地下で拾ってきた韓国の芸能サイトにアップされていたNGT48荻野由佳の画像。
👇

動画なども、画面右サイドに多数貼り付けられている、かなりしっかりした芸能情報を紹介するサイト。
この他のページには、CDTVのバックステージでの渡辺麻友と指原莉乃のツーショットや、AKB48Gメンバーの集合写真や、欅坂46やNGT48のステージを特集したものもありました。
ただし、そうしたページの画像は、このサイトが互換性のない旧式のテクノロジを使っているらしく一切コピペできませんでした。
この三つの画像は、上記の韓国サイトから地下民が剥がして5chのスレに貼り付けてくれていたもので、これだけかろうじてコピペできました。(ちなみにこのサイトのURLはhttp://www.liveen.co.kr/news/articleView.html?idxno=205803)
このサイトで一番大きく扱われていたのは、個人だと荻野由佳、グループだとNGT48(NGT48とAKB48と欅坂46以外は見当たりませんでした)。
ただどういう取り上げられ方をしているのかは、自動翻訳にかけたくても記事そのものをコピペできないので、全く不明ではありますが、これら👇の写真を見ても好意的なものに見えます。


韓国と言えば、我々日本人にとっては、政治、経済、文化、芸能、思想のすべてにおいて「相容れない」厄介国家なので、極力係わるべきではない気はするのですが、それれもなお、エンタメの世界市場では日本を圧倒し、アイドルのレベルも高い国なので、こうしてAKB48Gや荻野由佳が取り上げられているのはちょっと驚きだったし、うれしかった。
一番大きく取り上げられているのが、乃木坂でも欅坂でもなく、NGT48、それも荻野由佳だと言うのがさらに・・・。
これを見て 「やっぱり、AKB48Gの未来にとってのキーパーソンは荻野由佳なんだな」、、、と思わされもしました!
この子は 『何か、を持っている』 ような、そんな気が。
・・・というか、「そうあってほしい!」のです!ε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノ
彼女以外に、今のAKB48Gそのものを、確変の流れに乗せてけん引できる可能性を持つメンバーを私は見いだせないから。
だから荻野由佳よ、、、今年の総選挙で1位になってくれ!
そして、潰れないでくれ!
すれないでくれ!
そうすれば、AKB48Gに日はまた昇るような気がする。(*゜▽゜ノノ゛☆

z…(*´?`*)。o○ Σ\( ̄ー ̄;) ((((((((●*’v`)ノ
去年、アイドル界の話題の中心にいたのは乃木坂46と欅坂46でした。
そこにあったのは 『上りゆく坂道と落ち行く48G』 と言う構図です。
それを最も象徴的に表していたのが、乃木坂が日本レコード大賞を取った後のバックステージでのシーン。
その時の情景を、日刊スポーツはこう伝えています。
【昨年末に原点に立ち返る出来事があった。公式ライバルとして誕生した乃木坂46の「インフルエンサー」が、レコード大賞を受賞。 同じ秋元康氏プロデュースで切磋琢磨(せっさたくま)してきたが、勢いを感じさせた。同番組終了後、楽屋ではメンバー同士で涙ながらに語り合ったという。
「グループ総監督の横山由依ちゃんが、もっと一致団結して、ガムシャラに汗をかきましょうと。頑張ることを恥ずかしいと思わず、何でも一生懸命やることは、絶対に勝てることだからと話し合ったんです」】
これ👆は私にとっては悲報ではなく、朗報。
それも、ただの朗報ではなく、大朗報!!!
早くこのことに気づいてほしかった。
AKB48の再生は、すべてのメンバーが、このことに、真に気づくことからしか始まらないのだから。
それと同時に、うれしい誤算も。
その誤算とは、、マスコミによってイメージづけられてしまった感のある「上りゆく坂道 落ち行く48G」という図式についても、意外と悲観する必要はないのかもしれないと思わせるデータが、新年早々出てきたことです。
それはこれ。👇紅白歌合戦における、坂道シリーズと48Gの視聴率です。


見て分かる通り、乃木坂46もけやき坂46も大惨敗で、AKB48のはるか後塵を拝しているのです。
これを見た時の私の感想は「( ,,`・ω・´)ンンン?どういうこと?」と言った感じでした。
嫌味ではなく、純粋に驚きました。
なぜなら、去年の乃木坂46および欅坂46は、コンサートへの動員、写真集の売り上げ、マスコミの扱いのすべてにおいて、AKB48Gを圧倒していただけでなく、事前のデータではLINEリサーチがLINE利用者386,183人に『今年の紅白歌合戦、いちばん楽しみにしている出演者は?』とアンケート調査を行いその結果が女性出演者では乃木坂46が1位になっているように、もっとはるか上位に、少なくともAKB48を超えるところに来るだろうと思っていたからです。

にもかかわらず、ふたを開けてみれば、乃木坂も欅坂も、全出演者中最下位に近い視聴率しかとれていないのです。
正直に言って「これって、どういうこと?」と言う以外に言葉はありませんでした。
恐らくこれは、ヲタの皆さんも同じだったのではないかと思います。
それを如実に物語っているのが、この結果が出た後のヲタの皆さんの動向。
この結果が出るまでは、「もはや坂道は全盛期のAKBさえも越えた」と威勢良くAKB48のテリトリーを荒らしに来ていた彼らのスレが、この結果が出た瞬間から消えて、まる一日、死んだように鳴りを潜めたのです。
そして、出てきたいちゃもんが
『AKBは直前がXJAPAN、
後がエレカシ
有利すぎるわ 』と言うようなもの。
つまり、AKB48の視聴率が良かったのは、前後にいた出演者の恩恵を受けてただけ、と言いたいわけです。
しかし、この反論は全く意味を持ちません。
なぜなら、AKB48は、XJAPANの後に視聴率を上げ、エレカシはAKB48の後視聴率を下げているからです。
つまり、この二者より視聴率を取っているということ。
である以上、AKB48の視聴率がこの二者のおこぼれであるという理論は成り立たないということです。
これに対して、乃木坂と、欅坂はどうだったかと言うと、AKB48Gとは真逆の現象を起こして、ほぼ全出演者中最低レベル近くまで視聴率を下げているのです。
これが何を意味しているかというと、「紅白歌合戦視聴者層における、AKB48Gと、乃木坂46や欅坂46の人気は、凋落した今でさえAKB48の方がまだまだ、上である」 ということです。
もっと辛らつに言うなら、坂道シリーズの、AKB48Gを蹴落として上り詰めた感のある国民的アイドルとしての勢いは、それによって恩恵を受けるマスコミや関係者によって作り上げられたものであり、ある部分張りぼてに近いものである可能性があるということです。
しかしそれでもなお、勘違いしてはいけないことは、これはあくまで、今のAKB48の勝利ではなく、初期のAKB48メンバーが残した遺産の勝利だということです。
それほどまでに、初期のレジェンドメンバーたちが、一筋の薄明りさえ見えないような闇に閉ざされた日々の中で 「いつの日か、東京ドームをファンで埋め尽くすアイドルになる」 と言う夢を追いかけて突き進んできた道の先でつかみ取って奇跡のようなサクセスストーリーには、今のAKB48Gだけでなく、乃木坂や欅坂のそれとは比較にならないほどに異次元のものがあるということです。
今のAKB48Gの衰退は、「この記憶がAKB48Gそのものから失われた結果以外の何物でもない!」と言う気がします。
今のメンバーの中に、AKB48(その頃はアキバ48)の第一期生の最初のレッスンが、夏まゆみのどんな言葉で始まったのかを知っている人間が果たしてどれだけいるでしょうか?
恐らく、ほとんど誰もいないはずです。
AKB48第一期生のレッスンは、最終審査が終わった翌日から始まり、その時の彼女たちのダンスレッスン、教育のすべてを任されていた夏まゆみが開口一番言ったのは 「今日●●が遅刻した。そのため、クビにした!」 というものだったのです。
それは、昨日まで、ごく普通の中学生や高校生として生きていた少女たちに、自分たちが足を踏み入れてしまった世界の厳しさを思い知らせる一言として、これ以上はないほどに強烈なものでした。
たった一度の遅刻で、クビになる世界。
しかし、実際に彼女たちを待っていたのは、その時感じた厳しさをはるかに超えた過酷さが待ち受けている世界でした。
オーディションの翌日から、ダンスの最も初歩的なスッテプすら踏めない少女たちを、わずか一ヶ月後にプロのステージに立たせるための厳しいレッスンが始まります。
プロの世界の厳しさに対して何の予備知識も持っていなかった彼女たちの強みは、実は、彼女たちが『プロの世界について何の予備知識も持っていない』ということでした。
何の知識も持っていないからこそ、何もできない自分たちが一ヶ月後にはプロのステージに立たされようとしているということの無謀さに対しても、疑問や不安を抱くことができず「最高のステージに立ちたいのなら、死ぬ気でやらなければ駄目でしょう! あなたたちは危機感がなさすぎる!」という、昨日までずぶの素人だった少女たちに対する要求としては無茶過ぎる要求を課せられても、それが無茶なことではなく、プロなら誰もが課せられる当たり前のことだと思ってほぼ全員がついていってしまったのです。
そのレッスン期間に、さらに三人のメンバーが脱落し、やがてデビューの日はやってきます。
しかしそれは、当初予定されていた12月1日ではなく、一週間遅れの12月8日のことでした。
ステージの全権を任されていた夏まゆみが、ギリギリの段階になってもまだ彼女たちが 「プロのステージに立つ最低限のレベルに達していない」 と判断したためです。
辛く厳しいレッスンを耐えてやっと辿り着いたゴールに待っていたのは、さらに厳しい一週間の追加レッスンでした。
その間に彼女たちに課せられてきたレッスンがどれほど過酷なものであったのかは、そうしてやっと辿り着いたデビュー日の記憶が教えてくれます。
普通に考えればその日のステージは、メンバーにとって決して忘れることの出来ない思い出深いものになっているはずです。
しかし、その当時を振り返る彼女たちは口を揃えてこう告げているのです。
「その日のステージのことは、何も覚えていない」と。
彼女たちが覚えているのは「ステージが終わった後の楽屋で、自分を含めたメンバー全員が、ただ、号泣していたことだけだ」と。
その日秋元氏は「みんな、今日までよく頑張ってくれました。今日という日は、必ず伝説になる。自分を信じて頑張れ!」と言葉をかけてステージに送り出したと言われています。
しかし彼女たちをその後に待っていたのは、その言葉からはほど遠い日々でした。
当日の記録映像を見る限り、会場にはマスコミの取材陣が相当数押しかけてごった返し、初日の観客は、関係者を含めて七二人と記録されています。
一般的に、AKB48は「たった7人の観客から始まった」と信じられています。
しかし、事実は違います。
事実は、AKB48がそれよりもっと過酷な道を歩んできたことを教えています。
なぜなら『たった7人の観客』というのは初日の観客ではなく一番少なかった時の観客だからです。
もしAKB48がたった七人の観客から始まったというのであれば、初日から日を追うごとに観客は増えていったことを意味しています。
しかし、初日に七二人いた観客が公演を重ねるごとに減っていって、ついには七人にまで落ち込んだというのであれば、彼女たちをデビューの後に待っていたものは、公演を重ねるごとにそれを観た観客から 「観るに値しない」 という評価を突きつけられながら毎日のステージをこなさなければならなかったという、さらに厳しい現実だったということを教えてくるのです。
デビューから二ヶ月がたった頃から、劇場は連日満員を記録するようになってきました。
しかし、だからと言って試練の時代が終わったわけではありません。
学校では「秋葉でだっさいアイドルやているんだって」と笑われ、歌をリリースしてもまったくヒットせず、楽屋を見渡せばメンバーの誰かが「もういやだ!」「やめたい!」と泣いているような試練の時代はその後さらに何年間も続いていきます。
板野友美はそうした時代に、楽屋で精神のバランスを崩して突然叫びだすような状態まで追い詰められ「もう限界です。やめさせてください」と秋元氏に申し出たと言われています。
「それは本気なのか?」と問いかける秋元氏に板野は「はい」と頷いたのだと。
そんな板野が思い止まったのは「もう少しだけ、ぼくを信じてくれないか」という秋元氏の言葉だったのだと。
その頃の彼女たちの体験していた過酷さも、頑張りも、今のAKB48Gや坂道のそれと比べれば 『異次元のもの』 と言わざるを得ないものです。
それを教えてくれるのは、2006年夏のエピソードです。
AKB48がチームAとして産声を上げ、後を追うチームKのデビューによって礎を固めつつあった2006年の夏、彼女たちを秋葉原の劇場からより大きな世界へ飛び立たせるための、巣立ちの準備のような仕事が舞い込んできます。
フジテレビが毎年夏に行っていた『お台場冒険王』というイベントへの参加です。
最初は様子見ということもあってか土日の昼間だけの参加でしたが、夏休みに入ると、平日にもお声がかかるようになり、最終的には連日の参加となっていきます。
そしてその状況の中で、彼女たち(特にチームK)は、プロとしての極限状態へと追い込まれていくことになります。
そのイベントへのオファーがあった時、チームKのメンバーには「チームAだけでなく、自分たちにも声がかかった!」という喜びしかありませんでした。
しかしそれは、イベントへの参加が土日の週末だけで済んでいた時だけの話でした。
なぜなら、彼女たちにはそのイベントとともに毎日の劇場公演もあったからです。
記録的な猛暑の中で行われる、長期の劇場公演とお台場で行われる別公演の掛け持ち。
しかもその時点での彼女たちは、会社からみれば、膨大な借金を会社に背負わせながら活動しているタレント集団なので、知名度を上げるチャンスとして舞い込んできた仕事はたった一つも無駄にできず、どれほど過酷なスケジュールであったとしても、物理的に可能な限りこなしていくしかありません。
移動にも、食事にも余分な経費はかけられず、猛暑の秋葉原お台場間の移動はクーラーのほとんど効かないような車で、出される食事も、その辺の唐揚げ弁当です。
過労と脱水症状で倒れかかっている少女たちが移動する車の中でそんなもの出されても食べられるわけがありません。
午前11時から秋葉原で昼公演をこなし、そのままクーラーの効かない車でお台場へ移動し、そこでの公演を終えると再びクーラーの効かない車で秋葉原に帰って夜公演の三回まわし。
夏休みの終わりが視野に入ってくる八月下旬になると、それが休みなしに続いていくことになります。
そんな日々の中で、先ず大島優子が倒れ、河西知美が倒れ、大堀恵が倒れていきます。
しかも、チームAのメンバーが倒れたときには穴埋めにチームKのメンバーがアンダーに入らなければなりませんが、チームAのアンダーであるチームKのメンバーが倒れてもそれはありません。
つまり、何が起こっても、それは彼女たち自身で乗り切るしかなかったのです。
そんな状況のなかで、彼女たちは、精神的、肉体的な限界へと追い詰められていきます。
私たちが「次々と仲間が倒れていく」と聞くと、頑張って頑張り抜いた日の翌朝、仲間の誰かがベッドから起き上がれない状態になり「今日は無理です、休ませてください!」と電話がかかってくるような状況を想像してしまいがちですが、彼女たちの場合はそうではありません。
それは「真横にいた人間が突然、受け身もせずにバターンって倒れるんですよ。あんなの初めて見ました」と野呂佳代が言うようなものだったのです。
「アンコールで着替えなくちゃいけないんですけど、楽屋に入った瞬間に倒れるメンバーとかもいて、(それまですでに)休演者が三人いて(16人のところを)13人でやっているのに、アンコールの前に3人倒れてしまって、最後は10人とか、9人とかでアンコールを踊ったこともありました」(宮澤佐江)
「過呼吸で倒れるメンバーとかもいて、楽屋はすごい状態でした」(野呂佳代)
しかしそうした状況に追い込まれていても、自分から「もう駄目です。休ませてください!」と申し出るメンバーは一人もいません。
なぜなら、その忙しさは、AKB48という船が秋葉原の外にある大海に向かって動き出した証であり、休むということは、その船から自ら降りるという行為に近かったからです。
したがって、彼女たちがAKB48のメンバーであり続けたいのであれば、それがどんなに過酷な日々であっても休むという選択肢はなかったのです。
倒れれば、肉体は休めます。
しかし、倒れた後の少女たちを待っているのは、「チームに迷惑をかけてしまった!」という自責の念と「復帰した時、自分の帰る場所は残されているのだろうか?」という恐怖です。
そのため、彼女たちはわずか数日後に復帰したステージでさえ、感極まって号泣していたと言われています。
その時泣いていたのは彼女たちだけではありませんでした。
次々と仲間が倒れていくステージの上で、ぼろぼろになりながら歌い踊っているメンバーたちを見ながら、客席のヲタたちもまた泣いていたと言われています。
そんな彼らに出来ることは、客席から彼女たちのためにただひたすら声援を送り続けることだけです。
しかし、ある瞬間からそんな彼らにも新たな葛藤が始まります。
「こうして、自分たちが毎日劇場に足を運び、声援を送り続けることは、ファンとして本当に正しいのか?」という葛藤です。
その時、彼女たちに一番必要だったのは休養です。
しかし、彼女たちに休むことは許されませんでした。
なぜなら、ファンが毎日劇場に足を運んでいるからです。
「だったら、チケットだけ買って、コンサートをボイコットして客席を空にすれば、彼女たちは休めるんじゃないのか。そのほうが、ファンとしては正しい行動なのではないのだろうか?」と彼らは考えたのです。
そして、実際そのことを真剣に話し合ったりしています。
しかしそれは、意見としては正論であっても現実的には無理がありすぎるため、結局「自分たちにできることは声援しかない」ということに落ち着き、泣きながら応援し続けたと言われています。
過酷だったのは、AKB48としての活動面だけでありません。
実は生活面においても、今のメンバーからすれば想像もできないほどに異次元に過酷なものを抱え込んでいたのです。
例えば、佐藤由加理は部屋を借りる金がなかったので、遠い親戚がやっていたボクシングジムに住まわせてもらい、リングの上に、、、それも布団がなかったのでダンボルにくるまって寝泊まりしながらレッスンに通っていたし、篠田麻里子は、福岡から上京している友人のアパートに家賃として1万だか2万高を払って同居させてもらい、電気ガスだけでなく、時には水道までと止められるような生活をしながらAKB48の活動をしていたのです。
篠田麻里子は最近テレビで、その当時のことを振り返ってこう語っています。
「クリスマスイブの日にガスが止まったんです。お風呂に入ろうと思って裸の状態でシャワーつけたら水しか出なくて…。もう涙が止まらなくて、辛いのと悔しいのと」
大島優子は毎日栃木からレッスンに通っていたし、子供の頃から冬でも水のお風呂に入るほど貧乏だった秋元才加は複数アルバイトを掛け持ちしながらレッスンに通っていました。
そうした先の見えない苦難の時代、彼女たちをさらに追い詰めていったのは、精神的な支えであったお姉さん的メンバーたちが次々とAKB48を去っていったことです。
公演終わりの挨拶の時に、突然5人のメンバーが一斉に卒業を発表したこともありました。
そしてそれは、篠田麻里子が当時を振り返って「その時は辞めていく彼女たちの方が正解だと思った」と語っているように、AKB48の置かれている状況というものが、紅白に初出場したものの、その直後にデフスターレコーズに「もうこれ以上は無理です…」と契約を打ち切られ、その後8か月間も契約を結んでくれるレーベルが探せないままにアキバの地下アイドルとして彷徨っていた時のことです。
この、誰の目にも「AKBに先は無い」「後はどう解散するだけだ」というような状況の中で、救世主として契約を結んでCDをリリースしてくれたのがキングレコードだったのです。
ここで終わっていれば、今のAKB48Gだけでなく、乃木坂46も欅坂46も存在していません。
なぜなら、乃木坂46はそもそも、AKB48が一番売れていなかった時期にAKB48を支えながら、大人の事情で、AKB48がブレイクする前に手を引かざるを得なかったソニーの子会社であったデフスターレコーズに対して、AKB48がブレイクした後の秋元康氏が「あの時は苦労ばかりかけて申し訳なかった。何かできることがあれば協力する」との思いから立ち上げたグループだからです。
したがって、AKB48Gも乃木坂46も欅坂46も、初期のAKB48を根として生まれ、存在しているものであり、超えたとか超えていないとかいう対象とはなり得ないほど、異次元の存在なのです。
このことを忘れたグループは恐らく遠からず衰退していき、このことを再認識して「もっと一致団結して、ガムシャラに汗をかこう!頑張ることをダサいとか、泥臭いとか、恥ずかしいと思わず、かっこ悪いまでに一生懸命やろう! それが私たちに栄光をもたらしたの原点なのだから」と気付いたとき、そのグループに日はまたのぼるのだという気がします。
ちなみに、これがAKB48の紅白での視聴率一覧。
👇
2007 36.0%
2009 36.5%
2010 40.3%(前半1位)
2011 38.9%
2012 38.6%
2013 48.5%(全体3位)
2014 42.4%
2015 43.3%(全体1位)
2016 39.6%
2017 41.2%
欅坂 34.5%
乃木坂 欅以下
文字数が限界に達したのでここで終わります。
ではまた。 <(_ _)>
追記
一つ前の記事でも書いたのですが『2018年の選抜総選挙が面白そうなので予想をしてみる(^O^)/』という半年近く前に書いた記事へのアクセスがなんか異常に多いのです。
昨日も69PVあって、その前日は46PV、その前日は59PVと、ここ、最近再び増えています。
こういう現象は今までなかったことなので、謎すぎる・・・。

とにもかくにも、みんな頑張れ!!!
