前の記事で紹介しているように、アメリカが原爆の開発に踏み切ったのは、いつ勃発してもおかしくなかった第二次世界大戦最大の敵国となるナチス・ドイツが、その時すでに原爆の開発に着手していることを知ったからです。
この時代の傑出した物理学者のどれほど多くがドイツ国籍の人間だったかを知っている人には、これが如何に危機的なことだったかが想像できます。
しかし、不幸中の幸いだったことは、そうした物理学者の多くがユダヤ人で、ドイツや周辺諸国からアメリカに亡命していたことです。
ナチス・ドイツが原爆の開発に着手しようとしていた時、アメリカの政治家や軍関係者及び科学者の誰一人として、そんな爆弾の開発を可能にする物理理論があることなどまったく知りませんでした。
そのことをルーズベルト大統領に教えたのは、アメリカに亡命していたユダヤ人物理学者のレオ・シラードです。
シラードは無名だったので、同じようにアメリカに亡命していたアインシュタインに依頼して、アインシュタインからの親書としてそれを大統領に宛てて送ってもらっています。
1939年のことです。
しかし、実際にアメリカで原爆の開発(マンハッタン計画)が承認されたのは1942年10月です。
そのことは、その間誰も事の重大性を誰も理解することが出来ないほど、その時のドイツとアメリカの政治家や物理学者のレベルには差があったということを意味しています。
実を言うと、この時代の原子核物理学で世界の最先端にいたのは、ドイツと日本(「研究第一」を理念とする東北大学)だったのです。
しかし、アメリカがドイツや日本を圧倒的に上回っていたものがあります。
それは、経済や資源や外交といった全体的な国力です。
アメリカはそうした力によって、1943年9月にイタリアを無条件降伏させ、1945年5月には総統ヒトラーを自殺に追い込み、その後ドイツを無条件降伏させました。
第二次世界大戦は、ざっくり言うと、ドイツ・イタリア・日本などの枢軸国VSアメリカ・イギリス・フランス・ソ連などの連合国の戦いだったので、この時点で敵国として残っていたのは日本ただ一国になっていました。
これが何を意味しているかというと、誰がどう見ても日本の無条件降伏は遅かれ早かれ時間の問題で、もはや原爆を使って叩き潰すべき相手ではなくなっていたちうことです。
だから多くの科学者はアメリカの大統領に、これ以上の原爆の開発を思いとどまるように嘆願しています。
「その完成は、人類の悲劇になる」
そう危惧したボーアは、1944年、ルーズベルト大統領に「核分裂に関する秘密をソビエトを含めた連合国で分かち合い、国際条約を結んで核兵器を管理すべきではないでしょうか」という信書を送っています。
しかし、この信書は完全に無視されました。
ルーズベルトに無視されただけでなく、この話を知ったイギリスのチャーチルに至っては「そんな男はすぐに刑務所にぶち込め!」と、激怒しています。
翌年初頭には、シラードから「核兵器を国際的な管理のもとにおいて欲しい」という、数多くの有名な科学者の署名の入った嘆願書がルーズベルト大統領に送られています。
「原子爆弾を実際に使用してその破壊力を証明してしまえば、アメリカ合衆国とソビエト連邦との間に、核兵器の開発競争が起こると思われます。それが最大の懸念です」
しかしアメリカはこうした嘆願のすべてを完全に無視し、オッペンハイマーや研究者たちを鞭打つようにして、原爆の完成に向かって突き進ませています。
問題は「それは何故か?」ということです。
アメリカ合衆国政府は、この状況の中で、なぜ原爆の開発を急いだのか?
おそらくその答えは(あくまでも憶測になりますが)、マンハッタン計画にはこのとき既に労働者4万5千人と研究者2万5千人が動員され、投入された資金はアメリカの自動車産業の規模さえ上回るほどの莫大なものになっていたことと無関係ではなかったと思われます。
このまま戦争が終わってしまえば、原爆開発を突き進めた政治家たちは「そのようなことは本当に必要だったのか」問われることになります。それだけでなく、心血を注いで挑んだ人々の労力と予算と心身をすり減らした苦労のすべてが何の評価もされないまま消えていかなければならないことになります。
そう考えたとき、その計画に関わっていた政治家たちの頭の中に、「すでに勝敗は決しているが、まだ降伏していない国が一つだけ残っている。まだ降伏していない日本が降伏する前に原爆を完成させ、それを日本に落とすことで日本を無条件降伏させ、それによってアメリカ合衆国が原子爆弾という圧倒的な破壊兵器を手に入れたということを世界に知らしめ、マンハッタン計画が決して無駄なものではなく、大きな成果をもたらすものだったのだということを自国民にアピールする道が残っているのであれば、そうすべきである」という考えが浮かんだとしても、それは自然なことだと思います。
しかしその実行は、ただ日本が敵国と言うだけの理由では不可能です。その実行は原爆使用を正当化するための「日本は原爆を落とされて当然の国だったのだ」というプロパガンダ込みになります。
あくまでも、これは私の単なる憶測でに過ぎませんが、もし仮にそうだったとしても、だからと言ってそれを非難しようという気は、私にはありません。
ただ「たぶん、そうだったのではないのかな」という気がしているだけです。(*^▽^*)/~~
ルーズベルト大統領は、原爆が完成する直前の1945年4月12日に高血圧性脳出血で急死しています。
代わって大統領に就任したのは、副大統領だったトゥルーマンです。
大統領に就任したときのトゥルーマンは、同じ民主党の副大統領だったにもかかわらず、マンハッタン計画のことを何一つ知らされていませんでした。そのため、原子爆弾に関する書類が回ってきても興味を示さず、戦勝国となった後の、同盟国や敗戦国に対する事務処理に没頭していたと言われています。このあたりの秘密情報管理の徹底はさすがだと思います。
しかし原爆に何の興味も持っていなったトゥルーマンも、トリニティでの人類初となる核実験を目にした後は一変して、原子爆弾に強い関心を持つようになっています。
核実験の後、オッペンハイマーはそれを日本に使おうとしているトゥルーマンに対し「私は、自分の手を血でに染めてしまった気がします…」と自分の苦しい胸の内を告げています。
そんなオッペンハイマーに対してトゥルーマンは、ハンカチを差し出して「これでぬぐったらどうかね」と言っただけだったと言われています。
トゥルーマンはドイツの敗戦処理を話し合うためポツダム会議に赴き、そこで会ったスターリンに、「アメリカは非常に強力な兵器を手にした。ニューメキシコの砂漠での実験も成功した」と誇らしげに告げ、相手の驚くさまを見ようとしたと言われています。
しかしスターリンはそのことを、アメリカに送り込んでいた多くのスパイを通して詳しく知っていたので、全く驚かず、こう告げたと言われています。
「日本に対して使ってください」
今回の記事も、以下の電子書籍からは割愛したものです。
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今回の記事は以上です。
みんな幸せになりますように。
サイラム<(_ _)>
