もし将来アイドル史を真剣に取り上げようという人が出た時に研究を妨げるのが歴史の断絶だ。

 

例えば僕のようにかろうじて天地真理さんや麻丘めぐみさんのデビュー当時を記憶している50歳代とモーニング娘以降のアイドルしか知らない世代の間には「アイドル像」について絶望的な溝がある。

 

昔のアイドルはバラエティ番組で「爪痕を残そう」なんてしなかったし恋愛はある年齢になればレポーターから「そろそろ恋愛のお話も」と訊かれて「ご縁があればそのうちに」という教科書どおりの返し方があったくらいで(裏の事情はともかく)表立って「禁止」なんてことは誰も口にしない事柄だった。

 

もちろんアイドル(特に女性の方)に恋の噂が立てばファンは荒れたしガッカリもした。

だけど当の(好きなはずの)アイドルを責め立てるなんてことはしなったように思う。

「アイドルは恋愛禁止で当たり前」とファンが堂々と口にするなんて考えられない事態だし時代だ。僕には恥ずかしくて言えない。

 

例えば「アイドルなんだから恋愛禁止」の「なんだから」の部分が世代によるアイドル像の断絶、溝なんじゃないかと思う。あくまでも一例として、なんだけど。僕としては「え?なんで?」となるからだ。

 

僕が生きてきた時代の(女性)トップアイドルたちにはアイドルとしての現役当時から恋の噂があった。

山口百恵さんと三浦友和さんに始まり松田聖子さんにも中森明菜さんにも工藤静香さんにもあった。

時代の歌姫にはなれなかったけれどトップアイドルであった小泉今日子さんにもあった。

 

そのことでヤキモキするファンは当然いただろうし中には抗議の声を挙げる人もいただろう。

でも「アイドルなんだから恋愛禁止だろそれなのに」という意味合いでは無かったと思う。

「プロとしての自覚が」なんて同じジャンルでプロでも無い人が口にすることでも無かった。

何もかもが良かったわけじゃない。でももう少しの寛容さはあった。

 

残念ながら舞台で襲われるアイドルもいたし私室に侵入されたり家族まで犠牲になったアイドルもいた。

悪質な犯罪者は時代に関わらず存在する。

これは昔はよかった今はダメ、ということではなく「アイドルの歴史の断絶」と「時代によるアイドル像には溝がある」というお話。

 

あと、僕が若い頃のアイドルは基本的に「アイドル歌手」のこと。歌手志望の若い女性がオーディションなどを受けて芸能界に入りデビューするにしても事前にみっちりとレッスンを経てから世に出てきていた時代。「歌手」だから当然歌える。レベルの差はあったけれど。

伊代ちゃんだって声は出てたのだ。

 

歌手だから歌をうたい当然思春期の年齢にデビューしたアイドルのテーマはほぼ恋愛だ。

初恋レベルでも恋の経験が無いなんて不自然だろうという感覚は誰もが共有しているものだった。

経験がなければ表現できないのであれば現代のミステリー作家は全員猟奇的連続殺人鬼だけれどそれはまた別の話。

 

そしてアイドル歌手は基本的にソロ歌手だった。

いつの時代にも若い女性のグループ歌手はいたけれど、これは色々と差し障りありありを承知で言うと当時(70年代後半~80年代前半)ソロでデビュー出来ない人は「足りない」人だった。容姿とか歌唱力とか。

 

例えば桜田淳子さんをグループの一員としてデビューさせるという発想は無かっただろう。松田聖子さんや中森明菜さんも同様に。

 

若い女性のグループ歌手は、つまり「まとめ売り」だったのだと思う。

それはピンクレディーやキャンディーズも含めてのことだ。

メンバー個人でも人気はあったけれどピンクレディーの、キャンディーズの、ということが大前提だったと思う。ピンクレディーやキャンディーズの成功によって後発のグループ歌手も出てきたけれど長く続いたところは無くやはり90年代に入る頃まではアイドル歌手=ソロ歌手という様式が基本だった。

 

トップアイドル=時代の歌姫というバトンを受け継いだ最後のアイドル工藤静香さんもグループ歌手として所属していたけれど本格的な人気、特に同性からの支持を得たのはソロ歌手になってからだ。

 

90年代に何が起こったかというと80年代半ばから出てきたアイドルレベルの人気を得る「アーティスト」枠の女性歌手(Rebeccaのnokkoなど)が多数存在するようになった。

 LINDBERGの渡瀬マキやジュディマリのyuki、ZARDの坂井泉水に代表されるビーイング勢やプリプリなどバンドスタイルの女性歌手、広瀬香美、田村直美などのソロ歌手。そのほとんどが曲を自作する(作詞担当の場合も多い)「アーティスト」枠の女性歌手だ。女性アイドル歌手という存在はその流れの中に埋もれそうになり、チャートを席巻する小室サウンドがやってくる。