Perfumeとリップシンク、という問題はファンにとっても関心の大きなものだったようで、コメント欄で多くの意見を見ることが出来、ふんふんなるほど、とうなづくことしきりの黒猫堂▽・w・▽でございます。


ファンのリップシンクに対する反応は


自分はPerfumeのファンなので「口パク」でも気にしないよ


あれだけ踊ってたら生で歌うのは無理だよ


という寛容派


本来「口パク」なんて許せないんだけど、Perfumeだとそれも気にならないんだよな


という中間派


「口パク」込みでダンスパフォーマンスなんだから、生歌にこだわる必要なし


楽曲の世界観を再現するためには生歌では無理


という積極的容認派、と大体三つのパターンを基本にそれぞれが複合している感じですね。


もちろん厳しい批判もあります。


まるかあとさんが記事にまとめてくれた「リップシンク」=「口パク」というスタイルに対する批判は特にPerfumeのファンではない、という人たちの一般的な意見として見ることが出来るんじゃないか、と思います。


ライブなのに「生歌」じゃないってどういうこと?


みたいな意見は、Perfumeの場合正確な事実に基づいた批判、にはなりえません。


Perfumeのライブは全国インディーズ時代からGAMEツアーまで、ほとんどの曲が音源に被せた状態であっても「生歌」で披露されてきたからです。


これについては、古参世代の方からのそれこそ「生」の証言をいただけると思います。

僕自身の経験から言うと、初のライブ参戦になった2007~2008カウントダウンライブでの感想としてまず「生歌」の割合が高いことに驚いたことをあげることが出来ます。


ライブ一曲目の


おいしいレシピ


から3人は「生歌」でバリバリ歌っていて、まだ「コンベス」時代の曲が多かったこともあって比率で言うなら


(音源被せ)生歌 7:3 曲の中の一部でも「口パク」状態


という感じでした。

2月に参加したFCイベント内のミニライブでもそう。


GAMEツアーから少し様子が変わってくるんですが、それでもずっと「口パク」ではありません。


たとえ一部でも「口パク」なのは許せないよ、プロだろ?ライブの意味無いじゃん。


という意見もあるでしょうね。


そういう人には、現在の打ち込みを含んだライブの音楽製作そのものをどう思っているのか聞いてみたいものです。


すべて「生歌」でなければライブの意味が無いのならば、すべて「生演奏」でなければライブの意味はないんでしょうか。


現代においてポップミュージックのライブから、電子的に合成された「打ち込み」部分を慎重に、好き嫌いの激しい子供が自分の目の前の皿から嫌いな食材だけをとりのぞくように排除していったら。


どれだけの「音楽」が残るんでしょう。


過去には、生演奏でないコンサートなんて、という意見もあったでしょうし、現在でもあるでしょう。


プロの演奏家、というものは長い時間をかけて肉体面も含めた修練を積み、習得した技術を舞台の上で披露すべき、という意見はたしかにある意味正しいものです。


クラシックや現代音楽の演奏家、ジャズミュージシャン、民族系音楽家、編成の少ないロックバンドなんかはもちろん「生演奏」なんでしょうし、そのこだわりは音楽ファンとしてもうれしい限りですが、すべてのジャンルミュージック、すべてのアーティストやすべての歌手が、一つの価値観に縛られてライブを行う必要は無いはずだ、と僕は信じます。


Perfumeが整備された音響環境でライブを行うようになったのはつい最近のことで、それまで長い間の試行錯誤があった、ということもあるんですけど、それはまたこの後引き続き書いていきたいと思っています。


数年前の音源を今でも使っている、という意見には、クラシック音楽は現在においても原典に忠実な演奏を金科玉条にしているはずですが、とお答えしたいと思います。


テクノだから口パクなのか、という点についてはですね、Perfumeの楽曲で「テクノ」にジャンル分けされるものの方が少ないんじゃないか、と思うのでちょっと違うんじゃないか、という気がします。


全国インディーズデビューする際に製作工房「ヤマハ」チームに依頼された楽曲のイメージは「テクノ歌謡」であって「テクノポップ」でも「テクノ」でもなかったようです。


これは、たなbさんからのコメントの一部にもお答えする内容になるのですが、全国インディーズデビューから「ションションション」に至るまでの楽曲のほとんどは「生歌」による披露が可能で、実際に生で歌われてました。


この時代のPerfumeはレコーディングの際の欲求不満をはらすかのように、ライブになるとばっちり腹式呼吸によるASH式歌唱で歌っています。

もちろん聡明な彼女たちですから、曲によっては力を抜いた歌唱法を選択していますが、総統命名の「上京三部作」なんかはもうビブラート全開のあ~ちゃんの歌声や、案外しっかりしたかしゆかの歌声しか思い出せないくらいです(笑)。


他のダンスミュージックのアーティストたちは頑張って生歌で歌ってるじゃないか、という意見については、Perfumeだって頑張って「生」で歌ってますよ、ただし、曲によってはそうじゃない、というだけです、とお答えします。


なぜそうじゃないのか、というとメジャーデビュー以降の楽曲の一部が「生歌」を必要としない構成になっているからであり、メジャーデビュー以降の楽曲ではレコーディングの際にも「ささやくように」「語りかけるように」歌う歌唱法が厳密に選択されてきたからです。


いわゆる「ライブでの再現を考慮しない曲作り」が顕著になってきたんですね。

(あいくさんのコンピューターシティに関する記事によると、楽器では再現不可能なピッチの選択、という無茶までやってるみたいです、あの『神』は。どういうことかね?中田くん)


激しく踊りながら「ささやくように」「語りかけるように」歌い、さらに音程をぶらさずに歌うこと、は現実には不可能に近いことなんじゃないか、と思います。


しかも、「ライブでの再現を考慮しない曲」の世界観を忠実に視覚化しようとするMIKIKOさんの、肺を押しつぶし、横隔膜を圧迫し、腹筋や背筋を歌うこと以外の目的に使わざるを得ない振り付け、がさらに難度を比類ないほどに高めてしまっていますからね。


最後の彼女たちの歌唱力は、現在は不安定じゃないのか、という指摘については。


同意せざるを得ません。


なぜか、については今後の文章の中で書いていきたいと思います ▽・w・▽