私は、人生における最も大切な一冊として、『君たちはどう生きるか』をもっています。この本については、既に数回、このブログでも紹介しました。ただ、その時の私の姿勢は「私と『君たちはどう生きるか』」でした。今日は、「私」を離れて、この書の数奇な運命と、その表記法について書きます。


 1 昭和12年   『日本少国民文庫』の最終巻として発刊される。

 2 昭和31年   『日本少国民文庫』の再編集。

 3 昭和42年   『ジュニア版吉野源三郎全集』ポプラ社より刊行。

 4 昭和57年   岩波文庫として刊行。


 この書は、1から、終戦をはさんで、2でまず改訂されました。この時は、分量を40枚ほど短縮すること、また文章表現を書き改め、漢字と仮名書きを改めました。その時、筆者はこう書いています。

 

 先きにのべたような事情で、太平洋戦争に入ると、この本も終に発行できなくなりました。そして、戦後、日本の歴史に前例のないような苦しみを通りぬけて、私たち日本人が新しい時代を迎えて立ちあがると共に、この本もふたたび世の中に迎えられるようになりました。そのとき、戦後の漢字制限やかなづかいの改革にそって、文字はだいぶ改められました。

 

 続いて、3で更に筆者は文章と用字に手を入れました。


 そして、このポプラ社版のあとがきで、「最初のものとは、少なくとも文体では、ちがってきています。自分ではそれだけよくなっているつもりですが、はたしてどうでしょうか」と述べています。

  

 ところが、丸山真男さんが、筆者は既に亡くなっているのですが、その弔辞として、岩波書店の雑誌『世界』に「『君たちはどう生きるか』をめぐる回想」を発表。その追記に「私はなんらかの機会に、この少年図書の「古典」が古典として、初版のまま無削除に出版されるのを希望する次第です」と記し、それが岩波書店を動かすわけです。


 昭和56年5月23日 筆者吉野源三郎氏逝去

 昭和57年11月16日 岩波文庫『君たちはどう生きるか』第一刷発行


 その文庫版の最後、[編集付記]は次のように記します。

 一、底本には『君たちはどう生きるか』(新潮社、一九三七年八月一〇日刊)を使用した。

 一、底本の旧字体・旧かなづかいを新字体・現代仮名遣いに改めるとともに、振仮名を整理した。


 私が言いたいのは二点です。


 1 丸山真男さんはどうしても初版を復刻したかった。


 2 しかし、表記は、新漢字・新仮名遣いを受け入れた。


 たしかに、筆者の戦後の用字改革への順応が頭にあり、新漢字・新仮名遣いで書くことに抵抗はなかったかもしれません。

 しかし、用字も内容と密接に結びついていると考えるならば、当然、旧漢字・旧仮名遣いで復刻することを主張するのが当然です。

 それをしなかったこと。丸山真男さんの見識と考え、私は素晴らしいと思うのです。


 現在、岩波文庫版は約90万部出ているそうです。それもこれも、読みやすく、内容が素晴らしいということにつきるのではないでしょうか。


 口語体の文章は新仮名遣い(現代仮名遣い)で。文語体の文章は旧仮名遣いで、というのが私の思いです。


 昨日の続きのつもりでした。