昨日と前後しますが、『源氏物語』「紅葉賀」における「草子地」の例を挙げておきます。


 次の文章は『源氏物語』の「紅葉賀」の巻の一節で、光源氏(「中将の君」)の父桐壺帝の中宮である藤壺中宮(宮)が光源氏の子若宮を出産したのち、はじめて桐壺帝・光源氏・藤壺中宮・若宮が出会う場面である。


 例の中将の君、こなたにて御遊びなどしたまふに、抱き出でたてまつらせたまひて、「(中略)」とて、いみじくうつくしと思ひきこえさせたまへり。中将の君、面(おもて)の色かはる心地して、恐ろしうも、かたじけなくも、うれしくも、あはれにも、かたがたうつろふ心地して、涙落ちぬべし。物語などして、うち笑みたまへるがいとゆゆしううつくしきに、わが身ながらこれに似たらむは、いみじういたはしうおぼえたまふぞあながちなるや。宮は、わりなくかたはらいたきに、汗も流れてぞおはしける。中将は、なかなかなる心地のかき乱るやうなれば、まかでたまひぬ。


【現代語訳】 いつものように、中将の君が、藤壺の御殿で管弦の遊びなどをなさっていると、(桐壺帝が)若宮をお抱き申し上げてお出ましになり、「(中略)」とおっしゃって、とても可愛いとお思い申し上げなさっている。中将の君は、顔色の変わる気持ちがして、恐ろしくも、もったいなくも、うれしくも、悲しくも、さまざまに揺れ動く心に、涙がこぼれ落ちてしまいそうである。若宮が何か片言を話して、お笑いになっているのが本当に恐ろしいほど可愛らしいので、(中将の君が)自分のことではあるが、若宮に似ているとしたら、自分をたいそう大切にしようというお気持ちになるのは、ずいぶん身勝手な感じ方である。藤壺の宮は、つらくてその場にいたたまれない思いで、汗も流れておいでであった。中将の君は、若宮に会えたことでかえって気持ちがかき乱れるようなので退出なさった。


【問題】 傍線部はどういうことか、次の中から最も適当なものを一つ選べ。

  1 光源氏は、自分が気の毒に思われてしまう、と感じながら、一方ではそんな自分の感じ方を、随分身勝手な感じ方だ、とも受け止めている。

  2 藤壺中宮は、光源氏がひとりで苦しそうにしているのを見て、それも随分身勝手な感じ方だ、と思っている。

  3 光源氏が、自分が気の毒に思われてしまう、と感じているのを見て、藤壺中宮は、それも随分身勝手な感じ方だ、と思っている。

  4 光源氏が、自分自身を大切にしよう、という気持ちになっているのを、語り手が、それは随分身勝手な感じ方だ、と評している。

  5 藤壺中宮が、自分自身を大切にしよう、と感じているのを見て、光源氏は、それも随分身勝手な感じ方だ、と思っている。

                                                       (2007 上智)


【正解】 4


【解説】 父桐壺帝が、自分の子だと思っている若宮が、実は光源氏自身の子であるということを知って悩む、藤壺中宮と、光源氏の身勝手な様子が描かれる有名な場面ですが、このうちの、傍線部「あながちなるや」が「草子地」です。「あながちなり」は形容動詞で、敬語がついていないのが、「草子地」だとする決め手です。

 あながちなり=勝手だ。ひとりよがりで、いい気なものだ。