白石氏の手紙は、有り難くも、またそれまでの主張と余

りにも隔たりがあったので、再度NHK出版新書編集部気

付で次のような文章を送りました。
 『かなづかい入門』の中に次のような文があります。

 源氏物語の時代以降は、「ジ・ヂ」「ズ・ヅ」以外、現代わ

れわれの発している発音のほうに近いのだから、それら

の本文は現代仮名遣で書くほうがふさわしいと思うのだ

いかがであろうか。これをわかりやすくまとめれば、

左のようになる。

 万葉集―仮名文字では全音節が表記できない。歴史的

      仮名遣は次善の策。
 古今集―歴史的仮名遣が適用できる。発音と仮名文字

      が正確に対応していた。
 源氏物語―「ジ・ヂ」「ズ・ヅ」以外は現代仮名遣で書くほ

      うが歴史的仮名遣よりも実態に近く、かつ合理的。
 芭蕉西鶴―現代仮名遣がこの時代の発音にもっとも近

      似の表記。
                   (『かなづかい入門』(184頁)

 これを読んだ上で、『うひ山ぶみ』の注釈を現代仮名遣い

で書く実験・変改にどんな意味があるかと私は訊きました。

「やはり『現代仮名遣い』で書くほうが『歴史的仮名遣い』で

書くのより、こういう点でふさわしい」という貴方の答えを期

待していました。
 「現代仮名遣いを適用するという方針のもと、現代仮名遣

いの規則にのっとって書き換えました。それ以上の意味は

ありません。それでもあえて意味づけせよと言われれば、

き換えが可能であることを証明したかったのです。」
 正直この返事には呆れました。傍線部です。注釈における

引用文は他人の書いたものを使う(引用)ことです。ここには

その表記を正確に引用することがまず要求されます。それ

でもなお、その表記を変える場合には、何らかの積極的意

味が必要だというのが常識でしょう。学者なら当然そう考え

るはずです。「現代仮名遣い」で書くほうが、「歴史的仮名

遣い」で書くよりも、実態に近く、合理的、もっとも近似の表

記とあなたはすでに書いています。私も質問の中で、表音

仮名遣いである「現代仮名遣い」はほとんどの文に書き換

えが可能だと書いています。「現代仮名遣い」で書くほうが

「歴史的仮名遣い」で書くよりも意味があるとおっしゃる意

味を改めてぜひお教え願いたく思います。


 これと関連するのですが、次の穴埋め問題は愉快でした。

Ⅰ 現代仮名遣いの「めずる」は正解ではありません。なぜ

なら、「めずる」は貴方がしばしばお使いになる架空の語だ

からです。根拠のない語です。正解は「めでる」です。

Ⅱ 現代仮名遣いの「ちょう」は正解ではありません。「とい

う」が正解です。「てう」だという答えのほうが正確ですが、

それは次善の策です。

Ⅲ 現代仮名遣いの「い」は正解ではありません。この「ひ」

は掛詞になっていて、「い」では「火」が表せないからです。

Ⅳ 現代仮名遣いの「たう」は正解ではありません。正解は

「とう」です。岩波文庫「寺田寅彦随筆集」第五巻ではそう表

記しています。表音表記が信条の現代仮名遣いはそう書く

のが正解です。吉川幸次郞氏はそれを実践しています。

Ⅴ 現代仮名遣いの「ちょうちょう」は正解ではありません。

何だったら作者に尋ねてみてください。正解は「てふてふ」

でした。それ以外を正解に認めるわけにいかないでしょう。


 大学の入試の難易度に換算すれば、体操競技になぞら

えて、B難度にすぎませんが、貴方の答えは全問不正解で

した。勿論採点者は私です。


 以上、元文科省主任調査官であり、現在大学教授の方

にまことに失礼な文をお送りするのは申し訳なく、また残

念なことですが、ぜひお読みくださいますよう、お願いいた

します。


 こんな失礼な手紙を差し上げましたが、今日学校で隣の

席にいる優秀な若い国語教員に話したところ、「先生、そ

れは真面目な解答ですよ」とたしなめられました。あるいは

本気で、お答えいただいたのかもしれないという危惧もあ

りましたが、これまでの経緯からこんなひどい返事になり、

若い教員の諫言も役立たずという始末になりました。


 もし、揶揄でなく、真面目な答えだったら、老齢故のひが

み根性としてお許し願うほかありません。


 それにしても、文語体を現代艦遣いで書く試みは認めた

くありませんが、「ミッシングリング」から始まって少々大人

げない対応になったことを心から反省しています。