東京書籍「国語」の8頁に「『桐壺巻』の練習問題」田

隆という文章が掲載されていました。


 作者は「東京大学講師」。私より40歳以上も下。書

いてあることについて異論はありませんが、その余り

の決めつけ方に多少の疑問も抱きました。


 『源氏物語』冒頭の文章です。


 「いづれの御時にか、女御、更衣あまた侍ひ給ひけ

る中に、いとやむごとなき際にはあらぬ、すぐれて

時めき給ふありけり。」


 この太字「」を文法的にどう考えるかという問題で

す。


 私が教師になった頃、石垣謙二さんの「主格『が』

助詞より接続『が』助詞へ」という論文が、『助詞の

歴史的研究』という本に採録され、この「が」は「格

助詞」であり、「同格」の用法ということになりました。


 これに異論があるわけではありませんが、瀬戸内

寂聴の「逆接の助詞訳」、あるいは、谷崎潤一郎の

「順接の助詞訳」、あるいは、林望の「主格の助詞

訳」といろいろ出て参りました。


 すなわち、決めようがないのです。玉上琢彌はこう

書きます。

 「『あらぬが』の『が』は、この当時接続助詞として

はっきりした用例が見られないので、格助詞として

見る、とするのが国語史での通説であるが、格助

詞という分類に拘泥して、『たいして重い身分では

ない方が、めだって御寵の厚い、ということがあ

った』などと日本語らしくない訳文をつくる必要はな

いと思う。国語史家でも格助詞から接続助詞に移

行するその中間の時代であると考えているのだか

ら。」


 私もほぼこれに賛成です。谷崎訳の「たいして重

い身分ではなくて、誰よりも時めいている方があり

ました。」で十分ではないかと。

 学者があれこれ騒いでいるのはいつものことで

驚きません。


 実は、入試問題でそれが出題されるので困って

しまうのです。


 1983年度、奈良女子大の入試問題です。

 

 「いづれの御時にか、女御、更衣あまた侍ひ給ひ

ける中に、いとやむごとなき際にはあらぬ、すぐ

れて時めき給ふありけり。」

【問題】下線部の「が」について、次の空欄を文法

用語で補え。

 この『が』は、イ[   ]を示すロ[   ]と考えら

れることもあるけれども、今では一般にハ[   ]

を示すニ[   ]とされている。


 この、イ~ニにどんな文法用語を補ったらいいの

でしょうか。


模範解答を一応示します。

 イ=逆接  ロ=接続助詞  ハ=格助詞

 ニ=同格

    

 勿論、瀬戸内寂聴さんも、林望さんもこの答えに

は納得されないでしょう。


 こういう「無理題」が、何の配慮もなく出題される

ところに入試の病根があるのではないでしょうか。

こんなことに目をつむっていくら正論とおぼしきこと

を述べてもどうしようもないなと私は思っています。


 この東京書籍の論文の筆者の主張に異論がある

わけではありません。こんな入試問題も過去に出題

されたことがありますよと書き留めておきたくなった

ので書きました。