「白寿」という長寿用語については、これまでまったく疑問を持ちませんでした。ところが、気がつくとびっくり。

 以下、その経過を資料に従って書いておきます。

❶ ーここから引用ー

 還暦、古稀、喜壽、米寿――長寿を祝う言葉として、このようなことばがある。
 ところがこのごろは新種が現われた。
 たとえば、傘寿(八〇歳)、半寿(八一歳、また八〇歳)、卒寿(九〇歳)、白寿(九九歳)、百寿(一〇〇歳)がそれである。少なくとも辞書の上では新顔である
 (略)
 右の文章で私が知っていたのは〝白寿〟だけで、あとはみな新顔だった。
 (略)
 こういうわけで、1964年現在で、私は知り得た長寿用語八つのうち、〝半寿〟〝卒寿〟以外の六つを押さえていた。
 見坊豪紀 (保健同人社刊「暮しと健康」1982年6月号より)

 ーここまで引用ー

 見坊豪紀が用例カードを作り始めたのは、1960年ごろだと言われています。その4年後までに、〝白寿〟の用例カードを作り得たという文章です。

❷ ーここから引用ー

「白寿」
 「古稀」の上には、七十七歳の「喜壽」、八十八歳の「米寿」というのがあるが、日本人の平均寿命の延長によってその上のお祝いが必要になった。見坊豪紀氏の採集によると、このごろでは、九十歳の「卒寿」、九十九歳の「白寿」というのも出来たようだ。
 金田一春彦(「ことばの歳時記」新潮文庫 12月26日の項より)

 ーここまで引用ー

 見坊豪紀の用例カードによって、「卒寿」、「白寿」ということばがあるということを知ったために、「ことばの歳時記」という連載の一つとした書いたという、その内容です。


❸ ーここから引用ー

 これ(❷のこと)は、もと昭和四十年の一月から十二月まで、一年間「東京新聞」と「中部日本新聞」の夕刊に「ことば歳時記」と題して書き続けた雑文である。翌年、文藝春秋の土田久兵衛氏から話がかかり、足りない部分を書き足し、また原稿の意に満たぬものを改めたりして、同出版社から世に出していただいたものだった。それが今度新潮文庫の一冊として、三度世にお目見えすることになった。原稿書き冥利に尽きたことで喜びにたえない。
 金田一春彦(「ことばの歳時記」新潮文庫 あとがきの項より)

 ーここまで引用ー

 ❷の連載後、文藝春秋社から単行本になり、そして、新潮文庫に入ったことを喜ぶという文章です。「昭和四十八年春の彼岸を迎えて」という時日の記録が付いています。

❹ ー辞書からの転載ー

 はくじゅ【白寿】 [「百」の字から第一画を取ると「白」になる所から]九十九歳の別称。またその祝い。
(『新明解国語辞典』初版 1972(昭和47)年より)

  以上、❶から❹の資料を並べると、「白寿」ということばが見坊豪紀により、用例採集され、そのカードを使った『新明解』に立項されるまでの経緯として、まったく矛盾するところがありません。私も、この通りに理解し、「白寿」は問題ないと思っていました。

 ところが、次のような事実を知りました。

❺ ー辞書からの転載ー

 はくじゅ【白寿】 (「百」から一をとれば九十九となり、「白」字となる)九十九歳。九十九歳の祝。
(『広辞苑』初版 1955(昭和30)年より)

 太字にしたのは私ですが、昭和30年の『広辞苑』初版には既に「白寿」として立項されているのに、見坊豪紀は、「辞書の上では新顔だ」と書きます。そして、金田一は、その見坊の言い分をそのまま鵜呑みにし、10年後ですが「白寿」を新しい語として紹介し、加えて、数回にわたる出版にも何らクレームも付かず、掲載され、また、小型辞書に立項されたという、本当に驚くべき事実にぶっつかりました。

 老妻は笑いますが、私は、特に、金田一春彦が、『広辞苑』を開かなかったことを不思議に思い、仰天した次第です。