上写真:朝日 茂

下写真:堀木文子


食糧管理法違反事件は米の流通について

朝日訴訟は生活保護費について

堀木訴訟は障害福祉年金・児童扶養手当について


これらは国民の最低限度の生活を営む権利を国と争った事件です。
かなり関連性が強いので両方一気に取り上げたいと思います。


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の前に、、、少し豆知識をw

憲法25条:すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

生存権とよばれ、誰もが知るものですね。
社会保障制度はこの生存権を守るための制度であります。



この『生存権』がいつどこで誕生したのか?


第一次大戦敗戦直後のドイツにて1919年に制定されたワイマール憲法の中で世界で初めて『生存権』が規定されました。

当時、このワイマール憲法は世界一民主的な憲法と評されました。
敗戦後、ドイツ国民は文化的で民主的な社会を求めたワケなんですね〜
にも関わらず歴史に名を残す独裁者ヒトラーを生んでしまったかことは皮肉なことです。




そしてドイツと同盟国だった日本はこのワイマール憲法の影響をモロに受けるわけです、、、


はい、前提知識はここまでです!
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戦後日本では米は国が管理し、勝手に売ってはいけないという法律がありました(食糧管理法)。

国民は国が用意した配給米だけ食べなさいっていう法律です。

ただこの配給の量が全く足りません。

それで違法に闇市で売る輩が続出します。

もちろん彼等は摘発されるわけですが、
逆に『配給米だけで生活できるか!ワシらには生存権があるんじゃい!こんなクソな法律違憲じゃい!』と国が訴えられてしまいます。

事実、法を遵守するあまり闇米に全く手を出さず餓死した裁判官(山口 良忠)がいた程です。。。

その判決文がなかなか酷いんですよ。
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食糧管理法違反事件
最高裁判決-昭和23年(1948年)9月29日-
(超省略&日常語訳)

憲法25条の規定は、国民が健康で文化的な最低限度の生活を保障するものではない。
あくまで、そうなっていけたら良いよね〜っていうプログラム(指針・目標)に過ぎないから、君らの訴えは何の意味もない!!!!

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えぇ〜〜、、、って感じですよね。


これはプログラム規定説といわれ、ワイマール憲法の生みの親ドイツで用いられていました。

敗戦後のドイツはいくら民主的な憲法を作っても、現実的には実現不可能で、『絵に描いた餅』に過ぎなかったわけですね。

❶ドイツの影響を受けていたこと
❷戦後日本の状況

❶❷が合わさって日本もプログラム規定説を採用してしまったのです。

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さてそんなこんなで月日は流れ、

岡山の診療所に、結核を患った朝日茂(記事1番上の写真)が居ました。

彼は病気から働けず生活保護と医療扶助を受けながら生活していたのですが、月々600円で生活しなければなりませんでした。
(どのぐらいの貨幣価値か分かりませんが、生活を切り詰めて1年貯金してやっとパンツが1着買えるぐらいとのこと、、、ひでぇ)

さすがに朝日さん役所に『もう少し生活保護費をください』って嘆願します。

すると役所はどこからか朝日さんの兄を見つけてきて月々3000円仕送りするよう命じます。

お兄さん『私も厳しいので、、、1500円ならなんとか、、、』

それでも朝日さんは感謝の意でいっぱいでした。


にもかかわらず、役所はその1500円のうち900円を医療費として徴収して、生活保護を辞め、

『残りの600円で生活するこったな!』

これに激怒した朝日さんが国を相手に生存権侵害を訴えるわけです。

人間に値する生活とは何かを問う裁判であったため、『人間裁判』と呼ばれ社会現象的に
国民の関心が集められました。

まず第一審 
『憲法は絵に描いた餅ではない』
生存権は国民の有する権利で、
国はそれを保障する義務を負うとし朝日さん勝訴
(プログラム規定説の不採用!!!)

次に第二審
『最低限度の生活水準は色んな事情に左右されるので、たしかに600円は低いけど違憲とまではいえない』として朝日さん敗訴

そして最高裁なかばに朝日さんは亡くなってしまいます。

しかし最高裁は『念のため判決(これで一語)』を出して意見を付しました。

①憲法25条はあくまで国の責務を宣言したにすぎないこと。


厚生大臣の定める保護基準は、生活保護法の事項を遵守したものでなければならない。
結局には憲法の定める健康で文化的な最低限度の生活を維持するにたりるものでなければならない


③とはいえ、厚生大臣の裁量は大きく認められなければならない。

④その裁量を逸脱する場合は違法である。


この判決は最高裁がプログラム規定説にたつのか、抽象的権利説にたつのか曖昧で、学者も頭を抱えるところです。

①だけみるとプログラム規定説を前提としているのは確実ですが

②以降、厚生大臣は生活保護法に拘束されて間接的に生存権を保障する意味合いが示されているので、抽象的権利説とも解釈できます。

また、裁量を逸脱した場合に『違憲』ではなく『違法』であると言っている点も、憲法25条に法規範性を認めたかどうか曖昧となっています。

なので最高裁がプログラム規定説なのか抽象的権利説なのかは不明です。
この点に、学生は自分の解釈を説得的に説明できなければならないので、大変です。。




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はい最後!
堀木訴訟ですね。

堀木文子さんは目の障害を抱えながら
シングルマザーで子供を養ってました。

ですから今まで受け取っていた障害福祉年金にプラスして児童扶養手当の申請をしたら、県知事がが『ダメダメそんなの。両方もらうのダメって書いてんじゃん』と断られました。

それで堀木さんが訴えたわけです。


第一審では
優しい裁判官は憲法25条では堀木さんが勝てないのわかってるので、憲法14条(法の下の平等=差別禁止)を取り出して、
堀木さんへの差別だからって勝訴させました。

第二審では
・憲法25条1項は最低限の生活を保障していないこと(今まで述べた通り)
・憲法25条2項について、お金の使い道は行政の裁量で決めることができること

この2点を理由に合憲判決(堀木さん敗訴)

このように、1項、2項を分けて論じることを

1項、2項分離理論といいます。
(結論はかわりませんが、、、)
斬新で新しい切り口で注目を集めました。


さて最高裁判決ですが、この分離理論を、採用せずに結局、堀木訴訟と同様の結論です。

プログラム規定説を前提(朝日訴訟最高裁判決①参照)として、福祉政策は広い裁量に委ねられているとしています。その裁量の範囲を明らかに逸脱した場合を除いては司法審査の対象にすらならないという点も共通です。