昨日の続きを書きます。連想でつながったものです。「無理題」ではありません。しかし、「無理題」に遊ぶというテーマだからまあいいかと思って書きます。


 恥ずかしく、しかも心楽しい経験です。


 1999(平成11)年、5月、私は勤務している高校のもっとも優れたクラス(6年理系1組)の国語の授業を担当していました。彼らは、塾に通い、授業ではほどほどに、いや、雑談が彼らの実力に変わる(こんな優秀なクラスもあるのです)、こんなクラスでした。例の通り、こんな話を知っているかということから授業に入りました。


 1999年5月5日、衝撃的な事実が報道されました。「Mallory's Body Found on Everest」

 英国人の登山家ジョージ・マロリー氏の遺体が、75年ぶりに山頂近くで見つかったという報道です。

 マロリー氏はご存じの如く最初にエベレストに登頂したのではないかと言われている人です。詳しいことは省略します。

 マロリー氏は「なぜ山に登るのか」と聞かれて、「そこに山があるからだ」と答えた、名文句で有名な人です。


 私は黒板に、

 「『なぜ山に登るのかと聞かれて、そこに山があるからだと答えた話は有名だが、それは答えになっていないと同時に答えになっている。』

 右の文章について、なぜ『答えになっていないと同時に答えになっている』のかを説明せよ。(200字以内)(1976 お茶の水女子大)

と書いて、生徒と話し合いました。これは大学入試国語問題です。「なぜ、山に登るのか」という質問に対してのまともの答えは何か。また、他の動物は登らないのに、人間だけが登ろうとするその意欲とは何かなど意見を聞きました。

その議論の詳細は今省略します。


 その時、一人のおとなしい、日ごろあまり発言しない生徒が、「先生、マロリーは英語でどう言うたん」と言いました。


 私は背筋を何かが走りました。そして、汗がパット出てきました。予想もしていなかったのです。「マロリーが英語で何と言ったか」は想像もしていなかったのです。


 それからはしどろもどろ、残りの時間をどう過ごしたか覚えていません。


 職員室にかえって、当時コンピューターにくわしい物理のM先生にお願いしました。何とかマロリーの「そこに山があるからだ」をそのままの形で探してくれと。


 幸い、1時間後に「Because it is there.」を手に入れました。その印刷したものを教室に持参して、貼り付けました。


 生涯で冷や汗をかいたことは何度かありますが、この時の冷や汗は忘れません。 

しかし、後から考えると、本当に、心楽しい経験でした。


 この生徒たちは、卒業の時、一枚の皿をくれました。寄せ書きがしてありました。「古文の授業よりも先生の雑談が楽しかった」というのがいくつかありました。

 私、64歳の時の思い出です。一番憎らしかった生徒は、「次に会うときはあの世かなあ」と書いてくれました。

 恥ずかしくも、心楽しい思い出です。