平成十五年当時、『源氏物語』の解釈について、新しい何かを付け加えるなど思ってもいませんでした。ただ、高校の古文の教員として、やはり、『源氏物語』ぐらいは読んでおかなければという気持ちでした。さいわい、ワイド版『源氏物語』を手に入れました。


 もし、今、高校の先生方が『源氏物語』を読みたいがどうしたらよいかという相談を受けたら、まず、このワイド版『源氏物語』岩波書店をぜひ手に入れるように薦めます。

 現在、これ以外に、書き込みを許す格好の本はないと思います。これから先、あるいは原文だけの電子本が出てくるかもしれません。しかし、その原文が『源氏物語』として、より一般的な表記でできあがっているとは限りません。現在、考え得るもっとも最良のテキストはワイド版岩波文庫だと思われます。


 次に常にひく辞書について書きます。

 私は大修館『古語林』が源氏物語を読む際の簡単な辞書として最もふさわしいと考えました。理由は、この辞書は、複合語に強く、なおかつ『源氏物語』の用例が多いことです。

 私は、右手に黄色の”DERMATOGRAPH”を持ち、辞書に線を引きながら、なお、鉛筆で頁番号をひきました。(マーカーの方がいいのですが、辞書の紙質では、裏にマーカーの印がうつってどうしようもありませんでした)

 一例です。「直有り」という複合語をひくと、「なほ」のところにあって、「平凡である。とりたてて優れたところがない」として、源氏「螢」の例があがっています。私は、この余白に「③133」と記しています。

 ③の133頁の例は「かの、つれなき人の御有様よりも、直もあらず、思ひ出でられて」(行幸)です。「どうしても・特別(平凡でない)」の意味です。このような例に当たるものは他の小さな辞書には見いだしませんでした。


 この「源氏物語」を読む間、最も使ったのはこの「古語林」でした。一杯黄色の線引きと、鉛筆書きの数字が残っています。今思い起こしても懐かしいものです。

 ただ、この辞書は一年足らず使っているうちに、本体と表紙とが完全に離れてしまいました。造本の欠陥です。いい辞書ですから、出版社は造本をもっと大切にして欲しいと思います。私は漢和辞典では三省堂『漢辞海』を愛用しています。内容ではなく、その紙質が私の指にぴったりだからです。こんなことも辞書を選ぶ条件になるのかと思うのですが、実際には大きな条件だろうと思っています。


 大きな重い辞書は当然、大切に使います。しかし、いつもひくことは到底出来ません。経験上、そばに置いていつもひくものとしての小型辞書の選択はきわめて重要と思って書きました。