昨日の続きです。

 三省堂の「某国語辞典」の「気が置けない」の項の、〔注意〕に、次のような説明がありました。「某」と書いたのは、「悪口を書くとよく売れる」という苦い経験をしているからです。(冗談ですが、この実名は承知しています)

 「誤って正反対の意味に使う人が増えている」

 勿論、正しい意味は、① 気がね、遠慮しなくていい。

 そして、② (誤って)気が許せない。

 この②の意味で「使う人が増えている」ということでしょう。

 ここにはまず大きな間違いがあります。「増えている」という点です。

 文化庁は、毎年国語調査を実施していますが、この「気が置けない」について、過去、三度の調査を行いました。そのときの正解率(%)は次の通りでした。

 平成14年度 44、6%   平成18年度 42,4%   平成24年度 42,7%

 何をもって、「誤って使う人が増えている」と言っているのかこれをデータにする限りわかりません。

 しかも、この正解率は、今年度の調査項目で見ると、「天地無用」55.5%、「煮詰まる」51.8%の次に位置します。心配する言葉は外に多くあるということではありませんか。

 辞書に「誤って」という例を挙げることによって日本語の正しい使い方を守ろうと主張したのは、見坊豪紀でした。そして、見坊は三省堂国語辞典の三版からそれを実行しました。ところが、誤りを指摘すればするほど、誤った使い方が広がっていったのです。この見坊豪紀の生み育てた『三国』は、「誤って」と表記しながら、「誤り」がどんどん増えた語について、「俗語」という名称を与え、それを一人前の使い方に認定するというけしからん事を行い、それをこの『三国』の売りにしました。このブログでも「号泣」・「世間擦れ」などでそれを示しました。『三省堂国語辞典のひみつ』飯間浩明は、その中で、それを誇り、また、そっと弁明する(同書32頁参照)などの手法を使っていますが、見坊豪紀の思っていたほど、「誤って」という表記は効果がなかったということははっきりしました。

 そこで、一つの提案になりますが、「気が置けない」の説明に、「誤って」という「注意事項」は書かないようにしてはどうでしょうか。

 これまでの、辞書比較において、この項通りにしているのは、『日本国語大辞典』と、 『新明解国語辞典』七版のみです。

 『新明解』七版の説明です。「誤って」の用法を紹介していません。六版までは「誤って」がありましたが、七版から表記を変えました。その見識に感心しました。

 【気が置けない】 気を許してつきあうことが出来る様子だ

 もう一つ、先の「某辞書の注意」の中の「正反対の意味」という点でしす。

 この「気が置けない」という語句の「正反対」の「語句」は、「気が置ける」という語句です。

 昨日、あの碩学の外山滋比古氏も、自分のこととなると、「気が置ける」という語は辞書にもないと見事に言い逃れていましたが、すでに「辞海」などの辞書に立項されていたということは書きました。

 ついでに、見事な用例を一つだけ挙げておきます。

 「(前略)かう思ふと、なんだか其手紙が待たれるやうな気がする。其人が待たれるやうな気がする。あのお雪さんは度々此部屋へ来た。いくら親しくしても、気が置かれて、帰つたあとでほつと息を衝く。あの奥さんは始めて顔を見た時から気が置けない。此部屋へでもずつと這入つて来て、どんなにか自然らしく振舞ふだらう。何を話さうかと気苦労をするやうな事はあるまい。話なんぞはしなくても分かってゐるといふやうな風をするだらう。(以下略)」(森鷗外『青年』十一より)

 『日本国語大辞典』は初版でも、二版でも、その用例をいくつか紹介しています。戦後も中村光夫の「気のおける患者より」などとあります。

 「気が置ける」は、ちゃんと市民権を得た語句です。これを、「気が置けない」の後にぜひ併記してください。

 「広辞苑」や、「大辞林」は「気が置かれる」を立項していません。が、集英社版『国語辞典』は、立項していると、今日、素人学者さんの「コメント」で知りました(この情報に感謝しています)。私は、この集英社版をすぐれた辞書だと思いました。

 長くなりましたが、まとめて、辞書編纂者に提言いたします。

 ❶ 「誤って」以下の説明はもう削除しよう、そうなくても小さな辞書なのだから。

 ❷ 「気が置けない」の前に、「気」の説明として、「いろいろ心を使うこと」と説明し、「気が置けない」を「いろいろ気を遣う必要はない遠慮しなくていい」ぐらいの語釈で立項、加えて、「気が置ける」を「いろいろ気を使う、遠慮する」という語釈ででも必ず立項しよう。中学生でもわかるように。

 日本語が何でもありの方向に流れることを心配している一人です。やっと、一つの提言をまとめ上げることが出来たかとホッとしていますが、勿論異論があるでしょう。ぜひコメントをお送り下さい。楽しみにしています。昨日はアクセス数が1000を越えました。調子に乗りすぎていたら、暴言失礼、謝ります。