本日の「中国新聞」の⑴面、「両陛下、慰霊碑に献花」の記事は、昨日の記事とその敬語の使い方において、まったく異なっていました。

「天皇、皇后両陛下は4日、広島市中区の平和記念公園を訪れ、原爆慰霊碑に花を手向けられた。来年の戦後70年を前にした、沖縄、長崎に続く「慰霊の旅」の一環。」

 私は、新聞の皇室敬語をそう難しく考えているわけではありません。ルールは三つです。

❶ 主語が、天皇・皇后両陛下については、その述語に「尊敬の助動詞『れる・られる』を使う。

❷ 敬語が多すぎると判断する場合、文末を体言止めなどにすることが出来る。

❸ 文中の、述語部分は、中止法や「…て」など、敬語を省略することが出来る。

ただ、これだけです。

 今日の「中国新聞⑴面の記事の該当箇所を抜き出してみます。

1 花を手向けられた。
2 花束をささげられた。
3 死没者を追悼。
4 穏やかな笑みで応えた。
5 その後、専用車で「おりづる園」へ。
6 説明を受け、
7 熱心に質問された。
8 被爆者10人とも懇談。
9 温かい言葉をかけられた。
10 挨拶された。
11 15歳の時に初めて広島市を訪れ、
12 平和への思いを語られている。
13 そろっての広島訪問は、18年ぶり。
14 特別機で帰京された。

 上記のルールに照らすと、

 ❶に属するもの 1・2・7・9・10・12・14
 ❷に属するもの 3・5・8・13
 ❸に属するもの 6・11

 結局、4の「穏やかな笑みで応えた」だけが、ルールに反しているわけです。これは残念ですが、記者が何かを考えていたのでしょうか。ぜひ、「穏やかな笑みで応えられた」とあるべきです。

 28面にも、一カ所「戦後の生活を気遣った」という間違いが一カ所ありましたが、総じて私の考えでは合格、うれしく思いました。

 ところが、中央紙である「毎日新聞」はよくない格好の例を提供してくれました。たとえば、

 十一月三十日朝刊「秋篠宮さま49歳に」の冒頭。
 「秋篠宮さまは30日、49歳の誕生日を迎えられ、これに先立ち、紀子さまとともに記者会見した。」

 太字は私が付けましたが、「迎え、…記者会見された」か、「迎えられ、…記者会見された」でなくては
ならないと考えます。

 そして、本日の朝刊。これまでの「毎日新聞大阪本社」の主張と異なる記事でした。

 「両陛下が広島で被爆者と懇談」という見出しのきじだから、改めて全文を書き抜きませんが、その述語はこうです。

 1 平和記念公園を訪れて原爆慰霊碑に供花。
 2 施設の説明を受け、
 3 懇談された。
 4 質問され、
 5 話しかけた。
 6 うなずかれた。

 5を除いて、まったく私の考えと一致しました。そこで、こういう方針で今後の記事を書いていただけるのかと、大阪本社に質問すると、「4・6は、当方のまったくのミスでした」という責任者の一言。

  嗚呼、何たる中央紙ぞ!

 以上、新聞における「皇室敬語」をまとめました。

 【追記】 「新聞には敬語は必要なし」というコメントをいただきました。有り難うございました。
 ただ、上に書いたように、新聞では、敬語の三種類のうち、「丁寧語・謙譲語」はまったく使う必要はありません。また、大げさな尊敬語も必要はなく、ただ、述語部分に「れる・られる」を加えるだけでよく、字数を圧迫するとも考えられないと私は思っています。