日経新聞 YAZAWA 60 12/26 vol.5 「ルイジアンナ」発売。矢沢23歳。 | 矢沢永吉激論ブログ

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「テレビにさえ出れば、俺たちのこと見るヤツがいると思ってたから。リブ・ヤングに出た時に……」


日曜夕方の若者向け番組。募集告知を見た。ロキシーファッションを特集します。革ジャンにリーゼントの似合うヤング集まれ。


「1時間もしないうちに、ジョニー大倉が部屋に駆け込んできてね。永ちゃん、俺もうはがき出したって」


いったん不採用通知が来たが、ハッタリでテレビ局を説き伏せた。キャロル出演決定。が、またも困り事である。革ジャンがない。あるのはポマード1本。妻の結婚指輪を質人れした。1万5千円。黒の革ジャンと革パン、ブーツをそろえた。


「リーゼントでロックンロールやった。(演奏が)終わった。案の定すぐ電話掛かってきた。俺はミッキー・カーチスだと」。ロカビリーの大御所である。


僕、フリーのプロデューサーをやっててね、君たちを世に出したい。で、どっかとケイヤクしてるか?


受話器を握る手が震えた。


「契約って言葉聞いた時、シビレたよね。プロデューサーって言やあ、国家資格が要るぐらいに思ってたからね。夜、川崎に帰る時ね、空を見たんだね。星がバッて見えた。来た、と思ったよね。来た、と」


 2ヶ月後、「ルイジアンナ」発売。矢沢23歳。「絶対このチャンスは逃さない。必死だったね」。探して、あがいて、むしり取った夢。


「だから面白いんじゃない。あのギリギリ感のところがあったから。俺、自分に圧力かけてんのね。周りは疲れたと思うよ」


方向を見失った時、人間は一番苦しい。矢沢を矢沢たらしめている羅針盤があるとすれば、「もう一人の俺」との対話がそれであろう。日常業務のように、頻繁に鏡と向かい合う。


俺、どうすればいい?もっと徹底的にやらなきゃダメだ!俺、間違ってないか?GREAT。大丈夫!俺、これでいいよな?NO GOOD!


刹那(せつな)の行動で生き様は形作られていく。肝心なのは次の一歩をどう踏み出すか。自己を巨視的に眺める第2の目が舵(かじし)のブレを極小に抑える。


「鏡の向こうにいるヤツは、絶対裏切らなかった親友なんですよ。おまえ、俺と一緒に来てくれたね。倒れずに付いてきてくれたね」。


10年前の夏の夜、矢沢は虚空に浮かぶ「おまえ=親友」の艱難(かんなん)を思い、感謝し、そして涙した。


 「あの事件のおかげで今の自分があると思います。本当は金が欲しかったわけじゃないってことも分かったのよ。幸せとは何ぞや。謎が解けたんですよ。俺には音楽がある。俺にはコレかあると思えることが(すなわち)幸せなんですよ」


この世に変えられない運命などない。矢沢の思考と行動を統一してきた主題はそれだ。「自分を信じる。おまえだったらやれる」


やるなら今しかない。


 「YAZAWA、60歳にして集中攻撃かけてますから。扉、けり破ってね。まだまだやりますんで、ヨ・ロ・シ・ク」。ポキリと乾いた物言いが、何より矢沢の懸命さを伝えてきた。


(編集委員朝田武蔵)
       =おわり