2007年11月12日(月) 曇り後晴れ 室温14度C


 寒く感じる一日であった。朝、急に岡山へ出かけると決め、電話で、ベネッセの福本さんと午後1時会う約束をする。午前中空いていたので、岡山大学に出かける。目的は入試問題の入手であった。午前11時、大学会館一階で、入試課長と会う。 


 (注、入試問題をもらったときに、係が、正解もありますよと付けてくれたので、その場で、懸案に思っていた問題の正解を確認したところ予想と異なっていたので、すぐ入試課長と話し合いにはいったということです)


 1 当該問題の正解が「多けれ」であったこと

 2 こういう話をしたことを入試課長が“むかつく”と表現したこと

 この二点はこのままにしておけないこととして、後日責任者と会う約束をして帰る。



 これが、『「無理題」こそ「難題」』の一番始めに取り上げた07岡山大学の問題の、正解をもらった日の私の日記でした。


 その年の春の入試で、岡山大学は古文の問題として、若き日の夏目漱石の文語体の随筆「山路観楓」を出題しました。そして、「係り結びの法則に合わない箇所が一箇所ある。その結びを正しい活用形に直せ」という問題を出しました。


 考えられる箇所は二箇所、

 A 時雨の絶え間より萌えいづる秋の錦こそ見どころ多かれ。

 B いつしか林も通り過ぎぬ。

 

 このうち、Aの「多かれ」を「多けれ」とするのは、高校の現場では考えられないので、おそらく、Bの「ぬ」を「ぬる」とすることを要求しているのだろう、しかし、「いつしか」が係り結びを成立させるとするのは無理で、これは無理題と考えられるというのが私の考えでした。そして、11月まで、「無理題は抗議しても認められないからなあ」とあきらめていたのです。岡山大学にも入試問題をもらいに行ったので、正解がわかるとは夢にも思っていなかったわけです。


 ところが、正解はAだと大学が答える、これはたいへんだ、Aだと誤った問題になるのではないかと主張したわけです。


 そして、既に相当時間が経過しており、今更採点のやり直しは出来ないので許して欲しいという入試担当教授の申し出をこちらも了承し、ただ、この事実は公表しますよということで終わりました。


 私が、これ以上追求しなかったのは、時日がすでに経過し過ぎていることと、「正解の公表」という事実に打たれたためです。予想もしていませんでしたし、もし、岡山大学が正解を公表しなければ、そのまま、Bを正解としたに違いないと私は考え、Bでは、「無理題」とは思うが、採点をやり直せとは言えないだろうと思ったからです。


 ただ、不利益を受けたであろう受験生のことを考えると、もう少し頑張るべきだったかもしれないと今でも思っています。


 正解が公表され、納得のいく入試でありたいものです。


追記 江戸時代の国学者、伴蒿蹊に「古きものをうかがはぬが多かれば」と「多し」の已然形に「多かれ」を使った例がありました。「多けれ」を「一般則」とするわけにはいきません。