GyaO!で「美食探偵」第4回を見る。

 

ゲスト出演は仲里依紗さん。

料理好きで真っ白な冷蔵庫に自分で作った好きな料理をきれいに並べることを夢見ていた妻の元に毎週夫の母親から田舎料理が大量に送られてきて冷蔵庫のスペースを埋めてしまう。旦那は証券会社を辞めてデイトレーダーを始めたがストレスのせいかDV夫になっており妻の小洒落た料理よりも未だに母親の手料理に依存している。

妻がそのことに不満を漏らすと暴言を吐き、こらえきれなくなった妻が思わず田舎料理を床にぶちまけるとそれを拾って食べろと強制する。そんな日々に疲れ果てた妻がネットの掲示板に書き込むと…

 

「美食探偵」は美しき殺人鬼が心の弱った人が抱く悪意を利用して殺人を犯させるのだがそこで利用されるのがインターネット。ネット越しに人の心を操るようにして殺意を芽生えさせ巧みに成長させ実行に至らせる。

殺人行為そのものを殺人鬼が代行したり、証拠が残らないような殺人方法をレクチャーするため、本来なら殺人犯として逮捕、起訴されるべき人が罪に問われないというところが味噌になっており、逮捕されなかった人がどうなるかと言うと殺人鬼の下僕となって新たな殺人を手助けするように…という展開。

 

名探偵役中村倫也、助手1号小芝風花、殺人鬼小池栄子といずれもハマり役で面白い。

 

小芝風花さん目当てで見はじめたドラマだがゲスト出演者、脇役も良くちょっと殺人鬼チーム有利な展開に傾きがちなところはあるけれどストーリーも良い。殺意を抱いたとしても心の片隅で誰もが思うこと程度のものを殺人鬼と(ネット上で)出会うことによりそれが増幅されていく、という設定のため動機の強弱が気にならないという恩恵があり、殺人という非日常的な行為に至るまでに不自然さを感じない。

 

楽しみなドラマではあるが何しろ日本ではせいぜいワンクール、10回か11回でクローズしてしまいよほど話題になり視聴率が良くなければシーズン2も期待出来ない。ある意味では贅沢と言えないこともない。もちろん褒めているわけでは、無い。

自宅にどれだけの本があるのか自分でも分からない。

 

十代後半から自分で本を買い始め、乏しい小遣いやアルバイト代などから好きな本を少しでも多く買うために古本屋を利用していた。でんと店を構える「古書店」ではなく「古本屋」。「古書店」というと店の(店主の)興味の深い専門分野がある、といった印象だが「古本屋」となると、これといった専門分野もなく、故買商の人が廃品回収などで集まった本やコミックスで始めたような店、という印象がある。

 

おれの住む田舎町にも市内のアチラコチラに4~5軒はあって、売られている本の状態やどれだけ欲しいかなど自ら条件を設定し、財布の中身を考えて少しずつ少しずつ買い始めていた。

 

自宅暮らしの間は適当に本棚(やカラーボックス)におさめ、文庫本の場合作者が同じだと背表紙の色も同じなので揃った様子を見て自己満足に浸っていたのだが、引っ越したり自宅を建て直すという時には困った。段ボール箱に詰め込んでも詰め込んでも収まりきらず30箱くらいになってしまったのだ。

おれが若い頃にはネットカフェどころか漫画喫茶も無い。読みたければ自分で買うしか無く(友人に借りると返すのが面倒だし)しかも古本屋でまとめ買いなどしていたのでそんな数に増えてしまっていたのだ。

 

文庫本は箱に入れたり箱から出したりする時にカバーが傷つくのが嫌で外して入れるなどしていたのでやたらと時間がかかった記憶がある。それら段ボール箱は今でも建て直したこの家のどこかにあるはずだ。

 

おれ自身は兄の結婚、自宅の建て直しを機会に家を出てアパート暮らしをしており狭い部屋には段ボール箱など邪魔になるばかりなので一度自分の部屋に箱のまま置いたままにし、建て直しが終わった時に預かってもらったのだ。もちろん手元に無いから読むことも出来ず、アパートに越してからは狭い部屋だし、職場の近くにある図書館などを利用して漫画などはようやく田舎町にも出来はじめた漫画喫茶を利用していた…と思う。いずれにしても部屋には本を溜めないようにしていたはずだ。

 

事情があって兄夫婦が家を出て、両親が歳をとり父が呆け始めて介護を受けるようになった頃に自宅に戻った。

PCやインターネットを始めたのはそれからなので55歳にしてネット歴は十数年程度。

 

ネット記事をきっかけにPerfumeというガールズグループを知り、ライブに行くために東京へ遠征するようになって東京の街歩きそのものが楽しくなり、はじめは自分なりに歩いていける範囲の名所を巡っている程度だったのが何しろ花の都大東京には「古書店」がそこかしこにありつい店頭を覗いてみると好きな作家の初版本が店頭百円均一の棚に売られていたりする。

「初版本なら」ということで少しずつ買っていたのだが花の都大東京は魔都でもあり、店頭の本棚で4冊まで200円という文庫本が、まあまあ綺麗な状態で売られていて、4冊までとなると浅ましいので4冊欲しくなり、欲しい本が5冊くらいだとあと3冊探して8冊になり、という恐ろしい都会の罠に落ち込んでしまった。

 

それが新宿三丁目、今は無き映画ポスターで知られた老舗だった。地元から小田急線を使い交通費を安くあげると街歩きのスタート地点はほぼ新宿となり、しかもカレーの食べ歩きも兼ねていて好きなカレー屋さんのある通りにその店があり、どうしたって毎回罠に掛かってしまう。旅のスタート地点で下手をすると10冊以上の文庫本の重量を抱え込むことになり、小田急線だから途中下北沢の駅で降りることで重量は増えるばかりになってしまった。

 

そして、この文章の冒頭にようやく戻るのだが、自宅にどれだけの本があるのか見当もつかない事になってしまった次第。とは言っても2000冊は無いんじゃないかと思う。千数百冊程度のはず。たぶん。おそらく。

アイドルバラエティというテレビ番組の中でもテレビ東京日曜深夜に放送されている坂道Gの三番組はちょっと異色な番組作り。

アイドルバラエティは十代を中心とした経験の浅いアイドルがトークもロケも食レポも上手に出来ないことを前提として番組が構成されている。

だから基本的に出演メンバーに何らかの試練を与えそれに苦労する姿や嫌がり恥ずかしがる姿を映像に収めそれをネタとしてスタジオトークに持ち込むというリアクション中心の構成になる。

乃木坂工事中の前身番組乃木坂ってどこ?も初期はこのフォーマットに従った番組作りだった。

バラエティ的な対応を学ぶということでMCバナナマンとともに芸人コンビなどをゲストに迎えゲームを題材としたリアクションチェック、という企画が目立った。

シングル発売のたびにヒット祈願という名目で試練が与えられ路上でのティッシュ配りといった定番のロケがありティッシュを受け取ってもらえないと言っては泣く姿を映していた。

乃木坂ってどこ?のMCは番組開始当時(11年)結成18年を経た30代後半という年齢の中堅コンビであったバナナマン。今でいうと三四郎の小宮さんがほぼ当時の設楽さん日村さんと同世代という感じになる。

すでにバラエティ番組の常連であり深夜帯ながら番組MCの経験もありレギュラーのラジオ番組は開始から4年を経ていた。

今から振り返れば中堅から番組MCの常連となるかどうかの勝負時という時代。設楽さんも日村さんも今より痩せておりキャラクター的にも少し尖った印象。当初は手を抜くことは無いけれどアイドルのお守りという役柄をこなしているという印象だった。

それが変わったのはいつ頃だったろう。ヒット祈願でティッシュ配り、滝行、バンジージャンプ、スカイダイビングなどの過酷なロケに挑みスタジオ企画でも生駒さんと「天才」生田絵梨花さん、高山さんや白石さん松村さん若月さんを中心にキャラクターが確立されていった時代のいつか。

メンバーとの間に絆が結ばれていった。

バナナマンはどSキャラの設楽さんに日村さんが振り回されるというネタも多く番組MCとしてはツッコミが設楽さんボケ役が日村さんという役割を分担し「男性」として設楽さんは「有り」だけど日村さんは「無し」というメンバーの評価も番組構成に生かされていた。

ボケ役がメンバーからちょっと軽く扱われるという役割はその後「欅って、書けない?」「ひらがな推し→日向坂で会いましょう」に引き継がれるフォーマットの一部となる。

MCと出演者に絆が築かれることには良し悪しがあるのかもしれないが「乃木どこ」は目に見えてアットホームな雰囲気になり仲の良い担任教師と生徒たちのような関係性はメンバーに対して甘すぎるんじゃないかという視聴者からの(好意的な)ツッコミを呼び込みながらさらに発展していく。

「公式お兄ちゃん」の誕生である。

「乃木どこ」は3年半をもって終了するが「乃木坂工事中」に名前を変え構成を組み立て直しMCもそのまま継続、現在に至る。

 

アイドルバラエティにおいてMCを担当する芸人は自分たちもかつて同じような扱いを受けてきた若手~中堅世代に属する場合が多い。

バナナマンに限らず48G内で似たような経過をたどった「有吉AKB共和国」のMC有吉弘行さんも再ブレイク中に小嶋陽菜さんをパートナーとして番組を始め今や番組MCの常連として多数の冠番組を持つようになった。

共和国の中で有吉さんは当初アイドルを侮るような姿勢の裏返しとしての投げ出した優しさが目立ったが後半では聞き分けの良いお爺さんのような印象になり各メンバーの特色を引き出しこの番組を通じてさらに知名度を上げたメンバーがも多い(指原さんもその一人)。

アイドルバラエティの中で出演メンバーに課せられる「試練」は若手芸人が経験せざるを得ない通過点でもある。熱湯風呂、バンジージャンプ、スカイダイビング、滝行、ゲテモノ料理、催眠術、水中息止対決、ドッキリ企画。その経験を通してメンバーに助言をするような関係に移行していくのかもしれない。

 

アイドルバラエティにおいてMC担当者が出演メンバーとの距離を縮め言わば「情が移る」ようになっていく現象をバナナマンコンプレックスと呼ぶとしてそれが引き継がれたのは坂道の後発グループである欅坂46、日向坂46の深夜番組だ。ただし後発両番組の場合は少し事情が違う。

この一連の長いながい文章はその事情を考える前段なのである。

 

乃木坂工事中も日向坂で会いましょうもMCはコンビ芸人が担当している。

コンビ内でのツッコミ、ボケそれぞれの役割はすでに確立されている。

欅って、書けない?は事情が違ってコンビ芸人のツッコミ役であるハライチ澤部さんとピン芸人の土田晃之さんがMCを担当している。

ハライチがコンビでの起用とならなかったのはすでに澤部さんが一般的なバラエティ番組で単独で活動して評価を受けていたことともう一つ相方の岩井さんが独身で番組開始当初にはまだ20代後半であったことも影響していると思う。

 

「欅って、書けない?」MC担当の一人である土田晃之さんはコンビを解散してからのほうが芸歴の長いピン芸人である。

芸風は1/12深夜放送回で澤部さんと英語講師の外国人が盛り上がって挨拶をした後「苦笑いを浮かべる外国人ってあまり見ないよ」と言ったように、盛り上がるひな壇を尻目に一人冷静な立ち位置にいてチクッと皮肉なツッコミをするというものでありコンビ時代と違ってボケ役というわけでは無い。

言わばMC二人とも(タイプは違えど)ツッコミでありボケ役はいない。

だから澤部さんが進行し、ボケて、メンバーに対してはツッコむという役割を一人で担当し土田さんは番組全体の後見役として後退した位置に立つ。

アイドルの「後見役」という立場ではブレイク直前の指原莉乃さん初の冠番組「さしこのくせに」をはじめ経験は豊富。

アイドルに対しても常に一定の距離を置き冷静で皮肉な見方をするスタイルも確立されたものだ。

 

「けやかけ」のMC土田晃之さんはアメバTVの番組内でアイドルや元アイドルを前にした講師役を担当したことがある。

その中で「アイドルがバラエティに出て活躍したいと言ってもそんなことを言う人が沢山いた中で生き残ったのは井森美幸と島崎和歌子の二人だけ」「マネージャーの中にはおれはずっと見てきたから分かる。爪痕を残さなきゃ駄目だと煽るやつがいるけどバッターボックスに立ったことの無いやつがバッティングについて語ることは出来ないでしょう」などアイドルが陥りやすい勘違いには手厳しい言葉を発していた。

「アイドルに面白さなんてスタッフも求めてない。だから僕たちのような芸人が一緒にキャスティングされる。アイドルは何か聞かれたらちゃんと声を出して普通に答えてくれれば良い。それを面白くするのは僕たちの仕事」とも言っていてそれが「けやかけ」でも実践されている。

土田さんが後輩芸人のギャグを雑に真似たりすることは他番組では無いことなのだ。

 

番組初回放送から見てきて「けやかけ」に関して言うとすればアイドルバラエティとして充分な面白さ(興味深さを含めて)をずっと保っている。腹を抱えて笑うような展開は一般的なバラエティ番組でも滅多に無いことで制作の過程で生まれる奇跡のようなものだ。毎回期待できるものではない。

ただ現在の「けやかけ」から志田愛佳さん今泉佑唯さん米谷奈々未さんが居なくなり結成以来のイジラレ役織田奈那さんが不在なのも確かなことだ。

MCお二人は安心して声をかけたりツッコんだり出来るメンバーの不在に戸惑っている。

菅井さん、土生さんは天然だけれども基本的に真面目な人であり尾関さん上村さんという初期に番組内で注目されたメンバーは前記したメンバーより繊細で傷つきやすい。だからこそグループ内でメンバー間をつなぐHUB役として機能するわけだけれどボケ役を任せるのは厳しいだろう。

真面目で不器用で繊細。

そんなメンバーに対応できるのはやはり土田さん澤部さんだけだと思う。

ここ数年がそうであったように今年もガールズグループの世界ではグループの解体、グループからの脱退というニュースを数多く目にすることだろう。

数が多すぎてあれ?いつの間にかということも増えていく。

市場規模から考えてガールズグループの数はメジャー、インディーズに関わらず明らかに多すぎて時流に乗るようにグループ運営に手を出したものの大して稼ぎにならずメンバーはメンバーで必ずしも品行方正というわけでもなく生身の人間を商品に見立てて売り込み売り出していく現実を見て撤退する。

それが「アイドル戦国時代」という実際にそんな時期があったのかどうかすら将来的には議論の対象になるだろう「ブーム」中から始まり戦後に顕著になったグループ解体連鎖の実態だろう。

何かと批判の対象になる「運営」の正体が明らかになるのはこの時でいきなり「皆様にお知らせ」から始まる文章だけで告知してファンを混乱に陥れ言い逃れに終始し解散に至る経緯説明はメンバーに押し付ける。

 

「アイドル戦国時代」という時期が本当にあったとして売れたのも活動を継続できるのも結局大手事務所+レーベルからという現実は「時代」の前から変わることは無かった。

Perfumeのブレイクまでの道のりやブレイク以降の成長ぶりは確かに美しい物語ではあるがそれを支えたのが「アミューズ」という業界屈指の強大さを誇る大手プロダクションだったということも事実だ。

48Gは初期の胡散臭い出資者たちが世界的な広告代理店を巻き込むことでブレイクまでたどり着き46Gは逃した魚の大きさを悔やんだソニー関係者によって運営されている。

スターダスト、LDH、国家的な国際経営戦略の先鋒として育成から売出しまで一括管理されているKガールズたち。

大手だからといって盤石の体制で活動の継続を担保出来るわけではないことは先ごろ発表されたLDH系ガールズグループの解体が明らかにした。

弱小、泡沫の運営は「売れる見込みは無いけれど活動を継続することは出来る」という現状を維持するしか無い。

 

しかしその現状を維持することにすら疲労してしまう時が来る。

スタッフもメンバーたちも。ファンがそうであるようにアイドルも歳をとるのだ。

十代前半でデビューした自分がかつて歳上メンバーを揶揄していたように「おばさん」扱いされ添え物のようになる。

恋愛禁止をアイドル活動の前提として契約条項に盛り込まれた一文のように押し付けてきたファンはあっさりと推し変し罪悪感すら持たない。黙って消えれば良い方で中にはなぜ自分が推し変するに至ったかを別れの挨拶がわりに直接言いにくる頭のおかしな連中までいる。またはエゴサすることを知っていてSNSに書き込む。

そんな相手にも笑顔を強いられモバメや配信で悩みを口にすれば「そんなことプロなら表に出すな」と素人から難詰され反論すれば過去の発言まで掘り起こされネットリンチを受ける。

運営も何の責任を被ることの無い素人から無能呼ばわりされる。そう考えるとグループ解体も卒業も悲劇という面だけでは無いのかもしれない。

 

 

もし将来アイドル史を真剣に取り上げようという人が出た時に研究を妨げるのが歴史の断絶だ。

 

例えば僕のようにかろうじて天地真理さんや麻丘めぐみさんのデビュー当時を記憶している50歳代とモーニング娘以降のアイドルしか知らない世代の間には「アイドル像」について絶望的な溝がある。

 

昔のアイドルはバラエティ番組で「爪痕を残そう」なんてしなかったし恋愛はある年齢になればレポーターから「そろそろ恋愛のお話も」と訊かれて「ご縁があればそのうちに」という教科書どおりの返し方があったくらいで(裏の事情はともかく)表立って「禁止」なんてことは誰も口にしない事柄だった。

 

もちろんアイドル(特に女性の方)に恋の噂が立てばファンは荒れたしガッカリもした。

だけど当の(好きなはずの)アイドルを責め立てるなんてことはしなったように思う。

「アイドルは恋愛禁止で当たり前」とファンが堂々と口にするなんて考えられない事態だし時代だ。僕には恥ずかしくて言えない。

 

例えば「アイドルなんだから恋愛禁止」の「なんだから」の部分が世代によるアイドル像の断絶、溝なんじゃないかと思う。あくまでも一例として、なんだけど。僕としては「え?なんで?」となるからだ。

 

僕が生きてきた時代の(女性)トップアイドルたちにはアイドルとしての現役当時から恋の噂があった。

山口百恵さんと三浦友和さんに始まり松田聖子さんにも中森明菜さんにも工藤静香さんにもあった。

時代の歌姫にはなれなかったけれどトップアイドルであった小泉今日子さんにもあった。

 

そのことでヤキモキするファンは当然いただろうし中には抗議の声を挙げる人もいただろう。

でも「アイドルなんだから恋愛禁止だろそれなのに」という意味合いでは無かったと思う。

「プロとしての自覚が」なんて同じジャンルでプロでも無い人が口にすることでも無かった。

何もかもが良かったわけじゃない。でももう少しの寛容さはあった。

 

残念ながら舞台で襲われるアイドルもいたし私室に侵入されたり家族まで犠牲になったアイドルもいた。

悪質な犯罪者は時代に関わらず存在する。

これは昔はよかった今はダメ、ということではなく「アイドルの歴史の断絶」と「時代によるアイドル像には溝がある」というお話。

 

あと、僕が若い頃のアイドルは基本的に「アイドル歌手」のこと。歌手志望の若い女性がオーディションなどを受けて芸能界に入りデビューするにしても事前にみっちりとレッスンを経てから世に出てきていた時代。「歌手」だから当然歌える。レベルの差はあったけれど。

伊代ちゃんだって声は出てたのだ。

 

歌手だから歌をうたい当然思春期の年齢にデビューしたアイドルのテーマはほぼ恋愛だ。

初恋レベルでも恋の経験が無いなんて不自然だろうという感覚は誰もが共有しているものだった。

経験がなければ表現できないのであれば現代のミステリー作家は全員猟奇的連続殺人鬼だけれどそれはまた別の話。

 

そしてアイドル歌手は基本的にソロ歌手だった。

いつの時代にも若い女性のグループ歌手はいたけれど、これは色々と差し障りありありを承知で言うと当時(70年代後半~80年代前半)ソロでデビュー出来ない人は「足りない」人だった。容姿とか歌唱力とか。

 

例えば桜田淳子さんをグループの一員としてデビューさせるという発想は無かっただろう。松田聖子さんや中森明菜さんも同様に。

 

若い女性のグループ歌手は、つまり「まとめ売り」だったのだと思う。

それはピンクレディーやキャンディーズも含めてのことだ。

メンバー個人でも人気はあったけれどピンクレディーの、キャンディーズの、ということが大前提だったと思う。ピンクレディーやキャンディーズの成功によって後発のグループ歌手も出てきたけれど長く続いたところは無くやはり90年代に入る頃まではアイドル歌手=ソロ歌手という様式が基本だった。

 

トップアイドル=時代の歌姫というバトンを受け継いだ最後のアイドル工藤静香さんもグループ歌手として所属していたけれど本格的な人気、特に同性からの支持を得たのはソロ歌手になってからだ。

 

90年代に何が起こったかというと80年代半ばから出てきたアイドルレベルの人気を得る「アーティスト」枠の女性歌手(Rebeccaのnokkoなど)が多数存在するようになった。

 LINDBERGの渡瀬マキやジュディマリのyuki、ZARDの坂井泉水に代表されるビーイング勢やプリプリなどバンドスタイルの女性歌手、広瀬香美、田村直美などのソロ歌手。そのほとんどが曲を自作する(作詞担当の場合も多い)「アーティスト」枠の女性歌手だ。女性アイドル歌手という存在はその流れの中に埋もれそうになり、チャートを席巻する小室サウンドがやってくる。

欅坂46「黒い羊」MV。欅坂46のシングル表題曲MVはデビュー曲「サイレントマジョリティー」から一貫して受け手側に対し演者とともに楽曲の解釈に踏み込むことを要求している。

制作者、演者側から提示される解釈はそれだけでは完成せず受け手側による解釈によって制作者、演者側すら意識していなかった新たな視点が数限りなく加えられていき娯楽作品として普遍的な価値を得る。

グループとファンとの間だけで通じる閉じた価値観(誰がセンターで誰が選抜で誰が何列目かなど)から解放されていくのだ。

 

「黒い羊」MVでは平手友梨奈演じる「僕」が目を背けたくなるような過酷な現実の中を彷徨する。

 

「僕」は同時に誰でもない誰かであり「僕」と同じように過酷な現実に囚われた者すべてでもある。

メンバーも同様に過酷な現実の中で苦しみ彷徨う「わたし=誰でもない誰か」でありそれぞれの現実という物語の主人公たちだ。

「僕」は「わたし」の人生に現れまた消えていくその他大勢の中の一人でもある。

 

欅坂46「黒い羊」MVで描かれる世界、「僕」や「わたし」が彷徨う世界は虚構であると同時にいつか誰かの身に実際に起こりうる現実の過酷な一面である。

それをどう捉えるか、アイドルMV=娯楽と割り切って消費するか作品世界に踏み込みメンバーの視点を自分のそれと重ねてあの現実の中を彷徨するのかは見る人それぞれに任されている。

優れた娯楽=エンターテインメントはただ受け手側が快楽を掠め取るように消費し尽くす消耗品(それ自体は決して悪いことではない)というだけでなく時には受け手側に何かを体験させ世界の見方を変えることもある。「黒い羊」のように。

一般的に「戦国時代」と呼ばれたガールズグループバブルは2016年における欅坂46のブレイクによって終焉を迎えた。

時間をかけて活動に取り組み地道にライブを積み重ねていけば誰にでもブレイクのチャンスが訪れるという幻想が崩れたからである。

 

見回してみればブレイクしたのも生き残ったのも「大手」に相当する芸能事務所や運営組織を持つところばかりだと、フェアなレースに参加しているのでは無いのだとようやく、陣営も、ファンも、気づいたのだ。

チャンスは誰にでも訪れる。

しかしそのチャンスを生かし、ブレイクに至る戦略を立て、戦略を支えるだけの物資を揃えることが出来る陣営は限られている。

 

バブルが弾け「戦国時代」を呼ばれた幻想が崩れた今、これから先のインディーズ、準メジャー規模で活動している各グループは「発展」を目指すよりも「維持」を最大の目標とすることになるだろう。

活動期間が長くなれば固定客は少しずつ減り続ける。

減少した分を新規ファンで埋め合わせることが出来るかどうかは、メンバーの個人的な魅力やパフォーマンススキルだけでは対応できない問題であり、それがメディア展開なのか、地道に現場を増やしていくことなのかは誰にも分からない。

全く別の手段かもしれない。

 

厳しい冬がやって来る。

誰にも止めることは出来ない。

後発グループの欅坂46が2016年に「サイレントマジョリティー」で一気にブレイクを果たした時には「成功しているけれども代表曲と言えるものがない」状態をとやかく言われることもありましたが、17年には「インフルエンサー」で、18年には「シンクロニシティー」で日本レコード大賞を連覇するなど今やアイドル界の覇者となった乃木坂46。

誰もが口ずさめる印象的なサビを持たない曲が多いのはもはや宿命的な特徴とさえ言えるグループですが、メンバーの高いビジュアルレベルに支えられたグループとしての華やかさは他の追随を許さないほど圧倒的。

昨年リリースしたシングル表題曲3曲の中から我らが関和亮さんの監督作品である「帰り道は遠回りしたくなるでしかし」を。

 

 

 

2018年は17年の夏から始まったエース平手友梨奈の「不調」と、結束の固さを誇るグループから三人の脱退者が出るなど常に揺らぎ続けてきた欅坂46。

「ガラスを割れ」が21人体制最後の曲となり1年間のシングルリリースが2曲だけにとどまるとは3月に発売された時点では予想も出来なかったこと。

MV内のパフォーマンスへの集中力から平手友梨奈の不調脱出のきっかけになるかに思われたリリースのタイミングで映画「響」への出演に集中するという理由でのグループ活動休止。

きっと「何を選択してもハッピーエンディングのルートがないゲーム」があるとしたら2018年における欅坂46の活動推移がそれに当たると思いますが、それはそれ、音楽は音楽だし、MVはMV。

ギターのカッティングも印象的なロックサウンドとこの頃からとくに顕著になった「歌詞は詰め込んでナンボ」饒舌過ぎる秋元康さんの歌詞が特徴的な一曲。

 

 

 

平手友梨奈の不調により18年1月末日に予定された武道館公演を漢字欅がキャンセルしたことで当初の一日だけから三日間全ての公演に挑まざるを得なくなった同一グループ内別チーム「けやき坂46」。

結果として見事に武道館公演を成功させそのタイミングでは発表されたのが「単独アルバム」の発売。

元々知名度という点では数カ月先に結成されメジャーデビュー以降シングル表題曲を担当する「漢字欅」には及ぶべくもないものの、齊藤京子に代表される歌唱力の高いメンバーを揃え、身体能力を生かしたダンススキル習得の速さでパフォーマンスを充実させてきた「ひらがなけやき」の成長が「欅共和国」の維持に果たした役割は計り知れません。

1stアルバム「走り出す瞬間」リード曲「期待していない自分ほんまかいな」MVを。

 

 

欅坂46には2チームあって一般的に「欅坂」と言えば漢字表記でシングル表題曲を担当しテレビなどメディア関連への露出が多い「欅坂46」のことを指す。

もう1チームは「KEYAKI」の部分がひらがな表記の「けやき坂46」こちらは結成が数ヶ月遅くシングルの中ではカップリング曲で参加し単独アルバムをリリースしているがシングルでの単独リリースはまだ。

48Gや先発の坂道Gである乃木坂46のように当初はすでにCDデビューを終えている漢字欅(レギュラーチーム)に対するアンダー(スタディ)になるだろうと捉えられていた。

つまりオリジナルメンバー(一期生)に対する二期生の扱いでいずれは漢字(一期生)ひらがな(二期生)両者の中からシングル表題曲を歌う選抜メンバーが選ばれそれ以外のメンバーのことをアンダー扱いしていくのだろうと。

しかし漢字欅の「第二弾シングル表題曲「世界には愛しかない」が長濱ねるを加えたことで「一期生」全員をレギュラーチームとする「サイレントマジョリティー」から続く全員選抜体制を強化したことがファンから強い支持を受け「同一グループ内における身分差」を発生させない全員選抜制は第7弾シングル「アンビバレント」まで引き継がれることになった。

当然「二期生」扱いのはずのけやき坂46にはシングル表題曲に参加する機会が無いままになる。

漢字・ひらがな2チーム体制は漢字欅の全員選抜制を維持するために副次的に生まれてきた可能性が高く当初からの予定だったとは(現時点では)考えにくい。

けやき坂46はオーディションの最終審査を受けられないまま特例でグループへ加入することになった長濱ねるの存在に合理性を与えるために急遽(ねるを中心として)結成されたアンダーチームという設立の経緯は有名な「逸話」だがそもそも欅坂46設立時点でのメンバー数20人前後というのは先発チーム乃木坂46の発足時と比べても少なく(乃木坂46は33名)いずれ早い段階で「二期生」が招集されることは当初の予定通りだった可能性もある。

ひらがな一期生の合格者は10名前後「だけ」だったのだ。