4月26日  火曜日

 

 朝からまたアルバニア国境まで乗馬する予定だったが4月末というのに、降雪で無理とのこと。明日まで待つかかなり迷ったものの、このBLOD、5分もあれば周囲をグルッと周れる、過疎化の村。人口800人とはいえ周辺部も含めた話で中心部は100軒程度しか家もない思われる。そんなところで美しい景色だけで1日過ごすのも耐えられないので、ここを後にしてプリズレンに向かう。ここもかつての城塞都市、リアル「物見塔」が存在する。この辺りは各都市ごとに「物見塔」があり、やはり外敵の侵入から都市を 守ることは最重要なことであっただろうと思われる。ここでコソヴォ入りして初めて日本人2人組婦人にお会いする。話を聞くと修道院を泊り歩いているらしい。おそらくカトリックの方でご本人は巡礼の旅の感覚ではないかと思われる。

  

4月27日 水曜日

 

 プリズレンを出発する。ここのホテルで働いている24歳の男性に何気なく話しかけると彼はベネズエラ出身という。彼ならスペイン語のJW動画見せて証言しようと思うが、Wi-Fiが遅すぎてダウンロードが進まない。でもベネズエラはJW率0.5パーセントのJW先進国。証言すると当然よくJWのことは知っている。それもそのはず、彼の姉はJWで、彼も時々誘われてKHに行ったこともあるらしい。今はベネズエラは大変なことになっていて治安の悪化は尋常ではなく白昼強盗も当たり前、スーパーインフレにより経済が麻痺して、外貨にして一カ月 10ユーロしか稼げないらしい。

  プリズレンを出発して3時間でアルバニアの首都ティラナに着く。歴史博物館に行くとアルバニアがいかに列強の喰いものにされてきたかがよくわかる。この国1992年までは鎖国をしていた。鎖国が解かれるまで、人々はピザ、バナナさえ知らないほどの状態だったらしい。もちろん車なんて病院か警察くらいしか乗れなかったという。

  この日は集会に行くがイタリア語だった。もちろんアルバニア語でもイタリア語でもどっちもわからないのでどっちでもいいのだが。アルバニアはイタリアに近いのでここティラナで2万人のイタリア人がいるという。アルバニア自体は日本と同じようなJW率。まあまあ普通に知られている。成員は30人くらいしかいなかった。