「日本語を作った男ー上田万年とその時代」の「校閲」の話をもう少し続けさせてください。

 

 この本の初刷りの誤りについては昨日書きました。特に、序章12頁11行目です。(他に数十カ所ありますが触れません)

 

 「○この会の司会は上田万年(うえだかずとし)であった。」(昨日書いた「序章」の誤りの部分)

 

 「国立国会図書館デジタルコレクション」をネットで確認すると、すぐわかりました。

 

 私は、早速、出版元である「集英社インタナショナル」にその訂正と絶版を申し入れました。

 

 現在までの当該出版社の、その部分だけの対応を時系列で示しておきます。

① 2016・2・9 「日本語を作った男ー上田万年とその時代」第一刷発行

 

② 2016・6・7 同本第二刷発行

 この刷で、昨日書いた「着(き)して」と、「午前二時」はそれぞれ「ちゃくして」・「午後二時」と訂正されました。

 

 しかし、次の部分はそのまま訂正されませんでした。

 ○この会の司会は上田万年(うえだかずとし)であった。

 

 ついでに書けば、この第二刷までが、姫路文学館の「和辻哲郎賞」の対象になったようです。(姫路文学館の当該賞の対象は、その年の八月三十一日までに出版されたものという規則があるためだそうです)したがって、「和辻哲郎賞」の審査は誤った原文のまま審査されました。

 

③ 2016年・10・11第三刷発行(現在書店にはこの刷が置いてあります)

 「○この会の司会は上田万年(うえだかずとし)であった。」はカットされました。それに伴って、「会議の終了の宣言者」などいくらかの部分の変更はやむを得ずなされています。

 

 ところが、ここからが今日の私の言いたいことですが、「序章」の次頁(13頁)にある次の一文は三刷までまったく訂正されていません。

 

 ○ 臨時仮名遣調査委員会の主事を務める上田万年は、鷗外の声を聞いて、胃の痛みを感じていた。

 

 後半の、「鷗外の声を聞いて、胃の痛みを感じていた。」は、「司会者は上田万年ではない」ということが明らかになれば、当然訂正されても不思議はないのですが、出席していた一人の反対者として、訂正されなくてもしかたないでしょうか。しかし、前半は「いったい何だ」と言いたくなります。

 

 「国立国会図書館デジタルコレクション」は、この「臨時仮名遣調査委員会の主事」に「渡部董之介」を任命したと明記しているからです。

 

 この明治41年の「臨時仮名遣調査委員会」の主事は上田万年ではなく、渡部董之介なのです。だから、渡部はしばしば発言しています。

 

 こんな誤りをいつまでも残したまま、出版を続けている、「著者、校閲者、出版社、書評者、賞の審査委員」に「いったいどうなっているの」と質問したいのです。「フィクション・ノンフィクションの話」はまた別の機会に考えたいと思っています。ここでは、単純に一読者として、本当にあったこととして読んでいるということを付け加えておきます。

 

 他にも誤りがいくつも残っています。こんなことを平気で黙視しながら、つまらない、スキャンダルに狂奔している、メディアに唖然とし、しっかりしろとつぶやいているわけです。

 

【追記】 この「日本語を作った男ー上田万年とその時代」の「序章」を読もうと思えば、「集英社インターナショナル」の「公式ページ」の「立ち読み」欄(PDF)を開くと簡単に読めます。本を買う必要はありません。ぜひこれを利用してください。