2月26日(木)![]()
先日
久しぶりに訪れた吉祥寺は
あまりの人気
ランチタイムの行列もあちらこちらに
人が多すぎてびっくり![]()
(昔よく乗った関東バス
)
昨年訃報が届き
故人の遺志でお香典などは
遠慮されるとのことで
叔母[父の妹 享年92歳]の供養にと
弟と主人と一緒に
従妹たちを訪ね
初めての同世代だけでの集まり
になりました![]()
満面の笑みで
叔母がそこにいるかのような
そんな写真を囲んで
賑やかで明るい会話が弾み
従妹たちが
叔母が喜んでいると言ってくれて
ほっとしました![]()
(ポカポカ陽気わがやのお紺)
叔母の写真を見て
弟がある美仏に似ていると
しきりに話していましたが
観音様?弁財天?
誰もその時には特定できず
後で
「ふくよかな美仏」で検索

(浄瑠璃寺蔵 吉祥天立像)
吉祥天![]()
特に、奈良の(住所は京都木津川)
浄瑠璃寺の吉祥天立像に
よく似ていたのです![]()
吉祥天(きっしょうてん)とは
(AI概要)
インド神話の女神ラクシュミーが仏教に取り入れられた
美・幸福・富・豊穣を授ける女神
毘沙門天を夫とし
唐風の衣装をまとった美女の姿で描かれる
奈良時代に信仰が広まり
貴族階級を中心に愛された
国家の繁栄を願う「吉祥悔過(けか)」*の本尊
美女の代名詞ともされる仏教の守護神
*吉祥悔過とは
前年の罪を懺悔し
その年の五穀豊穣や天下泰平を祈る法要
叔母はいつも若々しく
カラカラ笑い
親戚が集まって海へ
行く時も
スイカ
を食べる時も
親世代ではなく
いつでも子どもたちと一緒
だったという記憶があります![]()
ほんとうに
心豊かな叔母でした![]()
吉祥天とは言っても
吉祥寺とは
関係ないようで
吉祥寺(武蔵野市)の地名の由来は
(AI概要)
1657年の明暦の大火(振袖火事*)で焼け出された
江戸・水道橋近くの「諏訪山吉祥寺」門前町の住人たちが
五日市街道沿いの現在の地に移住し開墾したことに由来
移住者たちが愛着のある元の地名(寺の名)を
新しい村の名に付けたものだそうです![]()
*振袖火事
同じ振袖を着た娘が3人
連続して病死したため
その振袖を燃やそうとして
寺に火が移り10万人ほどの死者を記録。
弟が様々な調査で
最近は墓地にも行っていると話し
皆驚きましたが
主人も幽霊が出てきたら話してみたい
などと言っており
怖くない
などと尋ねると
「生きている人間が一番怖い」
確かに
と皆納得![]()
どんな時にも難しい
と言われるのは
人間関係
介護や看取りを経て
これまでも様々な手続きで大変で
まだもう少しかかりそうと
従妹たちは話しており
本当に
人間・人間社会は
面倒くさくてやっかいなものが
たくさん![]()
(毛繕い)
ちょうど電車の中で読み終えた
図書館で借りている
「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」も
面倒臭い
特に女子の会話や母娘関係が
描かれ
かなり辛辣![]()
小説の冒頭
合コンなどの女子会話が
あまりに勿体ぶらせ文体で
イライラ![]()
文体が合わず途中でやめようか
迷いつつも
読み進めてやっと
ややスムーズになり
作者の意図だったのでしょうか![]()

本音を隠して
周りに合わせたり
計算・格付・査定する人間関係に
皆が辟易しながら
抜け出せない
最後は
腑に落ちない点もありますが
それ自体が
面倒臭い人間を
描き出しているのかもしれません![]()

「本日は、お日柄もよく」
「楽園のカンヴァス」に続き
原田マハ作品を借りましたが
重曹的な物語構成から一転
やや軽めのタッチで
物足りなさもありましたが
マティス・セザンヌ・ドガ・モネの
晩年の生活を垣間見られた気分![]()
画家たちとその家族、
モデルや画商・画材商
それぞれの立場で
19世紀のまだ印象派が
受け入れられなかった時代の
辛苦も描かれています。
このような読書体験後に
弟の直近の著書
主人のリクエストに答えて
弟からその日に渡された
超ノンフィクション![]()
おそらく
美術界の門外漢の人間には
「慰霊と鎮魂 時代を超えて」
ー戦没軍人像とともにー
のようなタイトルでもいいかな
と思えるような
普遍性もある内容
(曲げた前足が可愛い)
戦没軍人像には
あまり
出会ったことはありませんが
壬申の乱や戦国時代を経て
様々な信仰から
敵の魂を慰霊する
その変遷も興味深く
そもそも
名もなき兵士を含め
失われたすべての命への
思い
日本人の、自分たちの
死生観とその儀式の示すものを
見直せる気がします![]()
死と向き合う
「看取り」を従妹たちも経験し
私たちも母の時のことを
話したりしましたが
叔母の時には
会話がもう成り立たなかった
そうでした![]()
それでも
声は聞こえていたようで
反応はあったと話してくれました![]()
(このお紺と少し似てるアメショ猫ちゃんが従妹宅にも!)
そしてこれから
墓仕舞いをする予定とも。
みんなと一緒の方が
楽しいと思うし
と。
様々な手続きも
大変ながら
叔父が亡くなった時よりは
かなり省かれたプロセスも
あるようで
皆が思う
お墓はこうあるべき
家族・介護
日常生活や仕事は
こうあるべき
という固定観念から
もっと自然な成り行きへの
移行期なのでしょう。
美・幸福・富・豊穣
皆が幸せで豊かに
美しい時を
吉祥天のような叔母がこうして
吉祥寺に私たちを
集わせてくれたような
ひとときでした![]()
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