕は、「ロックである/ロックでない」ということにやけにこだわっていたのだ。
今では『ロック・ミー』は不快ではない。だが、ヒットしたはいえ収録しなくても良かったと僕は考えている。他の収録曲と比べると随分魅力が落ちると思うからだ。これを入れないと収録時間が短かすぎるというなら納得できるが、これを入れなくとも、『グレイテスト・ヒッツVol.2』は収録時間が五〇分を越えるアルバムなのだ。入れなくていいだろう。
当時リリースされていた、アバのスタジオ・アルバムを全て聞いたのは(僕は後追いではあるが、そのとき『ヴォヤージ』はまだリリースされていなかった)、それから二、三ヶ月後のこと。 僕はある日思った。CDやレコードの集め方を変えてみようと。今までは単純に一番惹かれる物を買っていたのだが、これからは、アーティストAのスタジオ・アルバムと人気のあるライヴ・アルバムを買ったら、別のアーティストBのスタジオ・アルバムと人気のあるライヴ・アルバムを買おうということを考えた。
なぜライヴ・アルバムかと問われれば、ライヴ・アルバムは、さまざまなアーティストのアルバムを集める上で欠かせないものが多数あるのを知っていたからだ。また、シングル曲はボーナス・トラックで聞こうとしていた。ボーナス・トラックに入っていない場合のみコンピレーション・アルバムを買おうと思った。
そして、まず誰から集めようかと考えた。Aから集めようと思った。そしてZまで行ったら、「あ」から始めようと思った。当時の僕のCD棚の一番先頭には(いや、今もだ)アバがあった。よし、アバにするぞと思って調べてみると、『ジ・アルバムス』というボックス・セットが売られていた。僕はこれを注文してもらうことにした。

(全スタジオ・アルバムに、アルバム未収録曲をまとめたボーナス・ディスクが入ったありがたいセット。今では高いが安く売っていれば是非)
『ジ・アルバムス』が届くと、最初のスタジオ・アルバム『リング・リング』から流していくことにした。まずジャケットの田舎臭い感じに驚いた。アグネタさんの雰囲気が異なるのにも驚いた(今見るとそうでもないが)。流してみて、そのアルバムの六〇年代感に驚いた。七三年のアルバムなのに。また、アバというには違和感を感じる曲ばかりなのにも驚いた。驚きっぱなしである。

(名義は異なるが、記念すべきアバのファースト・アルバム。今流してみると、この後のアバにも通じるものがあり、違和感を感じる曲は少ない)
二枚目のスタジオ・アルバム、『ウォータールー』は、この後のアバを強く感じられる作品になっていた。アグネタさんの雰囲気も知っている感じに近づいた。しかし、アバというには違和感を感じる曲がないわけではなかった。
そういう曲は四枚目の『アライバル』にはなかった。どこでなくなるのかと思いながら三枚目のスタジオ・アルバム、『アバ』のジャケットの表裏を見たとき、再生していないにもかかわらず、このアルバムでそういう曲はなくなったのではないかと思った。なぜかというとジャケットが随分豪華だったから。別に見開きになっていたからとか、豪華な作りのジャケットだからではなくて、写真の感じがね。
そして裏ジャケット。あの『ママ・ミア』が収録されている。その上に『SOS』だ。これはもう違和感を感じる曲など入っていない訳はない。そう思った。

(『アバ』の表ジャケットと裏ジャケット)
流してみると、『トロピカル・レディランド』や、『マン・イン・ザ・ミドル』には少し違和感を感じた。しかし、前作までとは違い、そんな違和感を感じても、だからなんだと言って押しのけるような逞しさのようなものを覚えた(ジャケットや大ヒット曲二曲のおかげだろうが)。そのせいか、僕にはこのアルバムがアバの出世作と思えたのであった(タイトルは『アバ』だしね)。
その後、『アライバル』を流した。『アバ』の次のアルバムだ。これは既に聞いていたので、新しい大きな発見はなかった。流しながら、それまでの過程を思い浮かべた。発見はなかったが、この時点で少し聞き飽きていた『ダンシング・クイーン』も、その過程を考えると少しばかりではあるがしみじみと聞こえてくるのであった。田舎臭いバレリーナも三年で都会の踊りの女王になったのだ(自信なし)。
名曲『ダンシング・クイーン』が収録されている上、それだけでなく全体的に楽しめるアルバム、『アライバル』。その次のアルバムはどうなのだろう。プレッシャーに彼らは打ち勝ったのだろうかと僕は思いながら、次のアルバムである、『ジ・アルバム』を流した。

(『ジ・アルバム』と『ジ・アルバムス』。似たタイトルで少し紛らわしい)
『ジ・アルバム』の最初の印象は地味というものだった。その印象は恐らく、一曲目の『イーグル』と二曲目『テイク・ア・チャンス・オン・ミー』のせいだと思う。
(動画を貼るために調べて、へぇー、これビデオ・クリップあったんだ。と思った『イーグル』と、アンニ ― フリッド・リングスタッドがいい感じな『テイク・ア・チャンス・オン・ミー』。アグネタさんファンなのに!!)
両方とも好きな曲だ。しかし、鈍い『イーグル』と、前作の二曲目、『ダンシング・クイーン』と比べるとインパクトに欠ける『テイク・ア・チャンス・オン・ミー』が一、二曲と続くのは、僕にかなり地味な印象を与えた。
しかし、最初からアルバムの好感度は結構高かった。『テイク・ア・チャンス・オン・ミー』は、当時はいまいちだと思っていたが、『イーグル』は割と好きだったし、二曲目以降に『ホール・イン・ユア・ソウル』や、『サンキュー・フォー・ザ・ミュージック』といった、中々好みな楽曲が連ねていた。
それでも、やはりスタートというのは大事だ。僕の中で長いこと、『ジ・アルバム』は、結構好きなアルバム止まりだった。かなり好きになったのはここ最近のことだ。ボックス・セットのCDだけじゃなく、レコードが欲しいと考えるようになった。しかし、安く買いたいから、よく売っているアルバムなのだが、いまだに持っていない。
『ジ・アルバム』の次の作品である、『ヴーレ・ヴ―』は、軽い印象を受けるアルバムだった。『ジ・アルバム』は、今までのアルバムで一番重い感じを受けないでもなかったが、その反対と言えるアルバムであった。そして、味が薄いアルバムだと思った。これは恐らく、僕の中で決め手となる曲が、『ヴーレ・ヴ―』に見つからなかったからだろう。
また、アルバムのタイトルが、『ヴーレ・ヴ―』というアルバムの収録曲から取っているというのもよくなかった。僕はこの曲を『アバ・ゴールド』で既に耳にしていたのだが、嫌いではなかったが、好きな曲にはならなかったのである。そんな曲がタイトルになっているアルバムである。期待は余り持てないであろう。決め手となる曲が見つからなかったのには、そのように少ない期待しか持てなかったからかもしれない。
『ヴーレ・ヴー』の次のアルバム、『スーパー・トゥルーパー』も味が薄いと思った。しかも、『ヴーレ・ヴー』よりも幾分か味が薄いと思った。理由としては、一曲目の好感度が低い上、アルバムのタイトルを冠した曲だったからだろう(『ヴーレ・ヴー』と似たような理由だ。でも、あちらは一曲目は結構好きだった)。
しかし、『スーパー・トゥルーパー』の音の印象は、代表作、『アライバル』に近いものを感じた。でも僕は後追いだから知っていた。この次のアルバムで終わりだということを。
「この次のアルバム」である、『ザ・ビジターズ』は、『スーパー・トゥルーパー』をさらに薄めた上、暗くしたようなアルバムだと思った。『ヴーレ・ヴー』を薄くした『スーパー・トゥルーパー』より薄いのである。しかも暗いときた。僕は暗い音楽が(例外もあるが)そこまで好きではない。『ザ・ビジターズ』は、アバのスタジオ・アルバムの中で一番好感度を持てないアルバムとなった(嫌いではなかったけれど)。そのため、僕はこれを最後に解散したのは、正解だったのではないかと思った。
そんなこともあってか、僕は復活後の『ヴォヤージ』を買っていない。しかし、買っていない一番の理由は、『ザ・ビジターズ』が好感度の低いアルバムだったというよりも、解散してから復活するまでに、随分と時間が経っているということであった。
時間が経てばもう一度やりたくなるのかもしれないが、時間が経つと駄目なのである。魔法は解けてしまうのだ。大抵の再結成作品が名作と呼ばれないのはそのためだと思う。
僕は『ヴォヤージ』が出て数週間位経って、収録曲の『アイ・スティル・ハヴ・フェイス・イン・ユー』のビデオを見たのだが印象に残らなかった。そのことも購入を躊躇わせることになった。その後、『ヴォヤージ』の曲が、『ザ・ヴィジターズ』の次のアルバムになる予定であった、『オーパス・テン』というアルバムに収録される筈だった曲だと何かで読み(本当かは分からないが)、もし昔の曲ならばもう少し印象に残るはずだ。印象に残らなかったのは僕の調子のせいだと思い、もう一度ビデオを見たが印象は変わらなかった。ビデオ・クリップが作られる曲というのは、大抵の場合アルバムの中で印象に残る曲が多い。そう考えている僕はガックリきてしまった。
あーそうだ『ザ・ビジターズ』の後に出された二枚のシングルのことを忘れていた。その二枚がさっき書いた『オーパス・テン』に入るはずだったという話もある。僕がそのシングルを初めて聞いたのは、『ジ・アルバムス』のボーナス・ディスクだった。そして、『ザ・ビジターズ』(アルバム)と同じような感想を持った。
他にも『オーパス・テン』に入るはずだったという曲がある。『アイ・アム・ザ・シティー』はその一つだ。
僕はこの曲が結構好きだ。しかし、『オーパス・テン』に収録予定だった(という噂がある)いくつかの曲が、活動中に二枚のシングルとしてリリースにされたのにもかかわらず、この曲は活動中には発表されず、解散から約一〇年後にリリースされた『モア・アバ・ゴールド』に収録されるまで未発表であった。

(『モア・アバ・ゴールド』。『アイ・アム・ザ・シティー』が収録されている上に、好感度の高い曲が多く選ばれているので結構好きなアルバム)
僕は、『オーパス・テン』に収録予定だったと言われている曲は、アバの曲の中では好感度が高くないものが多いのであるが、『アイ・アム・ザ・シティー』は結構好感度が高かった。だが、その、『アイ・アム・ザ・シティー』は、活動時にはリリースされなかった。これは僕とアバ(特にアバの主の作曲者であるビョルン・ウルヴァースとベニー・アンダーソン)とのズレがあるんじゃないかと思われる。ということは、続けていても余り僕は楽しめなかったかもしれない。
完成しなかった、『オーパス・テン』に続くスタジオ・アルバムとなる、『ヴォヤージ』は一体どんなアルバムなのだろう。多分、聞いても余り楽しめないだろう。そんなことを思っている時点で楽しめる確率は低い気がする。ただ、『ヴォヤージ』は正真正銘最後のアルバムとなるはずである。だから聞いておいた方がいい気がする。メンバーが生きているうちに。生死は関係ないんだけど、なんとなく。
うーんダラダラ書きすぎた。もっとスッキリ書けないだろうか。