この本を知っている人はいるでしょうか?
↓
1993年5月1日付で三五館より出版され、その後爆発的に重版を重ねてベストセラーとなった本です。(既に絶版になっています)
著者について本の奥付には以下のような紹介があります。
《1959年生まれ、東京大学教養学部、同大学院相関理化学専攻・博士課程修了。量子物理化学を専門としながら、人間の精神性にも関心を持ち続け、自ら日々の瞑想を欠かさない。現在、東邦大学医学部客員講師。…なお、1995年出版著書の奥付によれば、その後、カリフォルニア州立大学客員教授、東洋伝承研究所副所長となられたようです…》
『理性のゆらぎ』には、雑誌『THE WEEK』(1990年12月9日号)からの抜粋として、次のような記事が紹介されています。
〔サイババが、神の化身としてこの国で最も崇められる存在であることは疑いようがない。何人もの聖者を輩出するこの国においても、地図にも載っていない小さな村の少年サティヤ・ナーラーヤナ・ラジュが、尊神サティヤ・サイババになったのは驚くべきことと言える。
彼には、スワミ・チンマヤナンダのような洗練された雰囲気や、世界中を飛び回って、医師や学者の取り巻きをかかえ、一財産築いたヨギのようなところはない。しかし、聴くものをうっとりさせるその声や慈愛に満ちた眼差し
チリチリの黒髪やオレンジ色のローブは、無数の人々をプッタパルティへと引きつける。
彼にはあらゆる種類の人々が帰依している。
著名な科学者や哲学者、現役の政治家たちが、何のためらいもなく彼の足元にひれ伏す。
著名な学者であるシャンカール・ダヤル・シャルマ、首相のマリ・チャンナ・レディ、前最高裁長官 P・N・バグワティ、前国防大臣 S・P・チャパン、マスコミ界の大立者ラムナート・ゴエンなど、今回見かけただけでもそうそうたる顔ぶれである。
そして、誕生日の当日には、R・ヴェンカタラマン大統領自らが出席していた。彼はサティヤ・サイ大学の表彰式に出席し、次のように述べた。
「ババの五つの根本原理 ー 真理・正義・平安・愛・調和を実践しようではないか」
サイババの魅力の一つは、いわゆる『奇跡』にある。
彼が、聖なる灰や神々の像、指輪やネックレスを虚空から取り出し、歩けなかった人を歩かせ、喋れなかった人を喋らせ、死人さえも甦らせたという証言は枚挙にいとまがない。
海外からは、98か国・約1万人の信者が集まっていたが、本誌がインタビューした人たちは、いずれもサイババの奇跡を疑っていなかった。
それどころか、何人もの外国人が、ババが自宅に(noyama注釈・アムリタと呼ばれる聖なる)蜜を物質化してくれた、あるいは、ババの写真から聖なる灰(注釈・ヴィブーティ)が現れた、と証言した。
奇跡というものを認めない、いわゆる合理主義者たちはサイババを攻撃するが、日ごとに高まりゆくそのカリスマ性を説明できない。
こんにち、サティヤ・サイ奉仕財団(オーガニゼーション)は100か国に約1000の基金を持ち、多数の、小、中、高等学校、大学、病院、老人ホーム等を(noyama注釈・無料で)運営している。
頑固な合理主義者たちも、これらの機関の業績だけは認めないわけにはいかないのである〕
著者の青山氏はこの後こう続けています。
『世界中で出版されたサイババに関する書籍はすでに1000冊を超えている。これは、ある意味で驚異的な数字といえる。なぜなら、サイババの奇跡のほとんどが個人を対象に密やかに行われ、その人たちのほとんどは、サイババとの間に起きた不思議な出来事を本にしたり、その感動をテレビでしゃべったりしはないからである。また、世界中の無数の人々がサイババの奇跡を信じ、あるいは、それを実際に体験し、インドを中心として約五千ヵ所にサイ・センターが設立されているという。
しかし、この奇跡の人物は日本ではほとんど知られておらず、これもまた ”奇跡的” と言っていいくらいである。』
なぜ私がこれを紹介したかというと、私自身がサイババの奇跡を数えきれないほど多く体験してきた人間の一人であり、その体験のほとんどを誰にも話さずに生きてきた人間であり、「ここに書かれていることは真実だ」と証言できる人間だからです。
なぜサイババとの間に起こった不思議な体験を誰にも話さずに生きてきたかというと、話しても頭おかしいと思われるだけで、話して得することは何もないと思ったからです。
サイババを知るまでの私は、墓参りも拒否し、仏壇にも手を合わせず、初詣にもいかないような無神論者として生きていました。
そして、サイババをテレビの特番で知った時は「こんなものを信じる奴は救いようのない馬鹿だ」「糞だ!」とあらん限りの罵詈雑言を心の中でサイババとその帰依者に浴びせていました。
サイババが日本で広く知られるようになったのは1993年以降で、オウム真理教の地下鉄サリン事件が起こるまで、多くのテレビ局で特番が放送されました。そのきっかけを作ったのは「理性の揺らぎ」です。
当時この本はどの書店でも一番目立つところに平積みされていて、それが目に入るたびに私は「どこの馬鹿がこんなものを買うんだ」「こんな本を買うようになったら人間は終わりだ!」と憤慨しながら通り過ぎていました。
しかしそんなある日私は、いつものようにショッピングモールで買い物したあと線路をまたいでいる駅ビルを通って帰宅する途中の書店に平済みされていた「理性の揺らぎ」を見て「あほか」とむかつきながら通り過ぎた後になぜか「理性の揺らぎ」を買ってしまっていました。
なぜ買ってしまったかというと、駅ビルに辿り着く前に、なぜかいつもとは違う脇道に足を踏みいれてみたくなり、その道の先にあった小さな古本屋に辿り着き、中を覗くとそこに新品同様のきれいな理性の揺らぎが一冊だけ目につくように値札を付けて置かれていて、その値段が驚くほど安かったからです。
その値段を見たときなぜか「これだけ安いのなら、どれだけくだらないことが書いてるのか読んでみるのも一興かもしれない」という気になり、買ってしまったのです。
それが、その後に用意されていたサイババとの物語が始まった瞬間でした。
これからその物語について書いてみようと思っているのですが、そう思ったのは今回が初めてではなく、これまでも何度かあって、いずれの時もすぐに断念しています。
物理学の話ならどんな理論も人智の及ぶ範囲の話なので比較的簡単に書けるのですが、サイババ様の話になると(特に今まで書いてこなかった個人的な体験を絡めた話になると)、何をどう書いていいのかわからなくなり、結局何も書けなくなるのです。
なので、今回も書けなくなる可能性大なのですが、これを書くことは自分に与えられた仕事の一つであるような気がしていたりもするので、とりあえずこうしてキーボードをたたいているところです。
この記事は、以下の画像を紹介して終わります。
以下の画像は、サイババを神の化身と信じるようになった後も、それまでの自分を振り返ればサイババに会う資格が自分にあるとは思えず、もし会いに行ったりすればサイババに「お前は、自分にその資格があると思っているのか」ということを思い知らされる出来事が待っているような気がして、それを恐れてサイババに近づこうとしなかった私を、目に見えない神の投網で捕獲するようにして2000年5月インドに呼び寄せ、そこで神秘体験を与え、翌年5月の三度目のアシュラム訪問の時、サティヤサイオーガニゼーションジャパン(ssoj)青年部のメンバーが、日本で何カ月も練習に練習を重ねて準備していたサイババ様に捧げるための劇に、サイババの降誕に立ち会うブラフマー神の役で出演させていただいたときのものです。
この時私はssojのメンバーではなく、アシュラムにはあくまでも一般の人間として行っていたので、劇に出演する予定はなく、資格も持っていませんでした。
さらに言えば、私に与えられた、サイババのご降誕に立ち会うブラフマー神の役そのものが、上演される直前までその劇には存在していませんでした。
この役は、上演される直前になって突然サイババ様から劇にダメ出しがあり、それによって急きょ追加されたものです。
追加されたのは他にもビシュヌ神、シヴァ神があり、それぞれアシュラムに滞在していた日本人の中から選ばれました。
画像は、劇が終わったあと(予定にはなかったのですが)、ババがわざわざ祝福するために舞台に上がってきてくださった時のものです。
真ん中で合掌しているのが私です。
画質が悪いのは、23年前にVHSにダビングしてSSOJから記念品としていただいていた映像を、今回PCに取り込んでスクショしたものだからです。
この世を創造したブラフマー神の役なので、顔が三つある被り物を被っています。
舞台メイクが素顔に近い日本人は、プライバシー保護の観点から、いちおう目だけ消しておきました。
向かって左の方は、サイババの青年時代を演じた日本の青年です。
劇の中でサイババを演じることをサイババが許したのは、これが最初だと言われています。
ちなみに、インド人以外で、最初にヴェーダをサイババがいる公の場で唱えることを許されたのも日本人グループだといわれています。
劇が上演された会場。
会場入りするサイババ
とりあえず、今回の記事は以上です。
みんな幸せになりますように。
サイラム<(_ _)>




