新刊「ゆさぶる。企画書」(日経出版)発売 | 村山涼一のマーケティング備忘録

村山涼一のマーケティング備忘録

日々のマーケティングについて得た知識、考えたことの備忘録

21世紀も10年以上過ぎた現在、企画書のあり方が変わってきているように思います。


 結論から言えば、人の心をゆさぶるものでなければ通用しませんし、時と場合によって、変幻自在に変わる企画書でなければ通用しなくなってきました。


 以前書いた本では、企画書には共通の論理があって、分析からはじまり、戦略を立てて、展開案に広げていくとご紹介しました。これは砂時計のように、逆三角形の思考をして、必要な情報を分析し、ひとつの地点を目指し、次には、そこを始点として、基本戦略、戦略各論、展開案と広げていくというものです。


そして、この論理の通りに企画書を作れば、誰でもすばらしい企画書を作ることができると主張しました。


この主張の背景には、バブル景気が崩壊して、日本のあらゆるものが縮み、科学性や客観性が重視されるようになったことがあります。同時に、インターネットが発達して、誰でも簡単に情報が入手できるようになったこともありました。


 つまり、誰もが自分の企画の科学性、客観性を裏づけられるから、この砂時計型思考が最適だと考えたのです。


しかし、このような考え方が時代にそぐわなくなってきました。


ひとつには、分析ありきの企画書がセオリーではなくなったことです。


分析ありきですと、どうしても既存市場から発想してしまうので、優れたアイデアが出にくくなります。また、分析が前提と企画をしますので、消費者が気づいていないニーズや市場動向を見つけることが難しくなります。また、市場をどんどん細分化してしまいますので、そこから大きなヒットが生まれにくくなります。


このような事情から、砂時計型思考がオールマイティーではなくなってしまいました。


そしてもうひとつは、世の中が「清貧の時代」になったことです。


1992年にベストセラーになった本に、「清貧の思想」(中野孝次著)があります。1992年ですから、バブル景気がはじけ、世の中が病んでいた時です。その病んでいた世の中の反動として、清貧に生きようという、その主張が人々に評価されたのでした。


あれから20年。


あの時とは逆転し、世の中は清貧の思想にあふれた、「清貧の世の中」になりました。


これには東日本大震災が大きく影響しています。あれから人々は、お金よりも、人と人の絆を大切にするようになりました。また恒常的なデフレは、多くのお金を稼がなくても、満足の行く生活をさせてくれるようになりました。


家を持とうと考える人は少なくなり、借家でフローな生活を楽しむ人が増えました。さらに、他人と部屋をシェアするという考え方さえも浸透してきました。


衣服にブランドを求める人は少なくなり、低価格で、自分の信念に合ったものを選ぶ人が圧倒的に増えました。


内食が家族の絆をいちばん感じられますし、外食するにしても、低価格で楽しめるお店がたくさんあります。安いとはいえ、味もおいしいので、これで大満足です。


このような現象が、「普通」の価値さえもデフレにし、下げどまったところでの満足をあたりまえのものとしてしまいました。つまり、普通の絶対値が下がってしまったのです。


そして、その反動として、決まりきったモノ・コト、つまらないモノ・コト、あたりまえのモノ・コトを許さなくなりました。ポストバブルの時に、その反動として、「清貧の思想」が売れたように、清貧の時代では、人の心をゆさぶるようなモノ・コトでないと評価されなくなってしまいました。


確かに最近ヒットしたものを考えてみると、テレビドラマ「家政婦のミタ」、北野武氏の映画「アウトレージ」、美魔女、(コモディティになる前の)AKB48やももいろクローバーZ、マツコデラックスさんやミッツマングローブさんなど、人の心をゆさぶるモノ・コトばかりであり、こういうモノ・コトでないと、ヒットしないのです。


 そこで本書では、企画書の要件である5つのポイント(コンセプト、商品企画、分析、ターゲティング、表現)に対して、人の心を意識的にゆさぶる4つの方法を提示することで、自由度が高く、おもしろい企画書を作ることを目的としました。

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