✳️【南京ののどかな風景】
小林よしのり せっかくだから、こちらも写真を出します。
東宝文化映画部制作の記録映画『南京』の一コマです。
日本軍の保護を求めて殺到する中国人!日本兵のすぐ脇で遊んでいる子供!のどかなのどかな南京の風景!
1937年暮れから翌年正月にかけての南京城内の風景であることは間違いありません。撮影者、時、場所の特定された第一次史料です。
中国側の弁護士 そんなの街のごく一部を写しただけだし、ヤラセかもしれないじゃないか!
小林よしのり そうですか?南京は東京の世田谷区より狭く、城壁で囲まれ、門を塞がれたら逃げ場がないんですよ。そんな街の一部がこんなに穏やかで一部では大虐殺がおこなわれていたなんて本当にありえるだろうか…まあ、判断は陪審員にお任せしましょう。 小林よしのり〈新ゴーマニズム宣言スペシャル 戦争論2〉より
✔️【真相〈ヤラセは可能〉】
ほかの記事にも書いたことですが、南京大虐殺の「南京」とは広大な南京特別市全体を指す言葉であり、大虐殺がおこなわれている中でほかの場所でヤラセ写真・ヤラセ映像を撮ることなど造作もないでしょう。
【マギーフィルム】
ところで、大虐殺なかった派がぜったいに触れないものに「マギーフィルム」というものがあります。
マギーとは南京安全区国際委員会のメンバーで、南京国際赤十字委員会委員長でもあったジョン・マギー牧師のこと。
彼は16ミリフィルムのカメラを趣味にしており、なんと日本軍の蛮行を記録し続けていたのです。
【カ・シュクキンさん一家惨殺】
フィルムには日本兵に強姦され、性病をうつされて入院した中国人少女の映像など様々なものが記録されているのですが、最も有名なのがカ・シュクキンさん一家惨殺の映像。
当時7歳のカ・シュクキンさんと、4歳の妹以外の10数人が日本軍に惨殺され、その死体の映像をマギーが記録していたのです。
【ジョージ・フィッチの活躍】
ちなみに現場にはドイツ大使館のローゼン書記官も一緒に駆けつけており、さらにYMCA国際委員会書紀のジョージ・フィッチがフィルムを上海に持ち出すことに成功。
フィッチは上海で現像したフィルムを持ってアメリカに渡り、講演旅行をおこないました。
このように証人が多くおり、マギーフィルムがヤラセでないことがわかると思います。
まあ、判断はユーザーのみなさんにお任せしましょう(笑)。
【マギーフィルムを無視する田中正明】
最後にもう1つ。マギーに関する論争といえば次のようなものもあります。田中正明〈南京事件の総括〉から引用します。
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米人マギー牧師は2日間にわたって日本軍の犯罪行為を並べ立てたが、ブルックス弁護人の反対訊問にあって、マギー証人が殺人を目撃したのはたった1件、それも占領直後日本兵に誰何されて逃げ出した男が射たれるのを見たというのである。
南京安全区国際委員会のメンバーとして、日本軍の占領期間中、日本軍の行動を監視するために自由行動をとっていた米人牧師が、その目で見た殺害事件は前述の1件、強姦1件、窃盗1件のわずか3件のみで、ほかは全部伝聞に属するものであったことが暴露されている。
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が、肝心のマギーフィルムについては、田中正明はなぜか無視を決め込んでいます……。
ちなみに「マギーが目撃した殺人は1件だけだった」という主張がどれほど幼稚なものなのかは、〈南京事件FAQ〉というサイトに詳しく書かれてあるので、興味がある方は自分で確認してください。
【まとめ】
●のどかな南京のヤラセ映像など、いくらでも作ることができた。
●日本軍の蛮行が記録されたマギーフィルムという決定的な証拠が存在する。